第631話「大迷惑!!予定に無い撤退行動」


「く!もう敵が少なくなっているでは無いか!!これでは取りっぱぐれてしまいますぞ!!ソーラー侯爵様!!」



 冒険者へちゃんと確認もせず、バリヨーク伯爵が一人で門から入ってしまう……



「待つんだ!伯爵様!……今入っては………ああ!くそ!」



「は!?」



「ば!馬鹿者!バリヨーク!お主何をしたかわかってないのか!?」



「え!?」



 バリヨークは『一人』で門を潜った……


 当然周りは戦闘準備をする為に、荷物を開けて要らないものは安全部屋に置いて行く……雑魚相手ではない『階層主』なのだ……


 彼等は纏まって場所を作り、その選択をしている最中だった。



 バリヨークはソーラー侯爵が大声で言った『お宝の箱』しか頭になかった。



 安全部屋の状況を確かめずにソワソワしていたのだ……


 門へ近づき覗き込むだけならまだ良かったが、中にまで入って戦闘している状況確認をした……



 一度冷静に部屋を見回せば、部屋の端に積まれた荷物が気になるはずなのだ……



 だがそれをせず、お抱えの冒険者の行動に気も止めず入ってしまった……大馬鹿者だ……。



 そもそも話を聞いていれば、階層主がどれだけ危険で、ダンジョンが如何なる場所かわかった筈だ。


 だが『欲望』がそれを惑わし、ダンジョンはその誘惑を最大限に煽ってしまう場所だ……



 誰かが中に入り連れ出せば『共に撤退』とみなされる……理由はどうあれ部屋から出るのだから当然だ。


 ダンジョンに人間の理屈など通用しないのだから……



 そうなれば『ダンジョンが勢い付く』のは間違いがない……



 だからこその『特殊条件』であるのだ。



 ガーディアンを倒してとて結果的には『ダンジョンが得をする仕組み』なのだから……


 撤退が2回に及べば、間違いなくダンジョンの穢れは濃くなる……



 そしてそれに気がついたのは当然『エクシア』だ。



「あの馬鹿!?何一人で入って来てやがんだ!?仲間とって言ったのに!!……ぶっ殺してやる!!」



「姉さん!それどころじゃねぇっす!アイツが今出たら……撤退2回目っすよ!ヤベェっす!前に俺にパーティー全滅したのは馬鹿が調子こいて逃げては出てって、出入りを繰り返した事だから……アイツが今出たら、ここの湧き出す魔物のレベルが上がりますぜ!」



「ああ、言ってたな……くそ!アイツをなんとか端に避難させるか……だが……6匹沸いちまった。ああーーくそ!!おい!リーチウム!!アイツをぶん殴って気絶させてでも外に出させんな。これだから貴族は迷惑なんだよ!!黙って冒険者を中に入れて箱だけ貰ってろよ!」



 リーチウムは偶然エクシアとロズの間に入り、戦闘訓練を受けていた。



 実戦闘での訓練など危険でしか無いが、エクシアもロズも『死んでも戦え、どうせ死ぬなら全部を道連れに死ね』……という『スパルタカス』出身なのだから仕方がない……教わる講師を間違えただけだ。



 必死にリーチウムはバリヨークの元へ走るが、逆効果だった……


 バリヨークは、言葉使いこそ悪いが実は『小心者』なのだから。


 『周囲の貴族に舐められたくない』と言う気持ちの現れが、彼の言動を後押ししていただけだ。



 そして偶然にも便利屋としてソーラー侯爵に気に入られてた……だが彼的には『ソーラー侯爵の右腕』という、勝手な思い込みがあったのだ。



 そのソーラー侯爵が激怒していて、背後からはソーラー侯爵が愚息と罵っていた筈のリーチウムが猛烈なスピードで走って来たのだ……



 結果彼は、『安全部屋に戻って』しまった………


 しかし彼のその真意は謝るべき相手として見ていたソーラー侯爵を盾に、リーチウムをやり過ごす気だったのだ。



「ば………馬鹿者!!お前……何を……何をしてるんだ!?話を聞いていたのか!?……『そこから一歩も動くな』と、今トラボルタが言ったではないか!!階層主部屋の魔物のレベルが上がると………理由まで話したのに!!何故戻って入って来た?ここで止めてたではないか!!」



