第867話「影を移動する魔物・ハイドホラー」


『瞬歩!』



「うじゃうじゃ増えやがって!!……お前達に用はない。僕は急いでいるんだ!」



 僕は瞬歩を使い一気に魔物との距離を詰めて、剣を一文字に振り抜き魔物の首を斬り落とす……



 僕は三匹目のハイドホラーを瞬殺した後、斜め前に居た四匹目に向けて魔法を唱える。



「消し飛べ!!」



『ウォーター・スフィア!!』



 ウォータースフィアが当たったハイドホラーは、呻き声も上げる間も無く消し飛んだ。



「あ……後……二匹!……く……どこに行った……居なくなった!?これは認識の阻害云々じゃない……あっ!!……影か!!」



 僕はハイドホラーの特性を思い出し、その位置を感知を使い確認する……



 二匹は僕の攻撃に合わせて、特殊な力を使い影に潜んだ様で、影に潜った今は感知にも表示されない。



 ならば、強制的に此方へ攻撃を向けさせる以外ガルム達を助ける方法はないだろう……



『ライト!!』



 此方へ向かっているガルム達の背後を指定して、僕は急いでライトの魔法を使う。



 こうする事でガルム達は背後から襲われる事はない……影が後ろに無いのだから真後ろから襲われる訳がない。



 かわりに僕の背後には長い影が出来ている……光源からかなり離れているが、それだけ強い光を放っている証拠だ。



 強烈な光は余計な影を消し去り、ハイドホラー達の『出口』となる影も当然その影響を受ける事になる。



「ゔぉ……ゔゔゔゔゔ……ゔぉゔぉ…………」



 案の定出られる影がなくなった様で、僕の背後から身の毛がよだつ程の気色の悪い声がする。


 ハイドホラーの敵影を確認せずとも、僕には感知があるので敵の場所は一目瞭然だ。



 感知でその現れた場所を読み取ると、少し離れた辺りに現れた様だ。



『真後ろに現れると思ったが……』そう思いつつも、確実に倒す方法へ思考を切り替える。



『瞬歩で移動してから牽制で剣を振り、本命は魔法でトドメを……そうすれば少し離れていようが、仕留められる範疇だ』と考え、影に潜んだ二匹目が現れた位置を確認しようとした時に、僕のスキルが自動発動する……



