第1話「真紅の魔女とすべてが始まった日」

 

 全ての始まりは余りにも呆気なかった。


 同じバイト先の友人と、終わりの時間がたまたま合ったので一緒に帰ることにした。


 友人が隣の駅に用事があるとの事で、一緒に来れば珈琲を奢ってくれると言ってくれた。


 僕はそれに釣られて、普段使わない地下鉄で向かう事にした。



「悪いねぇ付き合わせて!今日発売のゲームどうしても受け取りたくてさ。」


「ん?別に良いよ。」



 僕はバイト先で面白いものを貰ったので、妹に渡す以外は予定はなかった。



「バイト始まる前に受け取って行く予定だったんだけど、あの同じ倉庫担当の山崎が遅れるから代わりに来れないか?ってバイト先から連絡きてさ……」



 どうやら所長から言われて断りきれなかった様で、そのせいでゲームは受け取れなかった様だ。



「本当に嫌になるわ!今日だって本当は休みにして貰う予定だったのにさ、前もって言ってたんだぜ?待ちに待ったゲーム初日にやりたいじゃん?」



 彼は相当怒っている様で、ずっとムスッたれた声で話している……



「そしたら、なんて言ったと思う?ゲームなんかで休まれちゃ敵わない。だってさ!だったら遅刻すんなよ!って話だよな!」


 彼は今でも相当怒ってるらしく、一方的に愚痴を吐く。


 相当そのゲームがやりたかったらしい。


 そんな話をしながら地下鉄のホームを歩いていると、向かい側からかなり酔っ払ったサラリーマン風の中年が近づいていたが、友人は僕との話に夢中だ。


 友人は僕の右側にいて、僕はホームの際に近いところを歩いていたが、何となく嫌な気がした。


 案の定酔っ払ったサラリーマンは、友人とぶつかり喧嘩になる。


 突然起きた喧嘩に周りの見る目が痛い。


 相手は既に相当酔っているらしく、自分からぶつかって来たのに友人に声を荒げていた。


 しかし見知らぬ人には比較的温厚な友人も、珍しく喧嘩を買っていた。


 理由は明白だ。


 急なシフト変更の件や、ゲームの受け取りに行けなかった事に、休日希望を聞いて貰えなかった事もある。


 怒りが相当溜まっていたのだろう。


 何時もなら適当に遇らうところが、その男の理不尽さに取っ組み合いの喧嘩になっていた。


 しかし、そのとばっちりの矛先は急に僕に向いた…。


 友人が酔ったオッサンを軽くいなすと、脚を縺れさせ僕の方に倒れ込んで来る。


 次の瞬間



 『ドン!』


 僕は見事に酔っ払っいに突き飛ばされていた…


 突然の状況に現状を理解できずにいるが、目に映る状況はスローモーションで変わっていく……


 視界に映るのは、ゆっくりと下方にずれていくホームの人影…


 ハッキリとホームの人達がこっちを見ているのが判り、次に目に飛び込むのは地下鉄の天井。


 僕は突き飛ばされてホームの下へ落ちている!


 そう認識した直後、頭部と背中に激しい痛みを受けて、目の前が暗くなって意識が飛んだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 どれくらい時間が経ったのか……


 何やら耳元で会話が聴こえるが、目を開けるにも目蓋が重く感じて開く力が無い。


 取り敢えず声に耳を澄ますが、いまいち聴き取れない。


「#¥%*£&〆...」


「%#〆※..&£※・・・€£&」


「うん・・何の苦もなく〆※..&£※既に・・・・・〆※..&が〆※..&£※だったね」


「それになんか意識あるよこの子・・・・」


「そろそろ目を覚ましたらどう?聞こえてるんでしょ?」



 色々と聞き取れない内容があったが、頭に響くような声が起きるように促す。



 しかし目蓋が非常に重く開かないので、僕はそのまま耳を澄ます。


 するとほかの音も次々に耳に飛び込んでくる。



「なんで!こんな汚らしいとこに居るんだよ!……ってかここ何処なんだよ!さっきまで電車のホームに居たはずだぞ!」


 つい先程まで聴いてた、酔っ払いのオッサンの声が遠くで聞こえる。



「あなた達誰ですか?ここ何処ですか!変なことをすると警察呼びますよ!」



 オッサンの声の後に、ヒステリックに叫ぶ女性の声がする。



「なぁ……コイツ等さぁ、目を覚さないんだけど!!死んで無いよな?」



 僕の側では男性が何か話している様だ……誰のことだろう?



