第789話「ギール男爵、最後の足掻き」


 チャックはギールに向けて嫌味を言う……



「ギールの旦那……。これで打つ手無し……。完全決着ですぜ?武器は無い上に、今の暴発の衝撃で貴方の目の前は飛び越せないほどの溝が広がりやした……。此処まできてまだ悪さをする、貴方の自業自得ですがね?」



 チャックに言葉に、ギールは憤慨するかと思われたが至って冷静に言葉を返す。



「チャック……まだ気がつかないのか?俺にはチャンスがまだあるぜ……この俺の真下には何がある?その目で見てみろよ!あのエルフの姫が、ヒロ男爵を助けた魔法陣は未だに『開きっぱなし』だろうが!!」



 チャックは『ハッ!』として急ぎ下を見ると、確かにユイとモアそしてスゥが協力して開いた魔法陣が、今でも閉まる事なくそこにあった。



「俺はどうせ此処にいても助からない……。だからあの魔法陣へ飛び降りれば、ヒロ男爵が向かった先に辿り着くと思わんか?だから俺は魔法陣が無い溝の方へ、その姫さん方を落とそうとしたんだろうが!!アイツは気を失っていた……今追いかければアイツだけは殺せるはずだ!!」



「ヒロの旦那を見てなかったんですかぃ?この高さから飛んで、旦那は精霊が衝撃を緩和してなんとか生きてるんですぜ?各種精霊を味方にしてない其方さんが、飛んでも無事でいられるとは思えませんがね?」



 チャックは落ちた時の様を見ていない……


 ギールに躊躇させる為に嘘を言ったつもりだが、その内容は大方合っていてギールはそれを自分の目で見ていた……



 しかしギールは……



「チャックお前は俺の最後のチャンスを潰すためにそう言っているのだろう?だが此処に居ても俺は死ぬ!」



「それはどうですかね?万が一の可能性に賭けて飛ぶよりは此処に残る方が生き残るチャンスじゃねぇですかい?俺だったら何としても生き残って、隙を見て逃げますがね?」



「だから甘いんだ……チャック!!助かる術があってそっちに行っても俺は国家反逆罪だ!ドワーフの姫の私物を盗み、エルフ国の姫を殺そうとしたんだからな?だったらダメ元で飛び込むに決まってるだろうが!ドクリンゴ様の復権が叶えば、女公爵様は我が家名をいずれ復活させてくれる筈だ!女公爵様が心から憎くむ小僧を仕留めた我が家の為にな!」



 ギールはそう言うと、壁のギリギリまで下がる。


 どうやら勢いをつけて、魔法陣の中心部に目掛けて飛び込もうと考えている様だ。



「いけない……チャック、その人を止めて!!……もうあの魔法陣に満足な精霊力は無いわ……。あの魔法陣は開けら最後、貯めた精霊力を発散し続けるの!!もう試練の間に飛ばす力は残ってないわ!今飛んだら………」



 モアがチャックに説明をするが、その説明が終わる前にギールは走りだす……



「ダメ酷い死しか無いのよ!!……彼を止めて!!」



 ユイも自分が殺されかけたのにも関わらず、彼を止めようとする……。



「ははははは!!……アイツの遺品は俺が有効活用してやるよ!!マックスヴェルにソーラー。俺は現国王の敵になる……ドクリンゴ女公爵家の右腕ギールになってな……今度あったら敵同士だ覚えておけ!!」



 ギールは、崩れかけた足場ギリギリで『ダン!!』と踏み切ると空中を走る様に足を動かす……そしてそのまま魔法陣の中央部めがけて落ちていった……


 ギールは落ちていく最中、魔法陣の光により若干浮遊する……



「はははは!エルフの姫さん達有難うよ。この魔法陣はこんな効果もある様だぞ!?空間干渉と言うべきかな?……」



 ユイとモアそれにスゥもこの魔法陣を起動させた事はない……理由は簡単でエルフ族の禁忌とさせていたからだ。


 その所為で、魔法陣が齎す効果を見たこともないのは当然だろう。



 魔法陣から10メートルの半円状は、精霊力を発揮している所為で浮遊できるのだ……これは精霊が自由に浮遊できる理由の一つだ。



 ギールは落ちている最中にその圏内に入った。


 その所為で彼は精霊の様に浮遊出来たのだが、彼はその浮遊を楽しんでしまった……


 自由に空中を歩き回る不思議な感覚を堪能してしまったのだ……



「さぁ、もう充分だ……俺はドクリンゴ様にアイツの亡骸を持って行くとしよう………。マモンにヘカテイア……良いのか?今ならお前達なら俺にやめさせることくらい出来るぞ?まぁその後は此処の溶岩に飲まれて終わりだろうがな?」



