第720話「第9階層に広がる風景」



 僕達の会話を聞いていたマックスヴェルは、珍しく冒険者寄りの考えで話し出す……



「別に良いではないか?『階層主が居なくなった』のであろう?ならばエクシアの言う通り良かったんじゃないか?危険が減った事は良いことだし、先に進むのは早い方がいい。遅くなればそれだけ多く疲労が溜まり本来の力は出せなくなるからな……そうであろう?エクシア」



「そう言う事だよ!ヒロ……。どうせアンタの事だから、そのピットフィーンドって奴がまだこの階層にいると思ったんだろうけど『居なかった』って事で良いじゃないか……何はともあれ、今はこの階層にもう用事は無い。早く降りようじゃないか……敵は待ってくれないよ!」



 僕は2人に半ば強引にそう言われて階層を降りる……選択肢も無く仕方なくだ。


 とはいえ、どうしても腑に落ちない。



「9階層って……上の階と全く違いますね……言うなれば城下町……それも今の王都に似通ってる」


「そうだね……そもそも埋没してダンジョンの一部になったのは、その旧王都だから似てるのは当然だよ」



 僕は地図を片手に周りを伺う。



「ヒロ……またこの階層も変な作りだね……階段周辺は城下町なのにその先には何も無いって……ここに映ってるのが階段とすれば遮蔽物がない空間ってことになるよね?9階層で遮蔽物なし……アンタが言ってた『階層主』の問題はかなりデカそうだ……」



