第799話「混乱する記憶と誤解を呼ぶ少年」


 僕はムシャクシャしながら、ラッドから貰った串肉を頬張る。


『うん……肉だな……この焼き加減はあれだな……。ホーンラビット亭のビラッツさんの腕前が凄いと言う理由がわかる。しっかり血抜きされてないから生臭いし、切り込み入れてないから食いづらい……。この調理は、ユイナさんとミサちゃんが知ったら怒るだろうな……』



 そう頭で考える……しかし何故か腑に落ちない……



『ん?ユイナさんって誰だ?………あと……ミサちゃんって?あれ?誰だったかな………まぁいいか……。ド忘れしてても後で思い出すだろう。エクシアさんの紹介してくれたお店のコックの誰かだろうしな……。ジェムズマインの街に帰れば、嫌でも思い出すだろう……』



 そう思いつつも、先程の少年が気になって目で追ってしまう。


 金貨を貰ったのに、未だにダンジョンの入り口前で冒険者に話を聞いているからだ。



「お兄さん……ちょっと良いですか?ダンジョンでツンツン頭で頬に火傷を負った冒険者を見ませんでしたか?僕のお父さんなんですがまだ帰ってこないんです………あと万能薬って……あ!!……さっきのお兄さん……御免なさい。また同じこと言っちゃった……」



 そう言って少年は立ち去ろうとする。


 この少年の言葉など誰も聞こうともしないのに、一生懸命聞き回っているのを見て僕は『話を聞いてみよう……』と言う気になった……



 ◆◇



「お兄ちゃん本当に貰っていいの?お肉だよ?銀貨一枚のオーク肉の串焼きだよ?」



 その言葉に僕は食べる様に勧める……



「平気だよ?実は既に他の物を沢山食べてお腹いっぱいなんだけど、さっきの強面の冒険者からかなり貰っちゃって困ってたんだよね?」



 嘘とは言い切れ無い嘘を言って僕は誤魔化す。


 少年を僕が呼び止めて事情を聞き始めると、少年はずっと串肉を見ていたのだ。


 そうなればあげる他ないだろう。



 それにグレナディアとリツのいる狭間で一緒にカップ麺を食べたのだ……


 実際にお腹がいっぱいなのは嘘ではない。



「それよりも……長い間帰ってない君のお父さんは最後にどこで目撃されたとか……何処の階に行くとか話して無かった?」



「……もぐもぐ………ママなら知ってると思うけど……僕は分からないです……はぐはぐ……」



「そうか……君は明日ここにまた来る?」



 僕はそう聞くと、少年は毎日父を迎えに朝と晩にダンジョン前まで来ていると言う。



「じゃあ、僕も明日また此処にくるから、何処に行ったかママに聞いてきてよ?……後もう一つ聞いて良い?宿屋って何処かな?」



 僕は少年に明日の予定を約束したついでに、この街の安そうな宿を聞くつもりで質問をした。


 しかし思いがけ無い返事が待っていた……



「え!?お兄ちゃん泊まるところないの?もうこの時間だと街の宿は何処も空いてないよ!?ここの宿屋はお昼には全部埋まっちゃうんだから!!」



 意気消沈するしか無い返事だ……


 風呂は入れ無いし、ベッドで寝れないならどっか適当な場所でマジックテントを使う他ない……


 充分休息が取れるテントで宿屋より遥かに優れているが、帝都の人間には見て欲しく無い逸品だ。



「げぇ……マジで!?………あああ……まじか………それは辛いなぁ……テントって言う手しか無いか………」



 そう言って僕はキャンプでの宿泊を覚悟する……



「ならウチへおいでよ?お父さんが帰って無いからお父さんの布団空いてるし!お母さんに直接聞いてくれれば早いもん!!ねぇ来てよ!!」



 思いがけ無い申し出に目頭が潤む……頑張って父親を探している少年は、行く宛の無い僕の身まで案じてくれたのだ……



 しかし事態は急変する……



「メルル!?メルルか……またそんな格好して……此処へは来るなと何度も言っただろう?お前の様な娘が来る場所では無い!!危険だと何度も言っただろう?それに何だ?その沢山の串肉は?」


