第800話「犯罪者のレッテル」


 声の主はギルマスのいびりを見て、酒の肴にするつもりだったのだろう……ニヤつきながら仲間と一緒に後ろへ振り返った……


 しかし僕の顔を見た瞬間、エールの入ったコップを投げ捨てる。



「ああ!?そ!……その人は……………ギ……ギギ………ギルマス……駄目だ!!辞めろ!!やめろぉぉ!!」



 その言葉に更に反応したのは、声を出した主のパーティーのほかのメンバーだった。



「!?ぶは!?…………ゲホゲホ………う……うわぁ…………辞めろぉ!!ギルマス……何してんだ!!」



「なんじゃ!お前汚いのぉ……エールを口からぶっかけおって……何が………ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!ギ……ギルマス!!なんて事しておるんじゃ!!間違いなく死ぬぞ!?辞めるんじゃ〜〜!」



 近くの長机にいたパーティーの一行は、机の上のエールやら料理やらをひっくり返しながら僕のそばにくると、すぐにギルマスを引き剥がす……



「こ……この人に触れたらいけない!!今すぐアタイがぶん殴るよ!」



「そうじゃ……お前たち……俺達を敵に回したく無いなら引け!!ギルマスとて放っておかんぞ!?」



 急に僕の加勢に加わった6人の冒険者は、何処となく見覚えがあった。


 ダンジョンで見た顔にそっくりだったが、逃げた人達なので顔までは分からないのだ。


 ダンジョンの中は薄暗く会話さえしていないので、僕はハッキリとは覚えていない。



 すると引き剥がされたギルマスが、その手を振り解き冒険者達と対峙する構図になる。



「待て……なんでお前達がその男に加勢する?その男は少年の格好をしていた少女を拐かす変態だぞ?」



「だから!違いますって何度も言いましたよね?僕は少年だと思って接したし、そもそも少女だって思ってもいませんでした!それに、そもそもこの子の父親を救出できたら良いな……って思って話を聞いてたんですよ!!」



 僕はギルマスの言葉に全力で抗議をする。


 異世界に来てまで、変質者呼ばわりは勘弁して欲しいからだ。


 当然、元の世界でも変態ではないが……



 しかしギルマスは、人の親切を信じる人間ではない様で、僕を犯人呼ばわりする。



「だから!そんなお人好しの冒険者が何処にいるんだって言っているんだ!ダンジョン内部で、金も貰わず救出部隊を買って出るなんて……前代……みも………ん?………ああ!?お前達を救出した正体不明の少年冒険者!?」



「そうじゃ!!アンガの恩人じゃ!!」


「そうよ!!アンガの恩人よ!!」



 男性と女性の冒険者の言葉が、ほぼ同時にギルマスに伝える。


 そして興奮するあまり、問題発言も織り交ぜてしまった……


「いいか?ギルマス。我々ダイバーズの恩人に害をなすなら、儂達はこの遠征は辞退するぞ?……そもそも危険な中層をソロで歩いておったんじゃ!ブルミノタウラーが群れで居るあの中層をだぞ?信じられるか?だからお前が敵うはずも無かろうて!ギルドマスターテカロン!」



 その言葉を聞いて吹き出しそうになる……



 ジェムズマインのギルドマスターは『テカリーン』で此処の街のギルドマスターは『テカロン』なのだ。


 それも同じく禿げている……まさか兄弟?とか思ってしまう。



「何をニヤついている!!お前に仲間ができたから笑っているのか?……お前は誰かってことが解決したわけでは無いぞ?謎の少年!!」



 するとギルドマスターの後ろから声がかかる。



「その人は、訳あり旅人のヒロさんだよ!ギルマス……俺達も救って貰ったんだ……」


 声の主は短剣を売った相手のメンバーのデップだった。



「デップ……お前を救ったのがこの男だと?まだゴブリンも倒せそうもない少年だぞ?」



「嘘言ってどうすんだよ?ゴウトスロープって魔物を一人で五匹も退治した凄腕の人だ。でも冒険者証を持ってないんだとよ。俺の見た感じは、魔法剣士だから訳有りだ。冒険者に訳ありは付きもんだろうが……毎日酒に酔って喚いてるアンタの言葉だぜ?」



