第691話「清々しい程に金が好きな男」


 盛大な勘違いだったが、僕にしてみれば都合が良い。


「事情は何にせよ今は遠征が控えているので、お譲りは出来ないと言う事に変わりは無いんです。遠征が大変なのは侯爵様も経験済みでは?だとすればわかる筈です。戦う冒険者や兵士は満足な休憩が必要なのです」


「うむ……分かっておるぞ?ならば私も冒険者を提供しよう。ヒロ男爵の手足として使うが良い……だが当然報酬の分け前の話し合いには、協力者として参加させて貰う。戦術的な事に口を出さない約束をすれば、私が遠征へ同行しても問題はないだろう?このテントに宿泊し、物資供給に専念しようではないか!物資は遠征では必要な要素であろう?」


 藪蛇だった……まさか僕もターゲットに入っていたとは……


 そして困った事に、マックスヴェル侯爵は『ダンジョン踏破の主要メンバーに参加できる権限』を王様から貰っていた。


「皆の者これを見るが良い、ソーラー侯爵同様『ダンジョン踏破』に関してのみ領内を自由に移動し『協力』が出来る書状だ。もちろんだが制限はあるぞ?『ダンジョン踏破に全力で協力する事』それが条件なのでな……騎士も冒険者も物資も臨む様に用意をしよう」



 そう言ったマックスヴェルは王の書状の詳細説明をした。



 内容は、ダンジョン踏破を目的とする行軍では他領へ兵を派遣してもお咎めはない。


 しかしその兵が『領民』に危害を及ぼした場合『極刑』に処す。



 書状の持ち主は踏破に参戦した場合『宝物分配』を無理のない範囲で進言出来る、その報酬の上限は参加者次第となる。


 しかし『満足な物資と兵士』を提供した場合に限り、満足な訓練を積んで無い兵や冒険者を利用する事はあってはならない。



 その人数と物資量は双方確認しサインをして証拠を残す事、片方のサインだけでは全て無効となる。



 書状の持ち主は如何なる『ダンジョン遠征』にも協力できる。


 提供された兵士や冒険者の戦闘指示権は『書状の持ち主』の外に『本陣大将』にあり、遠征時は書状持ち主の意見より『本陣の指示』が優先される。


 その場合、如何なる貴族特権も適用されることは無い。



 書状を持つ者の派遣した兵士及び冒険者が死亡した場合、ダンジョン所在地の該当する領主への責任転嫁は許されない。


 なお、対象者を徴兵した貴族が家族への弔いを率先して行う。



 『ダンジョン遠征』には危険が伴うが、満足な報酬が得られなくても該当地区の領主への賠償は認められない。


 この書状を使い遠征を行う場合、該当地区領主へ承認サインを必ずもらう事。


 該当地区の領主はこの書状を確認後、速やかに作戦に組み込まなければならず、この命は王命である。



 ……となっていた。


 利点はかなりあり、マックスヴェル侯爵のような守銭奴への対策も、それなりにされている。


 粗を探せば幾らでも出て、回避方法も沢山あるが全部に対応できる事はまず無理だ。



 相手がダンジョンなのだから予定などあってないものに等しい。



「これはソーラー侯爵も持っておる。儂は『財宝』優先なのでな……遠征も天秤にかけて行うのだ。だから見ての通り、あまり使う事がない。みたら分かるがサインが無いだろう?これを使う事は我にとってプラスだけでは無いのだ」



「それを我々に見せると言う事は……今回の遠征に参加する。その意思を見せたと言う事ですか?ですが既に作戦はジェムズマインにて立てられています」



 ザムド伯爵からそれを聞いたマックスヴェル侯爵は『分かっている。だから我は作戦には口を出さず、冒険者の提供と物資供給と言っている』と言う。



 相手の都合を全く考えない『ダンジョン遠征』だったので、伯爵達は怒り心頭だが言葉に出して言えない。


 マックスヴェルが出した書状は『王様』が作った『ダンジョン踏破』促進の為の書状だからだ。



 内容は『悪辣貴族が遠征時自由に出来ない上に、人員と物資を供出せよ』と言う物だ。


 そのかわり、得られた財宝の一部は諦めてくれと言う内容だ。



 書状と権利を使う『悪辣貴族』が増えればダンジョンは踏破し易くなり、領主は出費を抑えられる。


 替わりに悪辣貴族は『財宝等分配』なので『大赤字』は確定なのだ。



「ザムド伯爵は、いずれ王都に行かねばならんのは既に情報収集済みだ。ならば領主のウィンディア伯爵が本陣と思うが街を空けぬだろう?ならば貴族として本陣はヒロ男爵だろう?だから………儂は……何だこの空気は……何だその目線は!!……まさか!?ヒロ男爵は前線で戦闘をするとか言うまいな?」



