第869話「階層主と謎の生命体」


「ぐぎぃ……ぎひぃ」



 肩口に着弾した水の弾丸は『ババン!!』と音をたてて破裂すると、傷口の周囲を吹き飛ばし更にダメージを大きくする……



「ぐぎぃぃぃ!?ナンダ!?コノ魔法ハ!!……がは!!」



「階層主め!!消えたと思ったら……あんな所におったのか……。じゃが生憎じゃったな!こっちにはヒロ以外にも、遠距離攻撃持ちがおるんじゃ!ペム、今すぐ奴をあそこから魔法で落とすんじゃ!」



 デスカルゴと既に戦闘になっているガルムには、本来他の戦闘に注意をまわす余裕などは無い。


 しかし、ガルムにはこの階層主戦のリーダーとしての意地があった……その所為で集中力がいつもよりずっと増していたのだ。



 ガルムのその言葉を聞いた、ペムとレイラはすぐに攻撃体制に移る……



 しかし、失った片手を影から引き抜いた階層主は、干涸びた顔を歪ませながら念話を送ってきた……



『人間メ……コノ程度デ調子ニ乗りヤガッテ……デスカルゴ!人間共ヲ喰ライ尽くセ!!』



 ハイドホラーはデスカルゴに、明確な攻撃指示を出す……



 当然僕達は、既に目の前でガルム達相手にのたうち回っているデスカルゴへ注意を向ける。


 しかし頭上から『ズルン……』と、生活音では聞くことも無さそうな音がする……



 感知には、僕達の間近に新たな魔物の反応が増えていた。


 階層主であるハイドホラーは、魔法陣の仕上がりを見極めて、今の様な命令を下した様だ。



「真上からもう一匹目が来ます!レックさんとレイラさんそしてペムさんは、僕に構わずガルムさん達と合流して下さい!コイツは僕が仕留めます!」



 天井の召喚魔法陣からズルリと出て来たデスカルゴは、そのまま落ちて来ると思いきや器用に天井に張り付いている……


 カタツムリの様な魔物だけあって、ナニカに張り付くのには慣れているらしい。



「ヒロ、アンタ馬鹿な事を言ってんじゃ無いよ!相手は地下10層に居る奴等に比べて、大きさが約3倍はあるんだ!アンタ一人で何とかなる魔獣じゃ無い!」



「ぐばぁ……ヴェエェェェ…………」



 レイラの声に反応したのか……


 はたまた天井から斜め下に居る僕達を見つけたのか、デスカルゴは人の顔の様な殻の部分で気色の悪い声を発する。



 だが、僕はレイラの言葉に返事をつもりはない。



 何故なら僕は既に攻撃魔法を放つ直前だからだ。



 階層主を倒して先にある部屋を確認したい僕には、デスカルゴとの戦闘に無駄な時間をかけている余裕は無い……



『水槍撃!』



「ヴォ!?ギシュゥ!!………ブべぇ……ごァァ!……うげぇ……ゲビャ………べべ……」



 巨大な水槍が突き刺さっては破裂する……


 ナメクジの様な本体が爆散効果で粉微塵になると、続いて殻の部分に水槍が突き刺さり爆散する。



 『ドシャ………』と言う音と共に、バラバラになったデスカルゴの肉片が周囲に降り注ぐ……



「な!?………ヒロ!!お前……なんて魔法を使いやがるんだ!!……ってか言ってた通り此処はもう方がついちまったなぁ……」



 レックは呆れ顔でそう言う……



「レック、アンタのお得意な無駄話は後回しにしな!ペム、アタシ達は急いでガルムの所に加勢に行くよ!」



「ああ!そうだな……儂等が居なければ、ガルム達はちゃんとした連携ができん筈だ。それに……あの階層主がまだ何かをやり始めたぞ!」



 ペムの言葉で僕達は天井を見上げる……



 悪魔種なのでお得意の欠損部位の再生をしていると思いきや、そんな生易しい状態ではなかった。


 脚を影に刺したまま、天井から蝉の様にぶら下がり脱皮している様だ。



「ヤベェぞ?アレは何だよ?あのハイドホラーってのが此処の階層ボスじゃねぇのか?……何で背中の皮膚が捲れて中から何かが出てきてんだよ!!ペム説明しろよ!魔術師ギルドで悪魔学を学んでるんだろう?」



