第57話「異世界の渡り方」

僕らは村を出て、一路ジェムズマインの街に向かう…名前の通り宝石鉱山で有名な街だそうだ。



 村から数時間進んだところで、ムイムイとメイメイが用意してくれた鶏ガラスープで一度休憩を挟んだので、新しい客人のちゃんとした自己紹介をそこでしようと言うことになった。



 流石に名前を変える以上は、村の皆に現在のS級冒険者ヒナミの存在…特に顔や面影を覚えさせたくなかったので、自己紹介を含めて気を引きそうなことは全て村を出てからとなっていた。



 一緒に来る以上はヒナミにも村では無闇にと言うより一切名乗らない様にと言ってあった…ヒナミのこれから行う個人情報変更の件は現ファイアフォックスのメンバーのみ知る機密情報になった。



 そして僕らは自己紹介はさて置き…休憩で鶏ガラスープ?と思ったが、冒険者は歩きながらも装備で汗をかき体力を消耗するので塩分補給に割と良い様だ。



 荷馬車には今僕らの他に、初心者装備に身を包んだヒナミの他にファイアフォックスのメンバーが居る。



 休憩の名目なので、ファイアフォックスの冒険者とS級の異世界冒険者ヒナミと僕らが皆集まってても違和感がない。

マッコリー二にはエクシアの飯屋の一言でヒナミの件は多分バレているだろう。と言う事だった。



 マッコリー二商団のメンバーは前の馬車の2台に別れて休憩中だ…気を使ってくれている訳ではなく、単純に新しい食材の鶏ガラスープに夢中の様だ。




「初めまして!これから世話になる、遠野 雛美と言います。高校2年で部活は吹奏楽部です。こっちの世界では、漢字がないのでS級冒険者のヒナミとして名が通っていますが、これからは新しい名前で心機一転ゼロから頑張るので!皆さんよろしくお願いします。」





 僕等と一緒にファイアフォックスのメンバーも全員挨拶する。



「「「よろしく!」」」



 異世界の冒険者の二つ名があるせいで異世界言語と用語を混ぜて普通に話していても受け入れている…ファイアフォックスのメンバーは言ったことの何処まで把握出来ているか謎だが…。



 エクシアは前日の空き時間にロックバード周辺の魔物の駆除と称し人目のつかない魔の森に皆を呼び、ヒナミの情報を軽くは伝えていた…彼女の事を落とし入れた小国郡国家の陰謀の事だ。


 そして話の最後に、街に戻ってからにはなるが内密にヒナミに関する小国郡国家の陰謀を組合書庫等で情報収集をする事を付け加えた…エクシアは父の血を色濃く継いでいる様だ。



 なので、それが理由でファイアフォックスの現メンバーは臆する事なくヒナミに接することができている。



 S級冒険者など彼等にしてみれば雲の上の存在なのに、以前の誤った情報では彼女は危険冒険者扱いなので尊敬を通り越して恐れさえ抱いてもおかしくない。




 挨拶が終わってから、ロズ、ベン、ゲオル、ベロニカは少し休息したのち商団の列の前後に分かれ馬車の護衛に戻っていった…こちらが休憩といっても、そんな事など関係のない魔物はいつ襲ってくるか分からない以上当然の行動だ。




 エクシアは僕らと一緒に居てボクの質問を一緒に聴く…彼女を少しでも理解しないと彼女を守り抜く事など出来ないし、情報が少しでも無い限り元の世界へなど還せ無いからだ。




 僕は答え辛い事と知りながら、どうやってこの危険な異世界で『10年もの歳月を彷徨い歩き続けられたのか』『10年彷徨って何故そんなにも姿が幼いままなのか』そして『この世界にどうやって来たか…若くは誰と来たか』だ。



 彼女は自己紹介の通り高校2年生の女子としか見えない…16歳程度の年齢でこちらに来て10年歩いたなら26歳だ…それなのに姿は16歳程度の女の子でしかない…今の姿はボクと同じ位なのだ。



