第344話「閑話 ヤクタに恨みを持つ家族」
『閑話 ヤクタ一最後の日 カウントダウン6』
「我はヤクタ・ダーメン男爵である!帝国の貴族になるべく罷り越した!王宮へ案内されたし!」
ザムドが王都へ入ってから3日目の夜にして、王国の追ってからなんとか逃れて『帝国』に辿り着いたヤクタ男爵一行だったが、この時には既に騎士団は壊滅、残る騎士は騎士団長ターズと騎士2名の合計4名だけだった。
かつて無い程少ない人数に、帝国衛兵はその『亡命』を信じられずにいた。
「そこから帝国領なり!境界線を越えずに暫し待たれよ!、繰り返す!そこから帝国領なり!境界線を越えずに暫し待たれよ!」
移動の最中に殆どの騎士達は逃げ出した。
ヤクタの癇癪で忍耐の限度を迎えて離脱、傲慢さに着いていけず離脱……そしてある騎士達は主人を謀って離反の末蟻地獄に飲まれてしまった。
その後は魔物の追撃に晒されて、疲労のあまり戦闘で剣が振るえず魔物の餌になる騎士も居た。
それでも何とか辿り着いた4名……ヤクタ以外はとうに望みなど捨てていた。
時を同じくして次男のクゥーズ・ダーメンが同じ境界線まで辿り着く。
ジェムズマインの衛兵を事前に数名買収してあった為にくる事ができた。
魔導士学院の一件の魔導士プラム・ウォーターによる裏切りで、犯行を押さえられて投獄された二人だったが、買収した衛兵のお陰もあり人目を盗んで脱走して来たのだ。
しかし、次男を連れてきた衛兵数名と次男坊付きの騎士は加担した事に『失敗した』としか思えなかった。
全く聞いた事のない人数と所持品の少なさの亡命で、彼等はヤクタ男爵の正気を疑うほどだった。
今まで権力こそと言っていた父の落ちぶれた姿に次男クゥーズでさえも、自分だけでも全てを一からやり直したいと後悔していた。
それだけ、王国から帝国への『亡命』は大失敗だった。
そしてヤクタ男爵の『妻を捨てた』事はかなり前に妻の実家の耳に入っていた。
魔導士学院にあるマジックアイテムの強奪と鉱山の魔獣の遺骸を盗んだ事、そして全ての騎士と共に帝国側へ向かった証言が決め手だ。
ルムネー家は娘の嫁入り先の異変に即時に気がついた。
ここ最近動きが怪しいと、娘マッタリに付けた執事から連絡があった……手紙には、
『凶報、マッタリさま及びノンレム様のお命が危険に晒されます、直ちに間者と見張りを配置願います。当分の間ご連絡が叶わなくなります故、別途マッタリ様への臣下の配置をお願いいたします』
……とあった。
コレを見ていた為に、即座に行動を起こす事が出来た。
ヤクタ男爵の妻、マッタリの実家にあたる『ルムネー家』の主人は、王宮へ2羽の伝書鳩を飛ばす。
1羽は王様へ、2羽目は長男のイスクーバに宛てて飛ばした。
内容は、ほぼ一緒『ヤクタの謀反の動きあり、王の許可にて妻側からの離縁の申し出の許可を!』と言う内容だ。
当然一緒に連れて行っていたら斬首は免れなかっただろう。
しかし人として腐り切っていたヤクタ男爵は、政治の役に立たないと『妻と娘』を見限ったのだ。
その事を認めた文章を、早馬を使い王へ知らせた。
だからこそ王は『本当に反逆者が出た』と把握できた。
王からは妻の実家が即座に対応した事で、見限られた『妻と娘』はお咎め無しとなった。
そしてもう1羽は長男のイスクーバに宛てであった。
イスクーバは王都に居た。
長男は王宮で一時は人質となる……主な理由は反抗心で変な気を起こさせない為だが、他にも理由はある。
偏った知識ではなく、ちゃんとした学問を学ばせて今後の王宮を支える柱となる人格者の育成でもあった。
自分の家を継ぐ歳になり、家督を継ぐ事が明確になった場合には帰ることを許可される。
それを受け取ったイスクーバは信じられなかったが、一人の男が接触して来た事で謀反が現実と分かった。
その男は、ヤクタ男爵の執事だった。
もともとこの執事は妻マッタリが実家から連れてきた者だったが、余りにも優秀な為にヤクタ男爵が常に悪事に利用していたのだ。
