OP第二話 「見知らぬ親子を助けよう!」


 貴族から見れば、僕を追っている様に思えるのだろうが実の所は違う。


 追っているとされていた冒険者の殆どは、貴族の私兵をあらぬ方向へ誘導しているだけだった。


 因みにこのダンジョンは20層程しかない低層型なので、階層主やダンジョンの主を倒すのは、そこそこに力のあるパーティーであれば訳はない。


 問題はこの秘薬の出現率が極めて低く、幻のポーションとされていた事だ。


 この薬が国の先々代の皇帝に齎されたのはかなり前に遡るらしく、先々代の皇帝は我が子が国事に秀でてると見抜いて皇室に薬を託したらしい…。


 因みに先の皇帝は、齎されるそれらの薬を使い143歳まで生きたと言う。


 その間この国は、平和で腐敗貴族もいなかったらしい。


 しかし残念な事に今はそうではない様だ。


 公に記録されている秘薬話は100年も昔の話なので、出所は眉唾話だった。


 その話で特に気になったのは……薬は持つのか?飲んでお腹は平気なのか?……それが僕は非常に気になった。


 そして、その財宝と呼ばれた薬は、このダンジョンでボスがドロップする事をこの目で確認した。


 だが、その薬はもうない…衣食住を世話になったスラムの親子にあげてしまった。


 飲ませた時の親子の驚きっぷりは、思い出すと愉快で仕方がない。


 …………


 ……


「お兄ちゃん!ずいぶん遅かったね〜心配したよ。お昼までには帰るって言ってたのに!何か食べられそうな魔物はいた?」


 僕はダンジョンの中が、どんなに危険か説明しつつ遅れたことを謝る。


「遅くなってごめんなー!なかなか材料が見つからなくってさ。でも希少食材のフルーツラビット見つけたから、後でお母さんに料理してもらおう。あの美味〜い食材だぞ!」


 美味しい食べ物話は、少年の心を見事に掴んだようだ


「お兄ちゃん!薬の材料探してたんじゃなく、美味しい魔物探してたんでしょ〜?だからお昼に帰れなかったんでしょ?食いしん坊だからなぁ〜お兄ちゃん!」


 怒った素振りを見せるも、目線は食べ物を見ているので、言葉が本心ではないのがわかる。


「コラ!ダメでしょう?お兄さんはわざわざ危ないダンジョンまで、素材集めに行ってくれたんだから!感謝しなさい!」


 母親が夕飯の食事の用意をしつつ、僕の元にラビットを受け取りに来てお礼を言う。


「ダンジョンは危ないんだから、ママの脚を見ればわかるでしょう?命をかけて潜ってきてくれたんだから!間違ってもそんな事を言っちゃダメ!」


 母親は、しゃがんで冗談で言った言葉を真剣に怒る。


 子供の言葉は冗談だとわかっているから、母親を止めようと思ったが……既に泣き出してしまった。


「ごめんなさい……お母さん!でもね!お兄ちゃんがお母さんを治してくれるって言ったんだもん!勿論……お父さんみたいに帰って来なかったらどうしよう!……って、凄く心配したんだよ!」


 子供は、大好きなお母さんに怒られて既に泣きそうだ。


 そんな様を見て僕は、リュックに手を突っ込んで秘薬を探す。



「薬はもうあるから、お母さんに飲んで貰って、そのあとご飯にしよう!」



 そう言って子供にポーションを見せると、凄く喜んで引っ掴むように取り、母親に飲むように促す。


「それは…ポーション?見たことの無い色ですが……まさか!最下層の⁉︎どうやって得たのですか??」


 ポーションをまじまじみつつ、信じられないとばかりに次の言葉を発する。


「ま……まさか!!あのダンジョンを1日も掛からず踏破されたのですか!?そのポーションを皇帝陛下へ献上すれば、一つで爵位が頂ける代物なんですよ!?一緒に潜ったお仲間の方だって報酬を待っているんじゃないですか?」