 ヒナミが26歳ともなればエクシアに近い歳にもなるだろう…エクシアの年齢は首が飛ぶから聴けないが。



 S級冒険者になり冒険をする上でマジックアイテムの様なものや不労の薬の類を手に入れていても異世界であればおかしくないし、僕らの様にこっちの世界に来て不老に近いスキルを始めから得ていてもおかしくない…因みに僕は不老のスキルは持っていないが…。




 思い出すのも辛い筈なのに彼女は頑張って話してくれた。




「私は、気がついたらこの世界に来ていたんです。高校2年…2020年の10月頃、高校の帰り道でした…見たい歌番組があってその時間に間に合わせようと思って、神社の横の雑木林の裏道を抜けようとしたんです。」



「そこは大通りへの近道だったんです…でもその途中に足元に大きな穴があって…はじめは若干傾斜してる位と思ったんです…雑木林の抜け道で街灯がなくて周りが暗く足元まで気がつかなかったんです…まさか穴が空いてるなんて…。」



「私はその穴に落ちて、落ちるとき意外と深くてマンホールかな?って落ちながら思ったんです。でもそうだとすれば流石に…あ…これ死んだ!って思ってそれで気を失いました。」



「気がついたら既に朝で…ちょっとした擦り傷が足にある位だったんで助かったんだと思って、見渡すとマンホールじゃなく若干緩やかな岩と砂のすり鉢状の底だったんです…」



「でも、私はそこから何とか這い出たら…見た事もない場所の…岩場の近くにあった窪地でした。」



「目の前には巨大なお城があって…頭でも打って幻覚見ていたのかと思ったんですが…そこに偶然鉱石拾いをしに来た孤児院の子が私を助けてくれました。」



「後で知ったのですが、そこが火の国の灼熱砂漠の入り口付近の岩場だったんです。誤って砂漠に入っていたら多分サンドスコーピオンかサンドワームのお腹の中か…幻覚サボテンの苗床になっていたはずです。」



「私が異世界に来たときは皆さんと違って1人です…どうして私だけ?って思ったことは何度もありますし、炎の国の首都も見て回りましたが私と同じ人は居ませんでした。」



「それから少しの間火の王国で暮らしたのですが…うっ…うううっグス…ううううう…」



「ヒナミさんそこの部分は大丈夫ですよ…辛い部分は言わなくても」




「すいません…では…グス…お言葉に甘えて…王国が…なくなってからは各地を10年彷徨って…もうあんな辛い思いをしたくないので…頑張って何が何でも元の世界に帰ろうと方法を探したのですが…きっかけさえも掴めませんでした…厄介者としてギルドもあまり協力してくれませんでしたし…優しくしてくれる人もいませんでした。」



「それに…グス…同じ世界の人も探しましたが…私達の居た世界からこの異世界に来た人は居なくて…私達とは別の世界から来た冒険者には一度だけ会いました。その方は元居たの世界でも冒険していたらしく…変わらないから気にしないと言ってました。」



「姿の事に気がついたのは5年くらい過ぎてからでした…5年経っても全く歳をとっていないと実は私も思っていて…特別何かのスキルとかアイテムを使っている訳ではなく…10年彷徨っても昔のままの姿なんです。」



「私も調べようとしたんです!でも…調べようにも方法が無く…ギルドで厄介者扱いだったので聴ける人も居無かったので…ギルドに相談しても手続きさえもして貰えず…だから…グス…自分で調べてもわかりませんでした。」



「その…来た時とか、うろ覚えでもいいのですが、廃墟を見たとか…魔法陣とか…魔女の様なおねぇさんとか…門がどうのって聞いたりしてませんか?」



「この世界でですか?この世界だったら魔法も魔法陣も廃墟も幾らでもありますので何度も見ましたが…この世界に来る前だったら気がついたら…もうあの場所だったので…見てません…ごめんなさい。」



 まさかの僕らと違うパターンだった。

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