第702話「遠征前夜と問題児達」


「あ………そんな……あの味が食べられないですって!?………あ……?ああ!思い出したわ!私ってば可能性を思い出したわよ!あの料理人よ。確かラビットとか言ったわよね……」



「ママ……『ビラッツ』さんだよ?適当すぎだってば………」



 そう言って二人は駆け足で宿から出て行く、どうやらホーンラビット亭へ行く様だ……


 そして何のこっっちゃ分からないエーデルワイスだったが、美味い話の匂いを嗅ぎ分けたらしく慌てて後を追いかけた……



 僕はそれに気がついたが敢えて追いかけない……これ以上面倒ごとを抱え込むのは勘弁だ。


 絶対にこのあと、ギルドの解体師バラスの元に行く事になるのは想像が付く。



「行っちゃったけど良いの?放置は危険じゃない……あの腹ペコ怪獣3匹……」



「ミクちゃん大丈夫だと思う。この後行く場所はギルドの解体師バラスさんだろうし……そうなったらバラスさんと面倒臭いって顔をしたギルマスがこっちに来ますよ……」



 そう言うと、皆は『さすが!予知能力者か!?』と驚いていた……


 当然この後、ホクホク顔のビラッツと顔面蒼白のバラスが共に宿まで来たのは言うまでも無い。



 遠征前に新たな問題で困り顔のバラスだった。


 しかしビラッツはゼフィのご指名ともあり、やる気満々打ち合わせをして帰っていった。


 当然ビラッツはバラスに、より多く肉を処理する依頼をしていた……もはや精肉店だ。



 バラスがゼフィランサスの肉を優先しなかったら、彼女が解体部屋に出来上がるまで居座るのは目に見えている。


 それをバラスも理解しているので『お前に念を押されなくても分かっている。命が惜しいからな!』と言っていた。



 打ち合わせが終わったバラスは、ハイテンションのビラッツをほぼ力技で連れ帰ったが、ビラッツは扉が閉まった後でも外からの声が聞こえるくらいうるさかった。


 余程嬉しかった様だ……



 ちなみのバラスがビラッツを連れ帰った理由は、僕達は翌日には鉱山ダンジョンへの遠征に旅立たねばならない……その為気を遣った様だ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 バラスのお陰で早めに就寝出来たが、ゆっくり寝て出発までのんびり過ごす事は僕にはできない。



 その日は二度寝の後に起床してから食堂に向かうと、安定的にゼフィランサスとエーデルワイスそして龍っ子がお爺さんに朝食を強請っていた。


 遠征前にこの街での生活態度を注意しておきたかったので丁度良いタイミングではあった。



「食べながらで良いから聞いてくれる?ゼフィランサスにエーデルワイスは僕がいない間に、絶対に問題を起こさない様に!絶対だからね?あと龍っ子はお姉さんとして、ゼフィは母親としてちゃんと卵を見に行く様に。じゃないとユイナさんのご飯は帰ってきてもお預けです!」



 僕がそう言ったのには理由がある。


 ここ数日、ゼフィランサス達は鉱山を留守にしているからだ。


 薔薇村に居たせいもあるが、外出の楽しみと外泊の楽しみ……そして外食の楽しみまで覚えたので、ある意味仕方ないが……



「そうですよー?問題起こしたら作りませんよー?」



 そうユイナも言って僕の援護射撃をする……


 ちなみにユイナには協力要請を出しているので、既に僕の味方だ



「「「わっかりましたー!!」」」



 変な返事をするが、それを仕込んだのは『アーチ』だ。


 ご飯大好きアーチは、エーデルワイスやゼフィランサスそして龍っ子と仲が非常に良い。


 その言葉遣いは、3匹の龍種に見事に伝わった……



 稀にアーチの様に3人が『威厳?何それ美味しいの?』と言うので、僕がお叱りをする……


 アーチへのお叱りやお説教は、ユイナとカナミが担当だ。


 間違った事をアーチが教えると、何方かがすぐに対処をする……


 ミミとはまた違う危険要素……それが『アーチ』だ。



 何故かと言えば『龍種に変な知識を教え込むから』だ。



「じゃあ、ゼフィランサスさんこれを渡します。僕が居ない間ちゃんと向こうでも寝られる様に作りましたが、龍形態では入れませんので!うっかり中では龍化しないように要注意してね?」