「ぶはははは!そのまさかさ、止めてもソイツは真っ先に行っちまうよ!ふぅサッパリした。風呂入ってゆっくりしたら眠気も酔いも覚めちまった……。それでアンタが守銭奴侯爵様なのは分かった。ある意味気持ちいいじゃないか!?金しか興味がないとはっきり言いやがるんだ。まぁ人員は多い方が良いからいいんじゃないかな?口は出さないんだろう?まぁ出しても聞かねぇけどな?」



「エクシア!それでは………問題が大きくならないか?」



「大丈夫だろう?テカーリン……アンタも大変なのはわかる。でもね上層は銅級で賄えるけどさ、下層は前衛が怪我した時陣への下げ役も必要だろう?其奴等は誰がやるのさ?皆戦ってるのに」



「ほぅ!?エクシアと言ったな?なかなか理解しているでは無いか……我は銀級パーティーを3つと単独金級冒険者を3名抱えている。使い所はヒロ男爵とお前に任せた方が話は早そうだ。だから儲けさせてくれ!」



「儲けさせてくれってか?マジかアンタ……だが満足いく『宝』が手に入らなくても文句言うなよ?アタシら冒険者はアンタ達より明確な『特権』を貰ってるんだ。私らの貰い分が先なのは理解しているのかい?王様だってこの分配には口を挟めないご法度だよ?」



「儂とて理解はしているさ!宝に執着していると言っただろう?だからこその天秤なのだ。まぁ予定外にもヒロ男爵が前線に出てしまうのであれば、自分の身を守る手段も必須になった訳だ。がはははは!だがコレだけは言っておこう『このテント』が欲しいぞ!できる限り同じ物だ!」



「はぁ……出ればいいね?でも宝箱から出れば『皆』が欲しがるのは間違いない。アンタは買い取る準備をするこった……アタイが言えるのはそれだけだ。誰かに渡ったら金を出す……それが当たり前だろう?」


「は……ははははは。ああ!!その通り『金』が全てだ。お前たちは冒険者だからな?共に行くならば、儂はかなりの金を用意せねばならんな。うむ……」


 侯爵は少し考えてから、側仕えを呼ぶ。


「おい執事、不必要として分けた宝をすぐに王都と帝国のオークションへ出す様に指示を出せ。金を少しでも多く作るのだ!いつ始まるか分からぬ遠征だ、一刻の猶予もないぞ?」


 側に仕えていた執事は『はい』と言うと、僕にテント内の机を借りて良いか聞き始める……


 初めてだそんな事を聞いてきた人は……エクシアを見習って欲しいものだ……



 我が物顔で置物のように鎮座しドワーフ戦士団を使いに出して、10杯分のエールを買いに行かせる豪胆さを……



 執事が何やら作業をしている時、テント内を物色する貴族が目についた。


 彼が怪しい動きをする物だから後を追いついつい見ていると、マックスヴェル侯爵と目があった。



 マックスヴェル侯爵は僕の目線を追っていた様だ。



「そうだったな説明をしておらんな……ギール!おい、お前も挨拶をしておけ」



「は!マックスヴェル侯爵様……お初にお目にかかりますヒロ男爵様。わたしは貴殿と同じ男爵爵位を持つ『ギール』と申します」



 言葉少なくそう言うと、僕に握手を求めてくるので当然握手をするが……びっくりした事に非常に悪意の篭った握手だった。


 握り様に爪を立てて来たのだ……親指だけ長く伸ばした爪が僕の手に食い込む。


 多分だが貴族間の宣戦布告のような物だろう。


 しっかりした受け答えの後だけに、ギャップがありすぎて僕は露骨に顔に出してしまった。


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