第813話「特殊鑑定スクロール」


 僕はギルド指定の特殊スクロースを手に持って、ギルマスに尋ねた……



 理由は至って簡単で、僕のレベルがギルドに知れ渡った時点で問題は必ず大きくなる。


 そして下手すると名前の欄に、異世界の本名が出る可能性さえあるのだ。



「ああその通りだ。この初心者講習は冒険者になる自覚があるかの篩い作業だからな。レベル10の敷居はこのダンジョン中層に行く為の試練の様なものさ。ウッカリ中層へ足を踏み入れて、死傷事故が多発した事があったからな……」



 どうやら、この講習自体が昇級試験で間違いがなく、事故防止の為に組み入れた駆け出し冒険者対策だった。



 僕はジェムズマインの事を思い出す。


 受付嬢ミオは、僕の問題点をフォローしてくれた。


 この街のギルドも同様であって欲しい……と願いを込めて僕は鑑定スクロールを使う。



「…………あれ?…………使えません………って言うか何も表示されません……」



「……………………」



「……………………」



 ギルマスのテカロンもクィースもお互いの目を見合わせる。


 それを見た僕は、使い方を間違えたのかと思いもう一度特殊鑑定スクロールに手を置いて念じてみる。



 だが結局、スクロールには何も表示されなかった。



「ヒロ……ちょっと聞いていいかのぉ?前に自分のステータスを鑑定スクロールで調べたのは何時じゃ?」



 ギルマス達に変わって、ガルムが質問をしてくる……



「かなり前ですね……それも1天くらいは平気で経ってるはずです……それが何か?」



 僕の言ったことは嘘ではない……僕にしてみれば数時間でもこの世界では1天以上経っているのだ。


 その証に、帝国の門は閉められ王国側へは行けないと言う話だ。



「ならその間一度も自分のレベルを調べてないんじゃな?………ふぅ…………そうか……困ったもんじゃ……。今聞いた通りだそうだぞ?テカロン。ギルマスとしてはこの状態をどうするんじゃ?」



「どう判断したものか……『冒険者では無かったから冒険者証を作りに来た』わけだしな……。だがギルドとしては、昇級の際に一部のステータスのみを見ることが許されているだけだからな……」



 ガルムとギルマスのテカロンは、何やら意味深な話をする。



「確かにそうじゃのぉ。ヒロに冒険者では無かったと言われれば、それを信じるしかあるまいて。それにあながち間違ってないからなぁ?」



「そうですね……私もガルムさんの言うことが正しいと思います。冒険者に関わらなければステータスのチェックは不必要ですから!」



「うむ……クィース……そうなんじゃよ!一般人は6歳の時と15歳の時にしか調べんからな。それも国で検査するから個人では調べんしな。そのまま調べずに生涯を終えるのも珍しくない……からのぉ……ギルマスよ」



 今度はクィースまで話に加わり、とても難しい顔をする。


 僕は何がどうなっているのか流石に不安になったので、聞くだけの立場を辞めて話しに加わってみる。



「何がどうなってるんでしょう?このスクロールに不備があり問題があるなら、新しいので提出しますけど?それとも鑑定スクロールを使うには何か条件があったってことですか?」



 僕の質問への答えは簡単だった。



「ああ、すまないな……ヒロ。そのスクロールには不備はない。実はギルド連盟としての決まりが問題になっておるのだよ……」



 テカロンの話では、『ギルド職員は無闇に相手のレベルとステータスの開示を求めてはいけない』という、管理者側の約束があるそうだ。



 ステータス情報は悪事に使われることもあるので、基本は個人管理なのだという。



 では何故この昇級試験で、レベル情報の提示を求めて良い事になっているかと言うと、街の中にあるダンジョンが理由だという。



 ギルド連盟の規約には、所在地付近の危険度に応じて、細かく設定があるという。



 この街は防壁内……即ち街の中にダンジョンがある為、そもそも最低限の冒険者レベルを設定しなければならないギルド連盟の決まりがあるそうだ。



 冒険者側に各種階級の最低ラインを設定することで、それがダンジョン・スタンピード時の役割分担に用いられる。



 その一番最初の判別方法が銅級冒険者への昇格であり、手順には特殊スクロールが用いられると言う。


 当然各街によって魔物の脅威度が異なるので、それを加味したレベル設定になるのは言うまでもない。



 ギルド職員は規則に従って行う事になるので、最低限の情報として名前とレベル情報のみを映し出すスクロールを製作したそうだ。




 では、今何が問題になっているかと言うと……テカロンが持って来た物は『スクロールに表示されるレベルは10迄』で、要は初心者用という事らしい。


 それを上回る(レベル11から)は表示が消えるそうだ。


 なので10レベルが表示されれば銅級資格3級で、消えた場合はそれ以上の資格を有することになる。


 何故ならば町民でもレベルが1はあるからで、最低限何かは表示される寸法だ。



 当然、銅級資格用のスクロールが判断レベルごとに各種用意されているのは、言うまでもない。


 銀級冒険者レベルの判断も銅級を基本に造られているそうで、変わる部分はレベルだけらしい。



 ちなみにレベル25から上が『銀級冒険者レベル』であると、公開情報としてギルド内に表示されていると言う。


 逆に24レベル迄は、銅級資格保持者と言うことになるのだ。



 冒険者側にそれを見せる事によって、自分達で相手の最低レベルがすぐに判別できる訳だ。


 因みに依頼を含まないトレジャー目的のダンジョン潜行の時は、それがダンジョンへ向かうパーティー編成の目安になっているそうだ。



 当然レベルと実力が伴わない寄生組冒険者(経験値だけの目的で随行する輩)もたまには現れるが、帝国は『実力主義』なので、嘘をついて困るのは自分と言うことになるわけだ。


 そんな輩は中層域から下層域では、間違いなく大怪我をすることになる。



 僕はその説明を聞いて漸く納得できた。


 

「って事は………僕が既にその一番最初の判断材料の上にいるという事になった訳ですね?」



「ああ……そうだ。だから今回の昇格試験には合格だが、本来は銅級資格を得た上で現状より上の昇給試験を受けるんだ。だがお前は飛び級と言うことになるだろう?」



「じゃから、どの級をやるんじゃ?って事を今それと無く話していた訳じゃよ!儂は少なくとも銀級判別スクロールまでは各種持っていけと勧めたんじゃがな……」



 僕はテカロンとガルムの言葉を聞いて、帝国の冒険者については王国と判断が異なると理解できた。



 ちなみに今の話で分かったのは、ガルムはどうやら銀級用に作られた特殊スクロールを知っている様で、それを少なくとも1回以上は使っている様だ。



「成程!何か理由があって持ってこれなかったと……でも名前迄が出ないのは何故ですか?」



 僕は自分で聞いて『藪蛇だった!』と後悔したが、聞いてしまった以上仕方がない……



「ん?そんなのは簡単な事だろう?名前だけ表示させたら無駄になるじゃないか……スクロールの使い回しは出来ないんだぞ?一回限りで即処分だ。だとすれば無駄な費用はかけたくないだろう?ギルドの資金が無駄になるんだから」



 よく考えるとその通りだ……


 僕が言った事はギルドにとって意味のない出費でしかない。


 それも、使い回しができないのだから尚更だ。



「ギルドマスター、ひとまずヒロさんのレベルのことは置いておきましょう。アユニさんとアサヒさんのレベルには何の関係もありませんし。そもそも私達が来た事でヒロさんの特訓を邪魔しています。この方の目的は初心者講習会の課題であるレベル10を満たす事でしょう。それも自分では無くアユニさんの……」



 クィースはアユニ達を見ながらそう言った。

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