 索敵能力が高いエルフ族を先頭に注意深く廃墟を進む……




「エク姉さん、感知に引っかかったよ!魔物が左右の壁の先に居る」



「ベロニカ!助かるよ。アンタの感知は距離が広いから廃墟では本当に役立つねぇ!!全員警戒、いつ襲って来るかわからないよ!!」



 戦闘に役に立たない貴族を中心に、それを守るように冒険者は立ち位置を変える………


 しかし魔物は何故か襲ってこない。



「何やらたしかに魔物の気配はありますが……襲って来る事はないですね……何でしょうか……」



「エルデリアアンタの言う通り、全く姿も見えないねぇ……困った事に姿が分からないなら対処のしようも無い。まさかゴースト系か?」



「エクシア残念だがゴースト系では無いな……ちゃんと足音が聴こえるからな。我々の耳は人族の耳より聴き分ける能力に長けている。間違いなく『足』があって実態だ」



 エクシアは危険を承知で進む事を決意する。


 ここで足踏みしてても時間だけ浪費するからだ。



「良いかいいつ襲って来るか分からない。貴族は勝手な行動するなよ?どっかに逃げたりしても捜さないからな!」



 エクシアの号令で警戒態勢のまま先へ進む……


 魔物が側にいるのに襲ってこない状況は初めてだ。



 何度かエルフが散開して追いかけたが、足の早いエルフが追い付けないほど魔物は注意深く移動していた。


 敵性反応が出ているので、間違いなく敵がいる……



 非常に精神が削られる状況が続いて、冒険者達の顔にも疲れが見える。


 集中力はそれほど長く保てないからだ……



「オイオイ……ねぇさんマジかよ……。とうとう襲って来ないまま、廃墟がなくなっちまいますぜ?」



「ああ……その通りだロズ。まずったかも知れないねぇ……見えるかい?アレが……アタイ達は見事に『挟み撃ち』にあったって事さ……」



「流石に俺でも分かりますよ!エクシア姉さん……。アイツらは『スクリーマー』ですかねぇ……それとも『ケイブ』ですかねぇ?」



「その両方かも知れないよ……既に叫んでやがる………」



『ギギギギッギ!!カチュカッ!!ギギギギッギィィ……』



 廃墟が途切れた先に見える開けた空間は鍾乳洞だったが、非常に悪臭が漂っている。



 その理由は『ゴブリン』や『オーク』の死骸のせいだ。


 ここの食物連鎖のトップは、目の前の敵だったと言うわけだ。



 僕は廃墟の屋根にようやく姿を見せた魔物を鑑定しようとするが、エクシアが先にとんでも無い情報を言ってくる。



「同じ『人間』だが……どうしてこんな進化をしたんだかね……マジでコイツらとやり合うのは嫌だよ……」



「コレが同じ人間だって俺だって思いたく無いっすよ………」



 2人の会話に驚くしか僕達異世界組は出来ない。



「アレが同じ人間だって!?」



 ソウマはエクシアとロズにそう言うと、エクシアが詳細を話す……




「ああ、間違いなく人間だよ……正確に言うと、ケイブと呼ばれる洞窟内でのみ暮らすヤバい奴らだ。アタシらの知恵のようなものは全く無い。武器は動物の骨や岩、手に持てるものなら何でも武器だ。目は見えない……退化しちまってる。そして代わりに視力以外の全てが馬鹿みたいに高い」




「エクシアさん。でも人間だってどうやって知ったんですか?」



「ヒロ兄、そりゃ簡単ですよ!倒した後に素材を剥いで持っていったら『皮膚』って鑑定されたんですよ……だから倒したケイブの遺体を持ち帰って鑑定スクロールで調べたら『人間』って出たって訳ですよ!」




 皆が驚くのは無理もない……


 ケイブと呼ばれた生き物は、ロズの言う通り洋服など着ていない。



 体毛も洞窟内で暮らすから必要なくなったのか、髪の毛さえない。


 そして日差しを浴びたことのないだろう皮膚は、異様に白くそれでもって汚い。


 風呂などには当然入らないのだろう……見た感じだと、そのような知識も持ってないだろう。




 そして目は退化もしくは進化の代償なのか白目だ……見えてさえないのだろう。


 しかし何かを頼りに、辺りを探れる能力が備わっているようだ。



 その証拠にケイブは僕達がいる場所を把握している様だが、目で見ている様子がない。



 念の為鑑定をしてみると……


『ケイブ・スクリーマー……人族(地底人)。産まれてから地上に出る事はまず無い。住処は地底大空洞を拠点とする。知識レベルは非常に低く、互いに意思疎通で使用する共通言語はない。スクリーマーと呼ばれる個体は、絶叫により仲間を呼ぶ。この個体は声帯が発達した個体のみであり、遺伝により生まれる子もスクリーマーになる。呼ばれる仲間は同族のスクリーマーで、ケイブより知識が僅かに高い。両方とも食性は雑食で、何でも食べる。同族である人間や自分以外のケイブ及びスクリーマーも食糧である」




 とんでも無い情報だった……


 地底で育った人種は目が退化してしまい、そして人とはかけ離れた容姿になっているからだ。



 更に共食いをする……食い喰われる関係なのに何故助けに来るかが謎だ……



「エクシアさん、大空洞に居るはずのケイブ・スクリーマーが何故ここに?それもこんなに沢山……」



「あのねヒロ………そんな事アタイが知るか!!大方ダンジョンの入り口から迷い込んで繁殖したんじゃ無いかい?…………待てよ………そういえばダンジョンの入り口は一つじゃ無いって、ギルドであの爺さん言ってたよな?この更に下の火焔窟ダンジョンの話でさ?……まさか此処もそうなのか!?」



「エク姉さん、だとしたら不味いっす。アイツらは『仲間を呼ぶ』上に、仲間は勿論俺らも餌ですよ?」




 エクシアは『分かってるよ!さっさと始末するしか無いだろう?くそ後味悪いな……』と言ってから皆に指示を出す。




「スクリーマーだ!奴等に喰われたくなかったら『撃退』しろ!分かったね!所詮人間のなり損ないだ。分かり合えない以上敵だ。遠慮したら負けるのはこっちだよ!!」



「エク姉さんの言う通りだ!!行くぞオメェら!奴等は連携なんぞしてこねぇ……そんな知識も仲間意識も無ぇからな。片っ端から叩き斬れ!!」



 エクシアはケイブが魔物じゃないので撃退と言い換えたようだが、後味が悪い事は変わらない。


 ロズは大声をあげて敵を惹き付け、そして同時に仲間の士気を上げる……



 ちなみに敵性反応は、人間でも悪意や殺意を強く持っていると魔物と同じように表示される。


 その所為でケイブと分からなかった訳だが、もはやああなってしまうと魔物と反応が出てくれた方が幾分かましだ。

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