第902話「薬師等級と薬師ギルド」


「なんと!?坊主!今なんと言った?解呪薬じゃと?……特殊精製か!!……こんな若造が……それを作ると?ひゃははははは!面白い!」



 突然笑い出したお婆さんは『もしやと思ったが……毒ではなく薬か!それも特級薬品……ヒャハハハ長生きするもんじゃ!』と言う。


 そして僕を見据えてボソリと何か言う……すると机の上の一輪挿しの蕾が花開き花弁が5枚ほど散る……


 お婆さんはそれを見てギョッとすると、興奮気味に僕に話しかけた。


「こりゃたまげた……5等級の薬師かおぬし……。見かけに寄らずしっかり学んでおるんだのぉ……若い割に珍しい!」



 そう言ったお婆さんは台帳を『ズドン』と机の上に置くと、何やら調べ始め『今は残念じゃが在庫にして30セットしかない……』と言う。


 在庫を教えてくれたという事は、どうやら僕はお婆さんの眼鏡にかなったようだ。



「また明日こい。追加分を用意しておいてやろう。ほれ、ギルド証を出せ!今すぐある分は今渡してやろう…」



 僕はそう言われて、急いで財布からギルド証を取り出してお婆さんへ渡す。



 お婆さんはそのギルド証を見るが、何やら様子がおかしい。


 何度も首を傾げ、そして口を『ぽかーん』と開けて何かを考えている……



「ハ!!………ってお主……なんじゃこれ?……おい!坊主……薬師登録がないぞ?登録はどうしたんじゃ?」



 そう言った後、お婆さんは『ま……まさか薬師ギルドに登録しとらんとか……よもや言うまいな?』と言うので、僕は意味も分からず首を傾げる……



 お婆さんはそれを見て『は………ひゃはははは!久々の大馬鹿を見たわ……どんな薬馬鹿じゃ!師を持たず、薬師ギルドも知らん独学の薬師?今時そんな奴が居るとは………流石にこの婆やは思いもせなんだわ!ヒャハハハ!』と笑い出す。



 ひとしきり大笑いしたお婆さんは、涙を拭くと僕に徐に切り出す。



「仕方ないのぉ……この婆やが薬師ギルドに声がけしとく。じゃから明日、日の出と共にギルドに来い。全くなんて日じゃ……久々に大馬鹿に出会ったわ……」



 そしてお婆さんは『いいか?薬師免許は薬師ギルドの直管じゃ!帝国では2級から登録の義務がある……薬剤事故が多発しておるからな……』と言った。



「もしかしたら……登録してないと売れないって事ですか?」



「当たり前じゃろう?その為の登録制じゃ!ちなみに等級1級は、傷薬しか作れん。それ以上の薬剤を作る場合は登録が必要じゃし、薬剤用の薬草も同様に等級分けされとるでな……」



 そう言われて僕は、最初に言われた薬草棚の意味を理解した。



「まぁその様子じゃと……坊主お主……帝国の出身じゃないのじゃろう?」



「婆さん、実はそうなんだ。ヒロ殿は小国軍国家の出って話だ……まぁ向こうは金儲け然りだから、なんでも金を払えば買えるからな!」



 それを聞いたお婆さんは『成程のぉ……通りで薬剤知識と帝国知識の間にあれだけ差がある訳じゃ……』と言うと、改めて僕に話をする。



「まぁ何にせよ明日の朝来い!明日は別に娘が店番じゃから、この婆やが何とかしてやる!じゃが薬師ギルドに払う登録料は当然自腹じゃぞ?」



「無知ですいません……まさか薬草類が登録制で買えないとは………」



 僕が謝ると、お婆さんは『構わん構わん……薬師でこそ気がつく事例じゃ!』と気を遣って言った。


 このお婆さんが、僕の何をそこまで気に入ってくれたのか分からないが、間違いなく僕の面倒を見ようとしてくれている事に変わりはない。


 そこで僕は改めて、お礼の意味を込め自己紹介をした。


 ちなみにお婆さんの名前はアルカンナという名前で、冒険者ギルドの生き字引と呼ばれるお婆さんだった。


 特に薬草関係の知識に関しては冒険者ギルドイチの博識で、それを買われて薬草売店の責任者を任されているそうだ。



「まぁ今日の所は諦めるんじゃな……帝都は皇帝陛下のお膝元じゃ!決まり事にうるさいのは仕方ないからのぉ……。此処だけの話じゃが、これを守ってるのはこの帝都と法律の都くらいじゃ……お前はそもそも隣街から来たんじゃろう?」