「リ……リーチウム様が激怒なされておいででして……その…………」



「当たり前だ!!お前が戻ろうとしている『それ』を止めにアイツが来たんではないか!!『エクシアに指示されて来た』と何故気が付かん?」



 彼等は転送陣から少し離れた、階層主部屋の門から真横に移動して居た……


 その理由は門から彼を安全部屋に戻さない為だった。


 そこで話すことで、なんとか戻るのを止めて居たのだ。



 しかし完全に門は塞げない……それは物理的に入り口が大きいわけではない……



 このバカ貴族のせいで万が一の事があれば、階層主の部屋にいる全員が逃げられないからだ。


 反対の入り口まではかなり距離がある……誰かが犠牲にならねば逃げられる距離ではない。



 しかし、そんな揉め事をしている最中に、第4グループが転送陣で飛んでくる……



「く!出遅れた。お前達が決まったことで喧嘩などして揉めているからだ!!あんな時は無視するんだよ。おい!お前らすぐに飛び込むぞ!!」



「ダメです……まずは戦闘の準備を……あそこは階層主の部屋……」



「うるさい!他所の貴族が雇った冒険者なんぞ黙っていろ。そもそもお前になど言ってない……いいか?お前ら!宝箱が得られないのでは、ここに来た意味が無いではないのだぞ?」



 転送陣から飛び出して来た悪辣貴族は、周囲の状況を調べずに次々と安全部屋から門へ向かって走って行く……


 順序待ちなどできない貴族は喧嘩をしたのだ……


 そのせいで飛ぶのに支障が出た……流石に勝手にバラバラで飛べば、それはそれで怒られるのは目に見えていたからだ。


 そうなれば参加しても、お宝配分には有り付けない可能性がある……



 転送部屋と安全部屋その距離はまったく長くはない……扉がない門を挟むだけだ。


 しかし『運が良かった……扉の目の前で、まだ話している!!』彼は必死に走る……目に見えていたのはソーラー侯爵がバリヨーク伯爵と仲良く団欒している姿にしか映らなかった。



 二人は仲が良いと勘違いしている……



 そう思い門の側に来た時、脚をもたつかせ転んでしまう……


 普段から走り慣れてない事もあったが、彼はダンジョンの不揃いの石畳を甘く見ていた……『意外と歩き難い』のだ……



『ドン………』



 運が悪かった……リーチウムに恐怖を覚えて逃げ込んだバリヨーク伯爵を転んだ拍子に押し戻してしまったのだ……



 自分勝手な理由から『安全部屋』の中に逃げ帰ったバリヨークに接触してしまうルーガ子爵。



 物欲のせいで、文字通り足元が見えていない……転んだ理由は足腰の鍛錬もあるが、割れて窪んだ石畳が主な原因だった。



 階層主部屋に再度倒れ込むバリヨーク伯爵……そしてマヌケにもルーガ子爵も転んだ時に、勢い余って入ってしまう。



 そして子爵を追う様に走っていたトール伯爵……急に足元に散乱するルーガ子爵の物と思わしき荷物を踏みつけて、バランスを崩す……



 無様に転がって怪我をしない様に門の縁に捕まるも、彼は手を滑らし更にバランスを崩して転がり、階層主部屋に入ってしまうトール伯爵……



「あ……まじかよ……アイツ達一体何してんだい?……くそ!怒ってる場合じゃねぇ……これはヤベェ……全員撤退準備を……」



 そんなアホみたいな状況を目の当たりにしたエクシアは、顔面蒼白になる……



 バリヨークは戻って来ただけだが、ほかの貴族2名は違う……『ほぼ同時』に入室扱いになったと気がついたのだ。



「エクシアさんもう遅いです!……部屋の様子がおかしいです……部屋の壁が真っ赤から真っ黒になってます……」



 僕がそういうと、地面と壁に怪しい緑の閃光魔法陣が一斉に開く……そしてその色がどんどん赤くなっていく……



「ヤベェ!あの時と一緒だ!!仲間が全滅した時と!」



 ロズが大慌てになる……


 その理由は明白だった……言葉の通りだ……彼が以前見た物は今と同じだからだった。



 異常が増した理由は簡単だ。


 転んだルーガ子爵とトール伯爵は門から数歩の距離にいた。



 起き上がったその足で、安全部屋へ『何食わぬ顔で戻った』のだ……

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