第912話「俄仕込み?いえいえ……知ったかぶりです!」


 どうやらこの試験は、反復作業の耐久度も試験内容に含まれているのだろう……


 同じ作業を3時間は非常に辛い……


 それを耐え抜ける人物こそが銀級になれるし、やがて金級に昇格出来るという事なのだろう。



 そう自分なりに整理していると、周囲が急に騒がしくなった……



「えっと……まず乳鉢と乳棒を洗浄して……薬草も取りに行って……薬用小瓶も洗浄しないと……」



「ちょっと退いて!薬草が取れないじゃない!」



「おいお前……薬草触った手で薬用小瓶を触るなよ!!」



「なんだと?どうせ瓶は隅々まで洗うんだよ!関係ねぇだろう?馬鹿かテメェは……」



 デジャブにも思える……階下で見た光景だろうか?


 確かに制限時間が設けられているので急こそするが、未来の同僚に喧嘩を吹っかける必要はない様にも思えてしまう。



 薬草エリアが埋まっているので、僕は試験官に話をする……



「あのすいません……聞いても良いですか?」



「はい?何でしょう?」



「魔力回復薬は飲んでも平気ですか?」



「魔力回復薬ですか?え………ええ……平気ですよ?魔力で身体能力をオーバーブーストする方も居ますから……。ですが乳鉢や乳棒を扱う以上、あまりブースト魔法は勧めませんが……」



「ちょっと!ウヤク私語は慎みなさい試験中ですよ!」



「す……すいません!ギルドマスター……この人が魔力回復の服用を聞いて来たので……」



 薬草が取れない間だけ質問したつもりだったが、僕のせいで何故か職員までとばっちりを受け始めた。



 確かに試験中ではあるので不謹慎ではあるが、僕とすればギルマスの説明不足としか思えない。



 だが一先ずは、ギルマスに試験から追い出されない様に手を打つことは必要だろう。



「えっと……すいません。僕がつい質問を……」



「ヒロさん……もう試験は始まっているんですよ?質問している余裕は無いのでは?」



 僕は何故か目の敵にされている様で、何かをするとすぐにアマナにお叱りを受けている……


 アマナには、先程までの優しさが微塵もない……



「すいません……今すぐ傷薬を作ります……」



 退出扱いにされると困るので謝罪をするが、それがどうにも苛立たせている感もある。



 しかし部屋の隅にいるアルカンナは、相変わらず両手を振って応援してくれている。



 それを見た僕は気を取り直し、空いた方の薬草棚へ向かう……


 しかし薬草棚に山盛りあった薬草は、既に半分くらいになっている。



 『素材から既に争奪戦なのかもしれない……』そう思った瞬間、周囲の受験生は片っ端から薬草を持っていく。



 無くなってしまった薬草棚の前で僕は途方に暮れているが、何時迄もそうはしてられない。


 無くなったならその事を相談するしか無いし、そもそも3時間分の薬草にしては薬草が少な過ぎる。



 そう思いつつ、僕は周囲にいる係員を捜す。


 すると、これまた引っ込み思案を連想させる少女が、試験に必要な量の薬草を手に出来なかった様で、僕よりもあたふたしていた。



 しかし僕自身も薬草が全く無い訳で、彼女に何かをしてあげられる訳もない。


 仕方なく僕は、率先して係員に薬草が無い事を告げる……



「あのぅ……薬草がもう無いんですけど………まさかあれだけですか?」



「え?ああ……本当だわ……毎回3名くらいしか薬師ギルドには受験しないのよ……だから今日の配分を間違えたのね!今すぐに補充しますから、ここで待っててくださいね!」



「有難う御座います。薬草から争奪戦なのかと思って……ちょっと焦りました」



「そんな意地の悪い事はしないわよ?薬師を育てるのが薬師ギルドの役目だもの!ちょっと待っててね?そっちの貴女も悪いわね!待たせちゃって」



「………あっ……いえ……大丈夫です……」



 職員はそう会話をした後、足速にその場を離れた……


 しかし僕の発言で薬草が増えると知った少女は、こっちを向くと軽く会釈をしてきた。



 二人で待っている間すごく暇だったので、縮こまって待っている少女に薬草のうんちくを話す……


 知っている情報ならそれが元で会話にもなるし、もし知らない情報なら彼女の何かの足しになるかもしれない。



「はじめまして!僕はヒロって言います。薬草……来ませんね?そう言えば……薬草の太さで薬液に違いが出るのってご存知ですか?」



「あ……先程は有難うございます……。実は空くのを待っていたら……薬草を取り損ねてしまって。助かりました。あ!私はシャボンと言います」



 シャボンと名乗った彼女は、名前と人物像がマッチしていて声が透き通っていて儚げだ……


 小さな声を頑張って出しながら、なんとか会話を続けているのが見てとれる。



 未だに緊張が隠せない感じからして、ノミの心臓なのだろう。



「あの……薬草の種類で薬液に違いが出ると思ってたんですけど……太さも影響するんですか?」



「ええ、そうですよ!あと注意すべきは、根元の色や葉の色によって製薬できる修正値に影響が出るんです。例えば太くて色味が他と違う物は+修正が大きくなるんですよ!」



「ええ!?そうなんですか!?」



「はい!なので+修正が欲しい場合、同じ素材で揃えると結果が大きく変わります……」



 そう話していると、横から係員が『仲良く話してる所ちょっとごめんねー!置かせてくれるかい?』と言って、僕とシャボンの真ん中をずかずか突っ切っていく。



 彼女はそれを見て、職員へ何度も謝っている……思った通り相当なビビりなのだろう。



 しかし職員の白羽の矢が刺さったのは、あれこれ話をしていた僕の方だ……


 彼女は調子良く話す僕を、すぐに僕をロックオンしていた様だ。



「坊やは情報通だね!話好きな感じからして……早く一人前の薬師になれると良いねぇ。さぁ補充完了だよ……そのうんちくを生かして、このギルドに合う良い薬を沢山作っておくれよ?」



 そう職員が言うと、既に製薬作業をしている皆が僕を見て笑いはじめた。


 多分だが、僕の話を戯言だと思って信じて無いのだろう……



 しかし目の前のシャボンだけは、その態度に違いが見える。


 普通に会話の続きをしてくれたからだ……



「あの……この束の中で言うと……どれが良い薬草なの?見分け方を教えてもらえますか?」



「え……?ああ!!……良いですよ!」



 僕は積み上げられた束から、特上部位だけを選別して彼女に渡す。



「この葉先の色の違い分かりますか?色が濃い部分の他に、赤みがかってますよね?この様な変化が見られる薬草は『修正値+1』がほぼ確実に出ます」



 そう言った後、自分用に取り分けて置いた薬草を『魔力容器』で粉砕して見せる。



「浮いたまま薬草が粉々に!?……ええ!?なんで?」



「え?至って普通の魔力容器ですよ?」



 そう説明した後、容器内部に冷却をかけつつ圧縮してその液体を絞り、別容器に用意したウォーターに魔力を充填する。


 両方が完成したあと、双方を同量にしてから容器を連結させ中身を攪拌する。



「ほら……空気を混ぜずにこうすると、薬液が綺麗に仕上がるでしょう?これで傷薬が完成です」



 そう説明してから『傷薬は薬草1種類をすり潰して、水と混合すれば基本は出来上がります。でも薬液を抽出するコツは薬師のスキルに依存しているので、何度もすり潰す行為を繰り返す必要があるんです……』とエクシアやタバサに聞いた話を、知ったかぶりして話した。


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