 そう言ってトロールテントを渡す。


 もはやそのネーミングがジェムズマインでは流通している。



「ず……狡いわ!……ちょっと私には無いの?ゼフィだけ狡いでしょう!?」


「エーデル貴女………私と違って妻でも無いのに、本気で貰えると思ってるの?」



 テントが問題になり、喧嘩を始めるゼフィランサスとエーデルワイス……



「宿屋で喧嘩はやめてくれ……やるなら外でするんじゃ!!幾ら壊れ難い木製食器でもお主達はすぐ壊す。何枚も割られると困るんじゃ。それに、貰えないんじゃったら……泊まりに行けば良いじゃろう?エーデルワイス様は、行けない理由でもあるのかの?森から離れていられない理由でも?」



 エーデルワイスはひだまり亭の亭主にそう言われて、ゼフィランサスの巣穴のある場所が元々自分の縄張りという事を思い出した様だ。


 そこで彼女は、ゼフィランサスに『元々そこは私の領地だから、私には行く権利があるわ……』と言って、今日から泊まる約束を取り付けていた。


 部屋数があるのだから喧嘩などせず、部屋別に棲み分けしてくれる事を祈るしか無い。



 食事を終えてから、宿の各所に置いてある生活用品を鍵付きチェストへ仕舞うために2階へ向かう。


 すると今度は、宿の前にトロルの王子が来た。



 要件は、数日後にはトロル王国に向けて出発すると言う事だった。


 多分僕達がダンジョンに入っている間に出ることになるので、挨拶とテントの事を話しに来た訳だ。



 トロルキングダムの王子ギムドロルは、僕が用意したテントを気に入ってくれていた。


 だから僕はそのテントをトロルに進呈する事にした……と言うより持たせないと大変な事になりそうだったのだ。


 元々は学院の持ち物だが、造り方はもうマスターした。



 替わりのマジックテントならばあるので、それを返せばチャラにできる。


 厳密には同じ物ではないから問題があるが、製品的に言えば新品だからそれで許してもらうしかない。



 それにトロルが国へ帰る間に、誰かが石になってしまう可能性が捨てきれない。


 そうならない為にも、彼らにはあのテントが必要だ。



「オイヒロ、テント本当ニ良いノカ?凄い物ダゾ……アレは?」



「ギムドロルさん、外で日光浴びたら大変でしょう?ひとまずトロールテントがあればお仲間も助かりますし。そもそも長旅ですよ?あなたを慕う皆が石になったら困るでしょう?」



 そう言ってから、朝から同行したマッコリーニにテントの管理をお願いをする。


 よく考えればテントの設置も人でなければ難しい。



 トロル達にしてみればテントは非常に小さい。


 唯一大きいのは増設部分の布だけで、それはトロルを覆える様に大きく作っただけだからだ。



 そしてフレディ爺さんの面白い実験が役に立った………テントはちゃんと組み立てないと機能しない。


 トロルサイズの大きな布部分を被っても、テントが立てられてないとマジックテントとしては使えないらしい。



 マッコリーニにはその説明をしっかりしておく。


 そしてトロルという種族が光に弱く、彼がそのトロル族の王子と言うことも。



 マッコリーニは何度もギムドロルを見ていたが、まさか自分が付き添いを買って出た相手が王子だとは思っても見なかった様だ。


 護衛の心配をしていたが、寧ろ襲ってくる輩を気にした方がいいだろう。



 絶対に五体満足では帰れないのは分かりきった事だ。



 ギムドロルは僕にお礼を言ってから意気揚々と仲間の元へ戻っていった。


 彼は日光に対して『日光無効』のパッシブ効果があるが、仲間は日中はテントの中でしか過ごせない。


 しかしギムドロルの説明では、かなり快適に過ごしているので皆お礼を言っていたと話してくれた。



 ギムドロルとの話が終わると同じくらいに、エクシア達が遠征馬車に乗って迎えに来た。



 僕達は宿から荷物を持ってきて急いで荷台へ積む……


 そして短気なエクシアに急かされ荷台に飛び乗ると、エクシアは忘れ物の確認さえさせずに馬車を出す。



 エクシアが自分で珍しく馬車を操ってギルドに爆走する……遅刻しているのだろうか……


 ギルドに着くと、遠征荷物を最終確認中しているテカーリンがいた。


 テカーリンはやれやれという素振りをしつつ、着いたばかりのエクシアに『お前……1刻も遅刻だぞ?』と言った……


 どうやらエクシアは、僕達に待ち合わせの時間を伝え間違えた様だ。

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