第94話「異世界の宿屋事情……質素極まりない」

前日の踊るラビット欲張り弁当の話題性も後押しした事もあり、店内利用ペアチケットは意中の冒険者を誘うには持ってこいの場所だし、他の収集依頼中に運良く見つければ丸一日の飯が浮く事になる。


 それも街一番で人気な店の弁当であれば人気が出ない方がおかしい…コボルドジンジャーの事を依頼窓口で詳細を聴き、冒険者は他の依頼を受けるついでにコレをこなす様だ。


 踊るホーンラビット亭的には、通常使わない奥部屋をその部屋にあてがいさえすれば、コボルドジンジャーの安定供給が見込めるのだ。



 依頼を出しに行った店員は、何度も依頼窓口の受付嬢に聴かれた。



「お弁当って!4人前本当ですか?1人前の間違いじゃないんですか?…だって3食食べても…1食余るじゃないですか!」



「そ…そうですね…。今日いらしたお客さんが相当キレもので…な…何でも…この一食を依頼受付の人がねだれば、受付嬢さんが弁当欲しさに斡旋してくれるだろうから…コボルドジンジャーの安定供給が望めるだろうと…弁当なので日持ちしないから受付嬢さんもお願いしやすいだろうと…」



「そ!そうね!お弁当だものね!傷んだらお腹壊す可能性もあるし…冒険者もそうそう休めないものね!お願いしても平気よね!任せておいて!ちゃんと冒険する時には目を凝らして見つける様に言うわ!」



 この依頼が通るたびに、冒険者がお気に入りの受付嬢に差し入れする様になったらしい。



 冒険者ギルドの長テーブルには飯時になると、数人の受付嬢が冒険者と共に食事をする風景が見られる様になった…この依頼のおかげで冒険者に対して受付嬢の愛想が良くなったとか何とか…受付嬢が丸くならない事を祈るばかりだ。



 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 結局僕達は宿屋を探す事3軒目でやっと見つけることができた。



 こんなに見つからなかった理由は簡単で、討伐隊第二陣の受付が近いうちにあるからだと言う…言われて見ればエクシアさん達もその準備に追われていたのだ早く気がつくべきだった。


 一軒目は銀貨4枚で完全に部屋がなく、二軒目は1人銀貨3枚で部屋はあったがちょっと安い分共同部屋で8人部屋だった…既に2人借りていたので僕達が入っても7人で間違いなく入れるが商人や旅の人では無く男性冒険者と言われた。


 1日ここに泊まって明日個別の長期滞在できる宿をまた探すか…と話し合ったところに先に宿泊中の2人が降りてきて階段付近にいた女子3人に絡んで来たので、その部屋の選択肢がすぐに消えた。



 こんな冒険者の部屋に泊まれば朝まで何があるかわかったもんじゃ無い。



 三件目は僕達を見るなり深夜に宿を探す間抜けな冒険者という感じに足元を見る宿だったが、既に三軒目ともありマッコリーニを連れ歩くには気がひけるし、銀貨5枚で個人部屋だったので此処にするかと言う感じに決まった。



 見せて貰えるか?と言うと面倒だと言う顔で僕等を案内したが、部屋の作りは質素そのものだったが1日宿泊するぐらいでは気にならない感じだったのでそれで良しとした。



 これといって何かが有る部屋では無く質素ではあったが、それぞれ部屋が個室であった分気兼ねなく寝られるのは助かった。



 一応翌朝は起きた人が皆に声をかける形にした…僕らはギルドが何時から開いているかも聞き忘れていたので、昼ごろを目安に行こうかと話合っていたからだ。



 久々にリュックの中から聖樹の苗木を出して窓辺に置くと、月光を浴びた苗木は1枚葉を落としその後モンブランが現れ、開けっ放しのリュックからスライムが這い出る。



「月光浴びるの久々〜魔の森は月の光は届くけど本来の力を貰えないから嬉しいわ〜」



「ちゃんと覚えてくれてたんだね〜!窮屈だけどスラちゃんが居るから暇じゃないのは助かるわー。」



 どうやら人目を避けた方がいいからリュックに匿っていたスライムと話をしていた様だ…スライムがうっすらと光っているが聖樹の加護を受けても大丈夫なのか聞いてみたところ、聖樹の加護は敵意や殺意に反応するだけで、今のスライムはそれが無いので大丈夫らしい。