 突然話しかけてきた男は僕を睨みつけ、話を続けた……


「……お前……この少年の格好した少女が目当てか?ちょっと来い!!」



 僕は禿げたおっさんの一言『少年の格好した少女』と発した言葉に驚きが隠せず上擦った声が出る……



「ええ!?少女!?………確かに言われてみれば声が高いくてアニメ声だけど……ええ!?何でそんな格好を?……ってかそれどころじゃ無かった!!……僕はこの子の父親に話を……」



「言い訳はギルドで聞く。見た感じ冒険者だろう?理由をしっかり聞いてやるから逃げずに来い!!……もし身の潔白が出来るなら来ても問題はなかろう?……さぁメルルお前も行くぞ!……全くお前の母親に何と言えば良いんだ……お前も散々止められているんだぞ?自覚しなさい!」



 僕は禿げたオッサンに腕を掴まれる……


 振り払って逃げるべきか……それとも従って身の潔白をするべきか……


 冒険者証には王国貴族の名前が入っているので、帝国内のギルドでは絶対に見せられ無い。


 だからといって身分証も無いのでは、状況は絶対に悪くなる。



 そう悩んでいると状況は更に酷くなる……



「ギルマス!俺等も手伝いますぜ!!………そいつイコセーゼの手下と絡んでたんですよ!!……あの悪辣貴族と……それも宝石がふんだんにあしらわれている宝剣を譲って滅茶苦茶金貰ってたんですから!」



「なんだと……お前……皇帝陛下に仇なすあの悪辣貴族に?以ての外だ……尚更話を聞かねばならんなぁ……今すぐ来い!メルルお前も母親に迎えに来てもらうから一緒に来なさい!!」



 よりにもよって腕を掴まれたのは、この名前も分から無い街にある冒険者ギルドのギルドマスターだった。


 しかし半ベソ状態の少年の格好をした少女は、僕の顔を見る。


 助けてあげたいけど、流石にこの状況は最早どうにもなら無い……


 僕は冒険者6人に囲まれて移動することになった……



 ◆◇



「メルル!?メルル………また貴女そんな格好をして……パパの事はギルドに任せなさいって言ったじゃない!何故分からないの?」



「だってお母さん………もう10日よ?……パパ居なくなって……。冒険者の人に聞いたら食料が無いと、10日なんかダンジョンの中ではもたないって言ってたわ!!……」



 僕はその状況を少し離れたところで見ている。


 女性は少年の帽子を取り払うと、中から結ばれた髪が溢れる。



「まじか………女の子じゃ無いか………」


「お前……本当に知らなかったのか?なんだ……調査に向かおうとか本気で思ったなんて言わないよな?メルルの母親はディーナだぞ?この街きっての女冒険者で、父親はタンクの中級職ガーディアンだ。帝国では割と名前が知られてる夫婦だぞ?」


 そんな事を言われても僕には少しもピンとこない。


 此処の出身でもないし、この世界の住人でも無い……


 しかしその表情は、あっという間にギルドマスターの男に読み取られた。



「その表情……さては……此処の冒険者じゃ無いな……お前……」



 僕はその言葉に更に動揺が隠せなくなる


「冒険者証を出せ!出せないのであれば持ち物調査をするしか無いな……帝国に仇なす王国側の人間かもしれんからな?国境を封鎖してから1天半の間かなりの王国騎士が身分を偽り、この帝国に入ったからな……」



 僕はその言葉に酷く動揺をする……


 そして、どうしてこうなったのか思考を巡らせる……



『なんだって!?………国境を封鎖?………僕が居た時は国境は問題無かった!ヤクタの事件後に何かがあったって事か?……それに封鎖して1天半?って事は……一年半も僕は狭間にいたって事じゃ無いか?……不味い……非常に不味いぞ……王国はたった一年ちょいで帝国の敵なのか!?』



「どうした……急に黙ってその表情……何かあるって事だよな?それもギルドでは話し辛い事で間違いは無さそうだが?」



 ギルマスが顔を僕に寄せて、ドスの効いた声を出すと、『ポンポン』と頭を軽く上から叩く……


 しかし……その直後、ギルマスの真後ろから叫び声が上がった……

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