 元冒険者だけあって情報には精通しているらしい。


 だが僕には、爵位を帝国で貰おうとか言う気は無いし、仲間など居ない。


 説明をしようにも、母親は聞かずに話を続ける。


「その様な価値のあるポーション頂いても、私達には支払えるお金がありませんので、決して頂くわけにはいきません。」


 そんな風にめんどくさい事をわちゃわちゃ言っていたので、母親が後に引けなくなる為に僕は子供にポーションの封を開けさせる。


 子供がポーションの封を開けてしまえば、今さら後に引けなくなるはずだ!


 それになんと言っても腹ペコで早くご飯を食べたい。


 もう既に夜だが、薬の素材探しに手間取り昼に食べた携帯食以外は、今まで何も食べていないのだ。


 それに、せっかく見つけた希少食材のフルーツラビットなのだ!


 血抜きはしてあるが、時間が経ってこれ以上味が落ちる前に美味しく調理したい。


 開けた後も母親はわちゃわちゃ言っていたので、子供に指示をして後ろから抱き付かせる。


 そして僕はその間に口に押し込むことにした。


 「コラ!お母さんはこんなポーションのお金払えないの!だから……モゴモゴ……んぐっく!っぷっは!!」


 そうやって僕は無理くり飲ませてしまった。


 ポーションの効果は素晴らしく、母親が受けていた呪詛を全て祓い、肌には血色が戻っていく。


 そして欠損していた脚部分は、半透明色の脚のラインができてその中をゆっくりと血管や骨そして神経などが太腿から爪先に向けて形成されていく。


 理科の実験室にある様な、人体模型を見ている様だ。


 母親は探索の時に受けた呪詛が原因で、ゆっくりと衰弱しながら肌の色が徐々に灰色になり、やがて完全に石化するしかない状態だった。


 父親がいる間は冒険で得た稼ぎでなんとか高い治療費を払い、神殿で呪詛遅延を受けていた。


 だが完治は程遠いと言うのが神官の見解だった。


 しかし父親がダンジョンで行方不明になって以来、高額な治療費も払えなくなってしまい、呪詛遅延の治療さえ受けれずに居たのだ。


 そんな身体で子供の為に働き更に体調を壊した母親だったが、その子供は母の為にダンジョン前で状態異常を回復出来る薬を毎日探していた。


 とある馬鹿貴族が起こした転移の事故でこの国のダンジョンに流れ着いて、行き先に困っていた僕だが……


 この子の何気ない『行く場所なくて困ってるならウチにおいでよ!』の一言で、僕はこの家族に受け入れてもらった……と言うわけだ。


 ひょんな事から親子は、此処にたどり着いた僕の衣食住の面倒をずっと見てくれていた。


 そんな親子には人として礼をするべきだし、運良く手に入った秘薬が有れば飲まさない理由は何処にも無い。


 そんなこんなで薬は既に無いのだ!