 ギルドマスターは、近くの椅子を片手で引き寄せて大股で『ドガッ』と座る。



「参ったな……怪我をした冒険者二人を救ったのがこの少年で?……街では下心なく、少年と思ってた少女と話してたと?……それで冒険者ではなくて?でも強い?それを信じろと?……まぁ犯罪絡みじゃ無ければ、生い立ちを詮索しないのが冒険者ギルドの鉄則だからな……。はぁ……頭いてぇ……」



 そうギルマスは言うと、事情聴取をしていた羊皮紙に火をつける。



「聴取のやり直しだ。はぁ……すまんが協力してくれ。謎の人……えっと名前はヒロでいいんだな?何もないヒロだな?騎士団でも戦士団でも貴族様でもない『ヒロ』で?」



「そ……そうですね……できればそれで冒険者証を発行して、しっかりとした身分証にしたいんですが……」



 僕は身分証欲しさについ欲張って言う……


 しかしギルマスから、間髪入れずに必要な要件を言われてしまった。



「それには身元保証が必要だ……最低2人のな?」



 すると堰を切った様に、助けた冒険者達が身元保証人を買って出る。



「儂がなるぞ!」


「アタイもなれるさ!命の恩人だ!」


「待て待て!ガルムにレイラ……俺が救われたんだぞ?俺がなるさ!礼くらいさせてくれよ!」



 しかしその冒険者に混ざって何故か少女の母親が声を上げる……



「良ければ私も……それで……できればその代わりに主人の調査を買って出ていただけますか?何かのついでで良いんです……宝箱からあの人の形見が見つかったら……それを私まで届けて貰えませんか?代わりに冒険に役立ちそうな他の装備を差し上げますから!……あの人のお墓が空なのは……流石に……」



 僕はそう言われて居た堪れなくなる。



「まだ死んだとは限りませんよ?魔物でも食べられるのがいますから!例えばウルフ種とかが良い礼です。ホーンラビットも食べれるんです!!だから食料で死ぬ可能性は減るんですよ!怪我とか……そんなのさえ無ければ水と僅かな生肉で、生きている可能性だって……」



「ははは………お前面白いな?よしじゃあこうしよう!その娘の母親のディーナと、怪我をした本人2人、そしてこの俺が保証人になってやろう……だが、冒険者として闘えるか見てからだ!闘技場に行くぞ……ついて来い!少年!」



 そう言ってテカロンは立ち上がる……


 しかし、僕が助けた冒険者から『馬鹿か!?』『無謀だ!!』『死ぬぞ?ギルマス!』と次々と言われてしまう……



「実力を見ないで保証人契約を進められるか!!大馬鹿者が!………さっさと来い!小僧!!………」



 何故か僕が小僧となじられた………



 ◆◇



「ストップ!ストップ!!…………終わりです。ギルマスの息がありません!!救護員を!闘技場まで至急救護員を送ってくださいーー!!」



「いやいや……息はありますって!!だから……勝手に犯人にしないでくださいよ!!少女の件といい……今回の力試しといい……損しかしてませんよ?僕は……」



 僕はスキルの『瞬歩』で裏に周り、ちょっと強めに蹴った……


 そしたらギルマスは、体勢を崩して闘技場の端まで足をもつれさせながら走る。


 すると、突き出た出っ張りに頭を打ちつけてヨロヨロと数歩だけ歩き、今度は近くの装備棚に頭から突っ込んだ……



 運良く防具の棚だったので武器こそ刺さらなかったが、上にのしかかった防具が複数となると非常に重い。



 防具の下敷きで踠いていたギルマスは、今度は棚を蹴りぶっ倒した……そして現在に至る……



 他の職員も複数人いて、彼等には僕の実力が示されたので身元保証は平気だろう……



 しかし残念ながら、僕に関しての恐怖伝説が始まった瞬間だ。

 

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