『な!?……緊急回避……!?………成功……した?……』



 僕は自分の意思に反して回避行動に移り、目から入ってくる周囲の情報が目まぐるしく変わる。



 すぐに今まで立っていた場所を確認すると、その場所にはハイドホラーの腕が2本地面から生えている……


 良く見ると、影から現れたハイドホラーが今まで影があったと思われるその場所に腕を突っ込んでいた様だ。



『まさか……そんな攻撃方法が……。だけどそれは流石に悪手だ!!』……そう考えながら遠距離攻撃を放つ。



「ウォーターバレット!」



 ガルム達の後ろにあるライトの魔法効果は健在だ。


 腕が生えた地面は僕が居なくなった事で明るく照らされてしまい、その周辺にはもう影がない。



 ガルム達の影も残念ながら、ハイドホラーが腕を出した場所までは届かない。



 『ズシュ……ドシュ……グシュ………』



 僕が放った3発の水の弾丸は、腕が地面から引き抜けなくなったハイドホラーの頭部へ見事に全弾命中した……



 ウォーターバレットは『ババン!!』と連続で音をたてて弾け飛び、五匹目のハイドホラーの頭を粉々に吹き飛ばす。



「影から迂闊に手を出すからだ!!………後一匹目は?」



 僕がそう呟いた瞬間、真後ろから声がする……



「ゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔ………」



 間近で見たハイドホラーの顔は、カラカラに乾涸びたミイラの様な顔をしている。



 その顔が呻き声をあげているのだから、近くで見る僕はたまったもんではない。



 僕は敵が振り上げた拳に合わせて、剣を左下から右上に斬りあげる。



「グ……ギィェエエエェェェェェ!!」



 斜めに切り裂かれたハイドホラーは断末魔な様な叫び声をあげるも、絶命せずに左腕しか無い片腕を動かし続ける。


 2/3程の身体を失ったにも関わらず、悪魔だけあって非常に強い生命力だ。



「ウォーターバレット!!」



『ズシュ……』



『バン!!』



「ヴ……ヴォ……ぐべぇ!」



 僕は即座にトドメを刺す……万が一にも断面が結合したり、マモン達の様に再生でもされたら厄介だからだ。



 召喚された最後のハイドホラーにトドメを刺してから、階層主の攻撃に備えて体勢を整える。


 しかし階層主は、意外にも僕から距離をとっていた。



 その理由は明白で、後から来たガルム達が戦闘へ加わったからだ。



「ぜぇぜぇ……無事か?ヒロ………。それにしても……お前はとんだ厄介者じゃのぉ……。じゃが今回は流石に助かった。儂等が先に入っていたら、後衛の大怪我は間違いが無かったな……」



「ガルム!落ちつて話してる場合じゃないよ!!あの化け物また何かやるつもりだ……」



「レイラ!そんなこたぁお前に言われなくても、既に見て分かっちょる!クレム、お前は前衛に立て。アンガと儂はクレムのカバーじゃ。レックにレイラとペムは遠距離でダメージを稼ぐんじゃ!総合指示は儂よりヒロの言葉が最優先じゃ!いいか?儂より早く誰も死ぬなよ?」



「「「おう!」」」



 ガルムの言葉に全員が気合を入れ直す……



 レイラは僕の横に来ると、すぐに弓を構えて階層主へ向かって矢を放つ。


 この攻撃は相手を狙ったものでは無く、牽制と魔法詠唱を辞めさせる為の様だ……



 階層主は召喚された魔物が殲滅されると、即座に新たな魔法陣を作っていた。


 それは先程見た小さな魔法陣などでは無く、優に三倍の大きさはある。



 弓を射て詠唱を強制的に中断させたレイラは、僕を中心に陣形を組むと仲間と呑気に会話を始める……



「ふぅ危ないねぇ……間髪入れずに召喚ってか?……全く気が抜けないよ!!……それにしても、なんでこんな4階層なんて低層に、中層クラスの魔物共が湧いてるんだい?ペム。アンタならなんかわかるかい?最近アンタ、悪魔学だかを調べてただろう?」



「あれは中層に湧いているデスカルゴの攻略で調べているだけだ。階層に似つかわない階層主が湧いている理由なんぞ、儂には到底分からんよ」



「チィ……頼りにならないねぇ……でもこんな階層主が居るんなら、駆け出し共の立ち入りを禁止にしないと流石に不味いねぇ……」



「ああ、レイラ。それは確かだ……。今回の遠征にギルマスが同行したのは不幸中の幸いだったな?報告する手間が省ける」



「そういやぁレック。アンタが予定通り、一番最初に様子見で部屋へ入ってたら……下手すれば即死だったんじゃ無いかい?運は尽きてなかったって事でラッキーだったね!」



「ラッキー?馬鹿言うなよ!レイラ……マジでヤベェぞ?この場所は……。魔物が影を移動するなんて……銀級だって初見じゃ避けるつったって対処も出来ないぜ?そうだろう?ペム」



「レックの言う事にも一理あるな。それに……こんな場所が冒険者に知れ渡ったら、間違いなく4階層を縄張りにしてる冒険者は、財宝目当てに足を踏み入れるぞ?」



 ペムがそう言った後、誰も言葉を発しなかった。


 その理由は簡単だ……見ている目の前で階層主が『消えた』からだ。



 皆がそう誤認するのは無理も無い……


 影を移動する能力と、視認を狂わせる能力が噛み合えば『消えた』様にしか見えないからだ。



 先に倒したハイドホラーは、自分が入り込める大きさの影が無ければ中に入ることも出来なかった。


 だが、階層主であるハイドホラーはそのサイズに関係なく影に入ることが可能なのだろう……



 何故なら、自分の影を使ってその姿を消したからだ。



「お前等!気をつけ………『ゴォォォォォォォォ!!』…………るん………ぐわぁぁぁぁ!?」


 ガルムが『気をつけろ』と言いかけた時だった……横からの突風でガルムが吹き飛ばされた。

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