第703話「ガラスの靴が齎す幸と悪意」
荷台に僕を発見したテカーリンは、すぐに歩み寄ると献上品についての報告を始める。
「ヒロそう言えば、陛下への献上品無事旅立ったぞ?ちなみにだが……陛下からの要請で周辺の貴族総出で護衛に当たっている。だから心配は不要だ。あと帝国への出発は明日の予定だと言う。流石に兵を派遣できないので秘密裏に運ぶそうだ……皇帝陛下から『御礼』が届くと言っていたからそのつもりでな?」
テカーリンは、ギルドの遠征物資が積んである荷馬車の脇にいた男を呼び、僕に紹介をする。
「先日は我々の王宮鑑定士がお世話になりました。皇帝陛下は大層喜んでおられます。この御礼は帝国を挙げて行う予定ですので、お楽しみを……それと遠征へ向かわれる事も先程伺いました。ヒロ男爵様が無事戻られる事を心より案じております。つきましては遠征物資の援助を、ヒロ男爵様宛に納品させて頂きました。僅かばかりな量で申し訳ありませんがお納め頂き、遠征にお役立て下さい」
そう言って男は頭を下げる。
テカーリンが確認していた荷物の一部は、どうやら僕宛の荷物だった様だ。
頭を下げた使者は帝国の関係者の宮廷絡みの者の様だが、ギルドは王国間の問題には不干渉の立場なので、紹介だけする様だ。
テカーリンだけで無く、デーガンやオレンジそしてミオでさえも話には混ざらず、聞かない素振りをして荷物をチェックしている。
しかし、その帝国の使者の横には見慣れた顔があった。
脳をフル回転させ記憶を巻き戻す。
なんとか頑張って思い出すと、王国王都に行った時に王の間で見かけた側近の一人だった。
「こんにちわ、ヒロ男爵様。お気にされている様ですが、ご安心ください。ヒロ様への爵位は陛下のお気持ちですから、その行動を制限するものではありません。それに既に帝国の使者様との挨拶も済んでおります。ヒロ様は王国と帝国が揉めない様に、双方へ同じ物を同じ数お渡し下さったので。こうして無事肩を並べて話すことが出来ます」
やんわりと嫌がらせかと思ったが、そうではなく本心からの言葉だった様で、彼は深々と頭を下げてきた。
「これから鉱山ダンジョンへの遠征と聞きました。陛下にはその行動の全てが賞賛に値する……と申し上げておきます」
王国の使者と帝国の使者の目的はゴーレム絡みだった。
だが、鑑定士の情報により予定を変更して『ガラスの靴争奪戦』になったらしい。
しかし、それも無事手に入れられた事で各都市の近況報告と、双方の問題を使者同士で相談しあっていたと言う。
お互いの国は方針が違うのでいがみ合う事もあるが、抱えた問題が人外の件となればお互い力を合わせるほかはない。
下の者は王が知らない所で、ギリギリの綱渡りをして努力している様だ。
しかし両国の使者の話を目の当たりにして、面白くない顔をしている輩も当然周囲にいる。
手に入れられ無いどころか情報を探っているうち、その裏事情を知ってしまった人達だ。
今日は何とかして手に入れられないか……と行先に予測を立て網を張っていた。
しかし、そのガラスの靴は双方の国へ献上されたと知ったのだ……彼等の目論見は失敗に等しい。
集まっていた輩はガラスの靴を手土産に……と色々模索していた輩が殆どだ。
ちなみに手に入らなかったことが理由で、僕は色々恨みを買った事が今朝方明らかになった。
彼等が情報収集に長けている事は素晴らしい。
とはいえ、手に入らないという理由で逆恨みとかは本当にやめて欲しい。
昨晩の事だが、まだ僕が在庫を抱えているかもしれないと思った輩は、購入の話をする訳では無く強硬手段に打って出た。
しかし残念ながら上手く行くことなど100%無い。
何故かと言えば、この街を巡回警備するスライムに迎撃されてしまうからだ。
僕が寝静まった深夜に事を起こすよう彼等は犯行を計画した。
犯行を企んだ者は刺客を雇い、宿で僕を強襲するつもりだった。