 その事を知らない貴族達は、未だに僕を探し回っている訳だが……


 そもそも秘薬は盗んだわけでは無く、踏破した時ダンジョンの主が落とした物で、お尋ね者にされる覚えなど無い。


 それに困っている時に、世話をして貰っていない貴族だか皇族だかに献上する気もない。


 皇帝に献上して爵位なんて面倒臭い物なんか特に要らない。


 僕は、この国に縛られる事など御免なのだ


 しかし僕に目をつけた悪辣貴族のボンクラ倅は、親の権力を利用して至る所でやりたい放題する様などうしようも無い奴だった。


 初めのうちは僕がダンジョンに潜る度に部下が来ては、めぼしい物を漁り武器や宝石の代金を払っていた。


 だが、最近はお金を払う気もないらしく……



「私はこの街の有力貴族のコセ家の長男だ!得た財宝を全て我が家に献上せよ!そうすれば悪いようにはせぬ!」



 などと意味不明なことを言う。


 小遣いが無くなったと言えば、恵んでやっても良い……その代わり親子に充分な食材を提供してもらうだけだ。


 しかしこのような貴族は絶対に安定の台詞が続くものだ……


「貢献していれば、いずれはお前の様な冒険者として通り名がなき者でも、我が屋敷で抱えの一人としても良いぞ!」


 などと、意味の分からない事を言う様になっていた。


 僕はこのダンジョンに初めて潜った帰りに、この貴族が抱えるガラの悪い冒険者に声をかけられた。


 その際に、地下10層で見つけた宝剣の一つを見せた途端、彼等が喜んで買っていったのだ。


 その宝石で飾られた剣を見て、この貴族の倅は大層気に入ったのだろう。


 買ってくれた物は宝石の散りばめられた短剣だったが、これと言った目立つ攻撃力も特殊なスキルも無く、単純に宝石が目立つだけの短剣だっただ。


 当時は店売りより、遥かに高値で買ってくれた事は助かった……だが勝手に搾取されるのと買取では話が変わるのは、冒険者でなくても誰でもわかる筈だ。


 ちなみに、それ以降貴族の倅は僕がダンジョンに潜った日は、ダンジョン入り口で待ち構えては必ず何かしらの『宝石付き』の装備を買い取っていた。


 僕的には、実戦で使えもしない飾りでしか無い物を高額で買い取って貰いありがたい限りだ。


 しかし人間は、思い通りになると付け上がるもので、最悪な結果に行き着いたのだろう。


 そして現在………


 親子との食事も終え、満腹な腹を摩りながら冒険者ギルドに向かう途中僕は、その貴族の従える私兵に囲まれてしまった。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇



「やっと見つけたぞ!ちょこまかと逃げおって!!さっさと秘薬をよこせ!それが有れば我が家名はこの国にもっと広く名が知れ渡るのだ!潔く渡せば今なら命だけは助けてやる!」



 秘薬がもう無い事を知らない貴族の倅は、秘薬を寄越せと目くじらを立てている。


 だがそこに、冒険者ギルドのギルマスと冒険者の面々がやって来て貴族との間に入ってくれる。


「コセ家のイコセーゼ殿!!冒険者ギルドのギルドマスターとして、一言申し上げさせて頂きます。冒険者達がダンジョン内で手に入れた物の権利は、その者達にあります!」


 ギルドマスターはゆっくりとイコセーゼへ近づき、上から睨みつけて話を続ける……


「貴族と言えども、冒険者達が得た物を強制的に接収する権利はこの国では許されてはありません!これは前の皇帝陛下が決められた事であり、現皇帝陛下も推奨されてます」



 そう言って一枚の羊皮紙を取り出し目に前に見せつける。


 それは冒険者規約であり『所有権を認める』との王のサインが入っている。



「それに!この者はダンジョンに潜るときは必ずソロで潜っており、秘薬を取得した時の彼の状況を確認した者がおります!」



 ギルマスが手招きをすると、後ろから冒険者達が現れる。


 今言った『確認した者』なのだろう。



「この者は、現在ダンジョン内で一番先行しているパーティリーダーのガルムといい貴方様もご存知の冒険者でしょう?」


 そこに居たのは、ダンジョンですれ違った時に怪我をしていたパーティだった。


「そしてこの者は、戦闘の最中に怪我を負い20層で助けられた折、彼が単独で階層を探索していたと証言しております!貴方達は見てないらしいですが?どう言うことでしょう?」

 ー

 彼については酷い怪我だったので、回復薬を全員分渡しておいた。


 どうやら薬が間に合った様で、誰も死んで居なかった。


 とても喜ばしい事だ!彼らにも守るべき人間がいるのだ……ダンジョンで失うべき命では無い。


 そんな彼らは、僕のためにわざわざ地上に戻り、証言をしてくれた………

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