第903話「ホーンラビット亭・帝国店」
そもそも公爵家と言えばかなり位が高い。
貴族のお偉い様が、あの悪辣貴族で名高いマガワーマ伯爵と、何故こんなギルド前を歩いていたのか……それが気になった。
しかし今は、ディーナの為にも魔導師ギルドを優先するべきだろう……
……と思うも、残念ながらドネガン公爵のお付きに、ほぼ強制的に移動を促された。
「それではヒロ殿……帝都4つ星の食事処へご案内致します、此方へどうぞ……。日も暮れております、公爵様を長くお待たせできませんので、どうぞお急ぎ下さいまし」
「いや……今帝都での僕の行動はかなり制限されていて……ちょっと難しいかと……それにラムセスさんの任務にも影響しますし!」
「その件は今、ドネガン様の名前で使いを騎士団のヴァイス団長宛に出しました。ですので問題ないと存じます」
さすが公爵家の執事だけあって抜かりが無い……
僕の思い付く手は、多分間違い無く言い返されるだろう。
此処は大人しく着いて行き、宝を渡して早々に切り上げたほうがよさそうだ……必要なのは僕では無く財宝だろう。
そもそも公爵にお願いしようとしていた、最大の理由は既に解決した……
今となっては、伝手を作るだけ面倒事が増えるだだろう。
僕は仕方なくマガワーマの後ろを歩き着いていく……
当然ラムセスは僕の護衛という形になるのは言うまでもない。
「ドネガン公爵様着きました。今晩はこの『ホーンラビット亭・帝国本店』にてディナーとなります!帝都で流行りの店をこのマガワーマは、しっかり押さえておきましたぞ!」
「ほぉ!?これが帝国に名高い『ホーンラビット亭』か!……予約を押さえるとはなかなか粋な事をしたな……マガワーマ……」
「いえいえ……まぁ……私が領主をする街『コールドレイン』で商売をするには、私の許可が必要ですからな!相手のそれを知っていただけでしょう……」
それを聞いたドネガン公爵は『成程な!だが程々にしておけよ?この飯屋が撤退したら、それこそお前が問題にされるからな?』と言う。
そう言ったドネガン公爵の目線の先には、多くの貴族が列に並んでいて、特別待遇となっているマガワーマ伯爵を睨みつけている。
当然ドネガン公爵を敵視は出来ない様で、その視線はマガワーマに向けられているのである……
「わははは……ドネガン公爵様。私が恨まれるのは仕方あるますまい?」
そう言い始めたマガワーマは『私は運営する街でホーンラビット亭の屋台骨となる手助けをしたのです。言わば裏の立役者ですからな!ホーンラビット亭にしてみれば、私を特別待遇するのは当たり前の事なのです!』と言う……
どうやらホーンラビット亭が帝都の幅広く出店できたのは、マガワーマが一枚噛んでいるようだ。
そう言ったマガワーマの側に、店舗の中から急いで出てきた、ホーンラビット亭・帝国店の支配人と思われる見知らぬ男と、コックの格好をした者が歩み寄る。
コックの男は帽子の感じからして、ホーンラビット亭料理長だろう……しかし支配人も総料理長も例の人相ではない。
「おお!支配人に総料理長。すまんな?仕事中に呼び出してしまい……。だが約束通り、店にドネガン公爵様をお連れして来たぞ!」
「これはマガワーマ様、有難う御座います。私であれば呼び出して頂いても全然構いませんよ!下の者に料理をさせますので、はっはっは!」
料理長と呼ばれた男は、マガワーマ伯爵にそう話した後『お初にお目にかかります……ドネガン公爵様。本日はホーンラビット亭にお越し頂き、誠に有難うございます』と無難な挨拶をした。
ドネガン公爵も、当然至って普通の返答を返す……
「うむ……今日は馳走になるぞ。噂に聞いた、帝都イチの店の料理とやらを堪能させてもらおうじゃないか!」
僕は総料理長はドネガン公爵と話が終わった後、同行した僕の事など気もとめず店内に戻ると思った……
しかしビラッツ支配人の教育が行き届いて居るのだろう……
しっかりと商売人の顔をして、僕の方へ挨拶をし始めた。
「マガワーマ伯爵様、横のお方は随分お若い用心棒ですな?お二人が連れ歩くと言う事は、冒険者としては相当やり手な………は………はぁぁぁ!うぁぁぁぁぁぁぁ!?」
僕を見て非常に驚く総料理長をよく見ると、どうにも見覚えがある……
それは以前、総料理長の元で副料理長をしていた男だった。
当然何度も顔を合わせたせいで僕を覚えている様だ。
何故か顔を見た途端、シェフは絶叫をあげだした。
「ど……どうしたのだ!?シェフよ?お主この冒険者を知っておるのか?ヒロがどうした?」
マガワーマ伯爵とドネガン公爵は、シェフのあまりの変貌にビックリして僕を凝視している。
しかしシェフはマガワーマの言葉など、まるで聞こえてないかの様に話し始める……
「ヒロ殿ではないですか!!今まで帝国にいたのですか?何故連絡をなさらなかったので?………総料理長もビラッツ統括も、それはそれは心配なさっていたのですよ?」
何でもかんでも話してしまいそうな危険な状態に、僕は……『ちょっと訳ありで……。此処では何なんで後で話しましょう!今はドネガン公爵様と、マガワーマ伯爵様の食事を優先して貰えると……僕的に非常に助かります』と言う。
するとシェフは、その言葉に途端に慌てふためきつつ『はい!直ちに席と料理を、最上級の状態で用意させて頂きます!』などと返事をし始めた。
料理長はそう言った後に、急いで店の中に戻っていく……
店の入り口で『開店以来の一大事だ。おい!支配人。今すぐ例の部屋を用意しろ。あとメニューもスペシャルメニューに差し替えろ!』と言う。
そして次に、状況が飲み込めずにあたふたしている店の使用人をとっ捕まえて『お前はワインは最高の物を蔵から出せ!急げ今すぐだ!』と言って奥へ入っていく。
どうやらこのホーンラビット亭というのは支配人と料理人が変わっても、料理をする方が偉実権を握っている様だ。
「え……えっと……お見苦しい姿を見せてすいません。ドネガン公爵様にマガワーマ伯爵様、今すぐお部屋にお通し致します」
そう言って僕らを店の中に誘導する。
支配人は案内しつつ『実は、離れには特殊個室が御座います。本来はビラッツの指示が無いと使用しない特殊な部屋ですのですが……総料理長曰く、本日はそこを使う料理を出すとの事です』と説明をしているが、どうも本人は理解ができていない様だ。
店の中を歩いていると、料理長の威勢の良い檄が飛んでおり……『いいか下拵えは丁寧且つ迅速にやるんだ。ユイナ裏料理長の特訓を思い出せ!」などと言っているのが聞こえてくる……どうやら厳しい教育係がいるのだろう。
そしてよく考えて見れば、ユイナという名前には聞き覚えがある……
ついこの間気になったのは多分、ホーンラビット亭の総合料理長であるユイナと言う人物の事だろう。
外で見た限り、店は只でさえ忙しい雰囲気だった。
だが今となっては、料理長の一言で異常な緊張感さえ漂っていた。
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