 ふとみてみるとスライムは落ちていた聖樹の葉を消化液で溶かしながら取り込んでいた。



「あ、あのさ、モンブラン…スライムが聖樹の葉を消化してるけど魔物だけど平気なのかな?」



「大丈夫だと思うよ?リュックに中でもお腹すいたみたいな事があって、何枚かあげたけど平気だったし。1枚あげると3時進くらいはお腹も平気みたい〜」



 僕はそう言われて、聖樹を見ると若葉が何枚か付いていた。


 スライムの飼い主なのに餌を満足にあげられず可哀想な事をしたと思い、飴ちゃんをひとつスライムにあげると飴を取り込むとコロコロ転がっていた。気に入ったのだろうか?


 そのあと、僕はスポーツドリンクのキャップを開けて聖樹の根元にかける…。



「モンブランありがとう。本当だったらちゃんとスライムにご飯と聖樹の苗木に水をあげないといけなかったけど、今日は本当に忙しかったんだ。昼飯と夕飯もあげてくれて助かったよ…ありがとう。」



「おおお〜この味は〜あの森で貰ったやつだ!ヤッタ!でかしたワテクシ〜」



 モンブランにスポーツドリンクをあげた後、少量程を木のコップに取り分けてからスライムにも分けてみると器用に中身だけ飲んでいた。


 此処がどの辺りなのか分からないけれど窓から外を確認しようと窓辺に行くと、部屋の外にクルッポーが飛んで居たのが見えたので、美香の部屋が解らないのかと思いこの部屋に入れようと窓を開く。



 実は丁度横の部屋にいた美香がクルッポーを部屋に呼んでいた様だった。



「あ!ひろさん!…部屋割が決まったのでクルッポーを入れてあげようと思って。夕飯もまだだろうから…」



 美香の方を見ると、手に焼いた生姜焼きのうさぎ肉が握られていた、数枚焼いてクルッポーの為に持って帰ってきた様だ、美香は僕よりちゃんと飼い主している。



 窓枠に器用に止まったクルッポーは美香の手から勝手に突いてパクパクと食べていた。



 食べていた肉を食べ切ると、部屋に置いてあるのだろうその肉を見つけたクルッポーは僕に目もくれず部屋の中に入っていった。



「あ!美香ちゃん!この間言ってた乾電池あるから今渡すよ部屋のドアの前に来てくれるかな?」



 僕はそう言って、鞄から単三電池のお得用パック出して部屋のドアに向かうとタイミングよくノックが聞こえる。


 部屋に招き入れてから単三電池のお得パックを美香に渡す…会話を聴かれたり電池をこの世界の人に見られるわけにはいかないので僕の部屋に入って貰ったが夜中ともありなんかお互いぎこちない。



「良ければ明日の朝にでも皆に配ってくれるかな?僕の分は大丈夫だから皆で使ってくれて構わないから。随分前に手に入れたんだけど異世界の物だから見られずに渡せる場所に来る必要があったんだ…遅くなってごめん。」



「いえ!ありがとう御座います。コレで携帯充電できて弟の写真も見れるので助かります。残りの電池は明日朝に結菜さんとそうまさんと雛美さんに渡しておきます…でも…まだ起きて無いですかね?3人…」



 3人の部屋のドアを軽くノックしたが誰も出てこなかった…流石に疲れたのだろう。



 僕が居る部屋の目の前が美香の部屋だったので中に入るのを見送ると、美香のベッドの上で我が物顔に寛ぐクルッポーが見えて、それを見た美香が笑っていた。



 彼女の顔に笑顔が戻ってよかった…クルッポーのお陰だな…と思いながら僕は部屋に帰った…締め側に小さい声で「おやすみなさい」と声がしたので振り返ったが、もう扉が閉まった後だった。

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