 ギールの言葉にマモンもヘカテイアも何も答えない………



「マモンの旦那………アイツを向こう側にやっちゃいけませんぜ!?ヒロの旦那は桁違いの化け物ですが……今は意識がないでがしょう?……マモンの旦那!!」



「黙って見てろ……チャック……」



「そんな?見殺しにするんですかい?旦那?……旦那がいかねぇなら俺が………」



 マモンの言葉にチャックは意を決して、溶岩が亀裂から溢れて増え続ける穴へ飛び込もうとする。



「辞めなさい……チャック。無駄よ……彼はもうどこへも行けないわ……成功はほぼ1%も無かったわ。でも彼はその可能性も自分で壊したの……馬鹿だから精霊力を浮遊で消費したじゃない?……もう……あそこの魔法陣は終わり。時間切れよ……」



 ヘカテイアがそう言った瞬間、穴の底で『ドズン』と何かが落ちる音が聞こえて、呻き声が上がる……




「ぐは………イッテェ………な!?何で急に消えた!今まで俺を浮かしてたじゃないか!!この魔法陣は?………エルフ共め何かやりやがったな!」



 穴の底からギール男爵の怒声が聞こえる……


 その声にマモンが返事を返す。



「おいギール男爵様。お前を止めに行きたいが、溶岩が怖いから辞めておくよ。お前みたいに骨も残さず、生きたまま溶けるのは嫌だからな?……お?あれれ?魔法陣がねぇじゃねぇか……折角のチャンスを空中散歩で台無しにしたか?コレは……ますますいく意味ねぇなぁ……。溶岩で死ぬだろう?これじゃあよぅ……くっくっく……」



「な!?………嘘だ……魔法陣は何処へ行った?今まであったでは無いか……。俺を浮かすだけの力があったのに、何故急にこんなふうに消えるのだ!!」



 その馬鹿げた言葉を聞いたヘカテイアが、答えを教える。



「何って……エルフの姫様達が言ってたじゃない?チャックでさえも……。『そこの儀式はもう終わる。とんではダメ』ってね?だから私もマモンも『行かない』事にしたのよ?危ないじゃ無い。万が一を考えれば……今の貴方みたいになるもの。まぁ私達二人なら底から這い上がるのなんか訳ないけど……面倒じゃない?洋服も埃だらけになっちゃうのも嫌だし!」



「そんなもん黒穴を通れば汚れねぇだろうが……ヘカテイア………。俺はちなみに、どうせ死ぬ奴のために下に降りる必要もなかったから無視しただけだがな?何か勘違いしたのか?ギール……」



 ヘカテイアの言葉にマモンがそう言うと、怒声を発するギールを無視して、最下層の一角に積んであった宝箱を黒穴で回収する。



「マックスヴェルにソーラー、この宝は俺が回収してやる。契約者が戻るまで命がけでアイツの領土と此処のジェムズマインの街を死守しろ………。その報酬が今回収した宝だ。申し出を断れば俺が王国全域に俺の眷属の悪魔をばら撒いて全員を餌にする……。ヘカテイア邪魔するならお前も殺すぞ……これは俺とヒロの契約だ。アイツの領地を護る……それが一番最初の契約だからな……」



「あら……無能な貴族が治める領地なんかさっさと潰して、殺し回った方が早いんじゃない?ヒロの敵は誰も居なくなるんだし……。あら……マックスヴェルさんにソーラーさん?そんな青い顔しないで?マモンとは喧嘩したくないから、貴方達が彼の提案に乗ればそんな事にはならないから……」



 ヘカテイアはそう言うと、足元に落ちていた石を掴んで壁に放り投げる。



『ドガン!!』



「ホラ!早く出ましょう?この衝撃で下の溶岩も勢いよく出るわ……それに……此処も崩れるわ。誰が一番最初に出られるか競争しましょう?じゃあ……よーいドン!!」



 ヘカテイアはそう言って黒穴に消える……勝手に最下層を破壊して……



「あ……あのクソアマ……ヒロが居なくなった瞬間自由人かよ!!」


「エク姉さん、ヘカテイアは人間じゃねぇですよ?自由人じゃなくて自由悪魔です……」



「エクシアねぇさん……ロズの馬鹿は放っておいて早く逃げましょう……。それにもう天井にもヒビが入ってます……ベロニカ!ゲオル!!今すぐトンズラだ!」



 ベンの一言で一斉に逃げに転じる……ファイアフォックスメンバー。


 全員が逃げる前に穴の下を見て、魔法陣に消えた常識を外れた行動しかしない仲間の無事を祈った……

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