「息はしてるみたいだから、死んでは無いみたいですね……私に今出来る最低限の事はしますが、なにぶん今できる事が限られてまして」


 そう言う女性の声がすると、ヒヤッとした手の様な物が僕の腕を掴む。


 手首にも何やら圧力を感じるので脈を見ている様だ。


「私は看護師として天聖記念病院で働いています。最低限の応急処置はしておきましたし、念の為救急車を呼びたいのですが生憎電波が無いんですよ」


 会話の流れから男と話しているのだろう。


 少ししたら脈を取り終えた様で僕の手をそっと離して……


「誰か携帯使えませんか?救急車と警察に連絡したいのですが、私のは全く使えないんです」


 現状を心配してるわりと若い感じの男性の声と、それに答える女性の声。


 ゆっくり目を開けると、ぼんやりと光を発している、所々朽ちたシャンデリアが見える。


「お!男の子の方は目を覚ましたみたいだ!」


 声がした方に目を向けて見ると、頼りなさそうな優男がそこに居て、心配そうに覗き込んでいる。


 その後ろの方には、先程まで友人と揉み合って喧嘩してたサラリーマンが居て大きな声で叫んでいた。


 ゆっくり身体を起こそうとすると、優男は身体を起こすのを手伝うように手で身体を支えてくれる。


 支えて貰いながら周りを見渡すと、そこは電車のホームでも救護センターでもない。


 寒々しいほどに殺風景な廃墟に等しかった。


「大丈夫かい?横になる前の何か覚えてることはあるかい?もしかして横の女の子は知り合いだったりする?」


 男性の後ろから覗き込むようにしてた女性が、話を遮るように話を被せてくる。


「無理に起きない方が良いです。今まで気を失ってたのです、精密検査する迄は……少なくとも救急車が来るまでは安静にしてて下さい」


 病院で働いているせいか的確な判断だった。


「うん!確かに……確かにそうだな!迂闊だったな。ごめんなぁ無理はさせるつもりはなかったんだ。横に女の子と寝てるから、もしかして知り合いだったら……とか思ったんだよね!」


 男の人はそう矢継ぎ早に、僕に状況を話し始めた。


 そう言われた横に並べられている女の子に目をやると、そこには全く知らない女の子が真横に寝かされていた。


「いや……知らない子ですね。でも、此処はホームでは無いのですね?」


 知らない女の子だったので僕は素直にそう答える。


 そしてハッキリと言っておいた方がいいことは、伝える事にした。


「最後の記憶は、あそこで怒鳴ってるサラリーマンにホームから突き落とされた所までです。友人と怒鳴り合いの喧嘩の末、僕をホーム下に突き落としたんです。わざとでは無いでしょうけど!」


 僕は未だに怒鳴っているサラリーマンを指差すと、皆は吃驚した顔でサラリーマンを見る。


 サラリーマン風の男はこっちを見ながら『俺は知らない!そんなガキ!』と言いながら目を合わせ無い様に誤魔化している。


 僕の話を聞いたあと、ヒステリックに叫んでいた女性がその男と距離を取りながら叫ぶ。



「高校生の子供を電車のホームから突き飛ばしたって!!なんて人!!あなたが此処に連れてきたんですか!?此処は何処なんですか!」


 その言葉にキレ気味にサラリーマンは返す……


「だ・か・ら!!此処が何処かなんて俺は知らねーよ!酒飲んで人が気持ちよく帰ってるってのに、喧嘩吹っかけて来た片割れがホームから落ちたって自業自得だ!」


 男はそう言うと僕を指差して、子供の喧嘩の様に



「そもそも、ぶつかりそうなのに避けもしないそいつが悪い!」



 と言い、悪びれた様子もない………これが大人かと呆れる程だ。


 それを聞いた、看護師の女性と優男がほぼ同時にサラリーマンにほぼ同じ事を言う。



「ホームから突き落として自業自得だと!?罪の意思もないってそれでも大人か!恥ずかしい!」


「ホームから落とされたらどうなるか分かりますか?打ちどころが悪ければ危険なんですよ!!なんて人なの!」



 其々に次の言葉を言おうとした時……突然の違和感に皆が押し黙った。


 今まで誰も居なかった筈の僕と優男の真横に、いつの間にか女性がしゃがみ込んで居た。


 女の子の額に掌を置きすごく小さな声で何やら呟いている。



「〆※..&£※・闇に焚べよ…〆※..&£※…苦しみを永遠に…〆※..&£※…」



 あの喚き散らしていたサラリーマンでさえ、その異様な光景を黙っている。


 女の子が白目を剥き暫く痙攣した後に、飛び跳ねる様に起き上がり絶叫しながら身体を叩く。



「火が、火がぁぁ!!燃えちゃう!!あっつい!!身体がぁ!!」



 その様はまるで今現在も火に包まれ、身体を焼かれるのを必死に消そうともがく様な素振りだった。


 看護師の女性がそれを見てびっくりして、急いで両手を押さえ耳元で話す。



「大丈夫です!身体は燃えてませんよ?何ともありません。大丈夫です!落ち着いて何があったか話して?」


 それを聴いた女の子は、看護師の顔を見ながら泣きじゃくる。



「弟はどこ?何処なの!?無事なの?油に火が移っちゃって……信じて!、確かに火事だったの……弟が悪戯してきて、天麩羅油に火が移っちゃったの……おねぇちゃん熱い!って声が……」



 看護師の女性は



「大丈夫ですよ。それは全部悪い夢です!周りをみ……」



 と言葉の続きを言いかけた瞬間だった……



「煩いねさっきから!せっかく起こしてやったのに、礼の一つもないのかい?親の顔が見て見たいわまったく!」



 そう言った女性は、スックと立ち上がるとスタスタと歩き出して僕達から離れる。



「人ん処の魔法陣に勝手に飛んできやがって!!ギャーギャー騒ぐなら、とっとと消えとくれ!暇じゃないんだよ。私はね!」



 その真紅のドレスを着た女性は吐き捨てる様に、僕達へそう言った………

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