「ええ……8刻以上かけて、コールドレインの街から馬車で来ました」



「そうかそうか……ちなみにあそこでは普通に売買しておるぞ?まぁお主が買おうとした場所が悪かっただけじゃ!まぁ品揃えに関して言えば、帝都に勝る場所はないがな?」



 そんな話をアルカンナとしてから、明日の為に僕は街の薬草屋の場所を教えてもらう。


 売店を後にしようとすると、アルカンナが思い出したように声をかける。


「おいヒロ坊!冒険者ギルドの差し向かいにある魔導師ギルドにも立ち寄って、素材の取り置きをして貰っておくんじゃぞ?あそこにも『同じもの』が『別の用途の為』に置かれておる」



 アルカンナのその言葉に、助言としてラムセスが耳打ちしてくれた。


 どうやら魔導師ギルドでは素材の一部を『毒魔法効果を上げる触媒』として販売されているそうだ……


 僕達はアルカンナにお礼を言ってギルドを後にした……


 ◆◇


「じゃあ……ヒロ殿アルカンナ婆さんの言う通り一度魔導師ギルドを覗いて………」



 ラムセスがそう言いかけた時だった……


 僕は薄暗くなっているギルドの外で、とある人物と目が合う……マガワーマ伯爵だ。



「おお!ヒロではないか!ずっと探しておったのだぞ?今日は陛下の計らいで部屋を与えられたと言うのは……本当なのか?」



「え……ええ……別にいい事では無いですよ?取り調べというか質問に答える為に呼ばれただけですから……」



 そう言った僕は『えっと此方は見習い騎士のラムセスさんです。帝都で探し物があって一時的に外に出してもらってまして……』とアタフタとする。



「ほう!まぁその事は後日また聞こう!今ちょっと顔を貸すんだ!お主が求めておった公爵様を夕食にお誘いしたのだ!折角だ今お前にも紹介をしようではないか!」



 そう言ったマガワーマは、横に居た男性に笑いながら話す。



「公爵様、彼がお話ししました冒険者で御座います。先程納めさせて頂いた宝剣を、ダンジョンから持ち帰ったのは彼が関与しております。もし問題なければ同行させたいのですが……」



「うむ……構わぬぞ!実は……わしも聞きたいことがあったのだ。『蘇生薬』について質問があるからな!」



 それを聞いてマガワーマ伯爵はビックリして僕を見据える。


 目は口ほどに物を言うとは良く言ったものだ……『何故儂に一本くれない!?』そう言っている目だとすぐに分かる。



 しかし思いがけない助け舟が出る……公爵の一言だ。



「くっくっく……マガワーマ……そう欲しても、そればかりは無駄だぞ?そんな物を持っていれば帝国転覆計画容疑で斬首だ!」



「そ……そんな訳な……ななな………何ですと!?帝国転覆容疑?このマガワーマそんな大それた事考えません!!」



「お前がどうこうなど関係など無い!!アレが名前の通りであれば、死んだ後生き返れるのだ。兄者……いや……皇帝陛下を暗殺し、その後生き返ることも可能だろう?逆心有りとされるのは明白だ。ヒロはお主の身を案じて騎士団へ譲ったのだろうよ……」



「そ……そんな恐ろしい事を私は口に出来ませぬ!私はこの帝国に骨を………」



「良い良い!そういうのは兄者の前でやるがいい……儂は其方の国へ忠誠を尽くし、出し惜しみせず財力で支えるお前の姿を強く買っている。それを忘れるな!」



「は!はい!マガワーマはずっとついて参ります……ドネガン公爵様!!」



「うむ!では飯屋に行くか!マガワーマにヒロよ付いて参れ!」



「おいヒロ早く行くぞ!?何をボケっとしておる!ドネガン公爵様を待たせる訳にはいかん!」



 そんなやり取りを、夕暮れの冒険者ギルド前で僕は聞かされた。

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