しかし結果的には、スライムの窒息攻撃で敢えなく撃沈……スライムに手加減されたので溶解液では無く普通の水魔法だった。
彼等は、溶解液で溶かされて死ぬ事がなかったのは救いだろう。
ちなみに犯行現場を知らされた衛兵が、窒息し失神している犯人を連行したのだ。
そして彼等仲間の口から元締めが割れて、彼等は拘束されたのだった……
僕が眠りについている間に、そんなことが行われていたと言うのだから驚きだ。
スライムの分裂個体の一部は衛兵の仕事に就いているのだから、職場の仲間へのホウレンソウは当たり前だった。
そして、その事件の報告が早朝に僕宛にあったという訳だ。
その所為で早く起こされ、遠征前の貴重な睡眠を邪魔され二度寝に至った結果、僕は寝坊した。
ちなみに其奴等が犯行に及んだ理由は簡単で、手に入らないならば襲って奪おうと計画に至ったという。
しかし犯行前に僕がドワーフの姫の件で薔薇村に行ってしまったらしい。
そして帰ってきたと思ったら、今度はダンジョン遠征話を耳にした。
ダンジョンに行ったなら、無事生きて帰ってくる保証はない……
だからチャンスは当分無いと思ったそうで、短絡的に昨晩の犯行に及んだという……
早朝に宿屋に来た衛兵とした会話だが……
「聴取をした結果、その者たちは薔薇村までついて行ったそうです。しかしながら、ドワーフの姫の荷物窃盗の件には関わっていませんでした。引き続き捜査は続行します。窃盗犯が捕まる迄はとても彼等を解放など出来ませんので……。男爵様がもし犯行について聞きたい事があれば、牢獄までお越し下さい」
衛兵からそう言われたので、証拠もないのであればドワーフの荷物の件を無理に結びつけて、処刑や処罰だけはしない様に言っておいた。
無理に違う問題同士をくっつけてしまえば、窃盗事件の犯人の犯行理由が分からなくなるからだ。
そうなれば、下手をするとドワーフの姫の身柄に危険が及ぶ。
あの二人は次元収納スキルを持っている、その中に狙いの物が仕舞ってあると仮定すれば、再度襲われる可能性がある。
それを説明したら、マックスヴェル侯爵が既に『窃盗の犯人に仕立てる計画』をしている……と教えてくれた。
責任を適当な犯人に擦りつける事で、王国の不手際を隠すのだろう。
もしそれをやったらドワーフ事件の真相は闇の中だ……貴族らしい自分本位の考えだ。
早朝なので侯爵には失礼に当たるが、遠征を控えている僕には悠長に構えている時間がない。
行きたくは無かったが、仕方無くマックスヴェル侯爵の泊まる宿まで出向く事になった。
僕は寝起きで不機嫌なマックスヴェル侯爵に直接直談判する羽目になった。
推し問答の末、侯爵の案で万が一ドワーフ国と戦争になった場合は、僕自身は王国を捨ててドワーフ側に着くと脅した。
そうする事で、冤罪事件をほぼ強制的にやめさせた訳だが……かなり禍根が残った事だろう。
ゼフィランサス達がいる以上、侯爵は引き下がる事しかできないのを計算に入れた取引だ。
そこまでした理由だが、ただの窃盗事件だったら『薔薇村』じゃ無くても『ジェムズマイン』で良かった筈なのだ。
ジェムズマインは外部からの来訪者が多い街だ。
その街であれば、盗んだ犯人の目星は尚更立てにくいだろう。
それなのに薔薇村で奪ったのであれば、危険を顧みず確実に奪いたかった理由があったはずだ。
そしてそのチャンスがジェムズマインでは無く、薔薇村ではあったと言う事になる。
そしてドワーフの姫達は、『知られたくない何か』を隠している事になる。
原因がわからない状態で『臭い物に蓋をする』と、より大きな問題に発展する恐れがある。
大きな問題とは、先程言ったドワーフ国と人間の争いで、最悪戦争だ……
それだけは避けなければならない……
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