イスクーバは執事の言葉次第で彼を斬り捨てて、王様へ事実を話に向かう予定だった。
彼は母をとても愛しており、妹を心から大切にしていた。
その反面、父のやる汚い仕事には納得はいかなかった……だが腐敗貴族の『考え方の一部』は時に必要である事も王宮で学んだ。
王が間違えた方向に突き進むときは、誰かが身を挺して辞めさせねばならないからだ。
彼は、腐敗貴族はやり方が間違っているのでは無い、自分さえ得をすればいいとしかならない『考え方だ』と言う持論に至っていた。
国民に得をさせて、その見返りで国が結果的に裕福になれば最高だと考えていた。
そして、イスクーバは弟の事を毛嫌いしていた。
理由は権力こそ全てという考えで、誰でも貶し見下し時には暴力で奪い取っている弟を虫けら以下だと思っていた。
しかし同時に可哀だとも思っていた……
何が正しく何が悪いかちゃんと学べない彼の環境と、父親には何につけても興味をもたれない彼の境遇にだ。
その理由の殆どは、父にある事も理解していた。
政治の道具として、息子を使っていたのを知っていたからだ。
その弟がまたもや父の道具として、帝国に連れていこうとされていて、自分さえも執事と帝国領へ逃げて『亡命』へ加担せよとの手紙さえ執事へ御丁寧に持たせていた。
しかしその手紙を持ってきた執事は、初めてイスクーバへ意見をした。
「御坊ちゃま……執事マークラ初めて意見させて頂きます。母君マッタリ様とノンレムお嬢様を見捨ててはなりませぬ!弟君は残念ですが連れて帰れば既に絞首刑が決まっております」
その言葉に驚きが隠せないイスクーバ……
「ザムド伯爵の御子息とウィンディア男爵の御令嬢への危害……既に取り返しがつきませぬ。言葉での危害ではなく、人を使っての騙し打ちにて御座います。更に非常に多くの貴族へ詐欺を働きました………」
愕然として目の前が真っ暗になるイスクーバは、全てをぶち壊していく父への殺意が込み上げていた。
「それ以上言うな!マークラ!お主は母の執事であったでは無いか!我は父をこれまで父と慕う為に王宮で頑張って来た!それなのに……あの男は全てを無駄にする!其ればかりか可哀で愚かな弟まで巻き込むとは……」
イスクーバはこれまでに無い殺気を放ち拳を握り込むと、爪が内側の皮膚に刺さり血が滴る。
「我はルムネー家のアンミンが母を持つイスクーバなり!決してムノウン家の長男では無い!今を持って断固拒否をする!其方はしばらく証人として此処に居るのだ!我が陛下への謁見を申し込む!いいな!」
その力強い言葉に直ぐに返事を返す執事のマークラ。
ジェムズマインの事件の事を聞いて、腑が煮え繰り返る思いをするイスクーバは、母と妹そして祖父の実家を見捨てない様に言う為に、即日王へ謁見を申し込んだ。
何とその謁見は直ぐに許可された。
当然、前に王宛にルムネー家からの凶報が届いたからだが、イスクーバは一本筋が入った人格者と王は知っていたので、即時謁見を許可した訳だった。
寧ろこの時点で謁見がなければ王はイスクーバの事を見限っていた。
「陛下!我が母と妹を見捨てないで頂きたい!祖父もこの件には無関係で御座います!全て人の皮を被った悪鬼のヤクタが個人で起こした謀反で御座います!奴は我が母を妹を……まるでゴミの様に捨てたのです!」
興奮のあまり王への敬語が甘くなっていたが、精一杯自分を抑えて発言をしていた。
直ぐにでも母と妹を捨てた父を、断罪したい気持ちを抑えるのは大変なのだ。
「我等が恥であるムノウン家ヤクタ・ダーメンの討伐は是非私に!!我ルムネー家マッタリが長男、イスクーバの討伐隊参加をお認め頂きたい!我は母と妹そして祖父の忠誠を……この身で証明致しましょう!」
そう進言すると、王には即時許可がされ騎士団の第一討伐隊へ組み込まれた。
彼はマークラに王宮内の雑務を任せて騎士団と共に帝国領の境界線を目指してひた進む……
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