「わ……儂があんな化け物知るか!!じゃがこれだけは言える。中から這い出て来るアイツが本体じゃ!!」



 ペムの説明は的を得ていた……


 本気を出したので姿を出した……とも考えられる。



 だがおかしな部分もある……


 ハイドホラーには意識があり、様子からして自分の中から出てくるナニカの存在を知らない様なのだ。



 現に発する言葉からは、驚きしか感じられない……まるで別々の存在であるかの様だった。



「が!?……ぐぎぎぎぎぎ!?………ナンダ!?キサマ………いつの間ニ………俺ノ中ニ………」



 会話の内容こそおかしいが、僕達にしてみれば確実に敵が増えたとしか思えない。


 ハイドホラーの中の何かは、僕達にも聴こえる様に念話を始めた……



『何時の間にだと?馬鹿を言うな……ハイドホラー程度がどうやったら高位の魔法を使えるんだよ……俺が持ってる能力なんかを『貸してた』に決まってんだろうが……』



 話す様子からして、得体の知れないナニカは、もう用済みになったハイドホラーを脱ぎ棄てている様にも思える。



「能力を貸して?……魔法ヲ貸ス!?……何ヲ言っテヤガル……。ソレヨリ……ドウヤッテ俺ノ中ニハイッタ!?……グガァ!?……グ……ゲ!?」



 話している最中にハイドホラーの方から『ベキ……ボキ……ゴギン』と鈍い音が聞こえた。


 しかし中から出て来たナニカは、何事も無いかの如くそのまま会話を続けている……


『グゲゲゲゲ……この宿主は悪魔の端くれだが……まさか再生も出来ないゴミだったとはな!ダメージを受けちまったらマッタク使い物にならんな……。でもまぁ……影の移動は気に入ったぜ?非常に便利だ。なかなか良い経験だ」



 話していた中身のナニカとは対照的に、『ゴギン』と鈍い音がした直後からハイドホラーの首は在らぬ方向に捻じ曲がって、一言も声を出さなくなっている……


 それに違和感を感じたのは、背中にくっ付いている何かも同様の様だ。


『うん?返事が無くなったな……何だよ!ぴーぴー五月蝿いから話せない様に頸の骨へし折ったが……それくらいで死ぬなよ馬鹿が……。まぁいい……か……そろそろカビ臭いこの穴蔵も飽きた所だ……。外に出る方法もようやく分かった。やっと宿主が死んだから実験も終わりだ……』



 僕はその言葉を聞き漏らさなかった……正体不明の化け物は『実験も』と言ったのだ……


 そして『出る方法』と言えば、もはやマモン達の仲間か敵対関係にある悪魔以外ないだろう。



 そもそもハイドホラーを鑑定した時に、ステータスには『鑑定スキル』は無かったのに、何故か『鑑定された事を感じ取った』のだ……不自然でしかない……


 そんな風にずっと思っていたが……今となっては納得が出来る。


 魔法が貸し出せるなら、スキルも同様かも知れない。



 僕は背中から這い出している魔物を改めて敵と認識して鑑定する……



『ゼイリブ………正体不明の生命体。擬態と寄生が得意。宿主に気づかれる事なく体内に侵入する事が出来る。力を貸す事を条件に、宿主との共生関係を保てる。貸し出せる力は宿主の持ってない力のみに限られ、貸しても宿主が扱えない能力もある。<例.再生能力など(細胞の活動が停止したゾンビなどには意味がない……等)>』



 僕は鑑定結果の内容について『ゼイリブ!?何だこの生き物は……正体不明の生命体?』と考えた事で一瞬動きが止まる……



「さっき宿主が言った筈だぞ?学習しないガキだな……まぁ気持ちは分からんわけではないがな?……今は消えてやる……って言うか宿主が死んだ今『帰る』しかねぇけどな?グゲゲゲゲ……命拾いしたな?人間ども……」



 そう言った『ゼイリブ』と言う正体不明の化け物は、天井からぶら下がるハイドホラーの遺骸からズルリと地面に落ちると『ベショ……』と音を立てて砕け散る。


 まるで完熟トマトが地面に落ちた様な有様だ。



 『マモンかヘカテイアが居たら何か分かったかもしれない……それに、あの奇妙な奴がこっちに来る理由なんかも明らかになった筈だ……』僕はそう思いつつ、デスカルゴと未だに戦闘をしているガルム達に目をやる……



 僕はすぐ加勢へ向かおうとしたが、レイラの発言で新たな問題が起きた事を察知した……

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