第12話 痣

 僕の胸にアイの流した涙の感触がまだ残っている。夢の中でのことだから、濡れているとかそういうのではないんだけれど。布一枚を通して感じたアイの涙の温度。それが、目を覚ましてもアイが顔を埋めていた辺りにほのかに感じている。


 もし、もう一人のアイを見つけたら、アイと会えなくなってしまうんじゃないのかと言う不安がある。でも、アイは僕を頼った。僕しかいないと言ってくれていた。


 ただ、アイが言うには、もう一人のアイはアイを知らないらしい。アイももう一人のアイのことを知らない。もう一人はアイの存在自体に気付いているみたいにだけど。


 だから、アイの口からは私は誰々ですと言えない。分かるのは、今の季節とかそれくらいらしい。もう一人が普段から何をしているのかなどのことは全く分からないようだ。


 二重人格とかそう言う類いの話ではないみたいなのはわかった。


 アイは黒子ほくろに反応した。


 身体的特徴と言ったものは同じなのかもしれないと話していた。だからといって、全身くまなく黒子を探さしてくれとは言えなかった。


 なんで身体的特徴が同じだと思うのかと尋ねると、アイは痛みを感じるという。もう一人のアイが怪我か何かした時だと思うと言っていた。実際に傷ができるわけではないらしく、その部分が赤い痣のようになり、いつの間にか消えるという。


 だから、もしかしたら黒子とかも同じ場所にあるのかもと言った。


 耳たぶの黒子。


 僕は、どこでそれを見たのだろうか。気づかないうちにアイの黒子を見て、それを誰か他の人でも見たと勘違いしているのか。


 アイと会える時間は短いけど、数ヶ月の付き合いであり、耳たぶの黒子を見る機会はたくさんあったはずだ。


 他に何か、例えば痣とかないか、次に会えた時に尋ねて見ようかと思った。






 数日後、僕はアイと夢の中で出会えた。


 いつものように、どこか懐かしい歌を口ずさみ、何もない広い野原に座って遠くを眺めている。


 アイの瞳に、この広い野原はどのように見えているのだろう。


 長い間、ずっと変わることないこの風景だけを見てきたアイ。


 この世界しか知らないアイ。


 ここから出られることもなく、もう一人のアイが死ぬまで、この変わらない風景だけを見て過ごしていくのだろう。


「圭くん」


 僕に気付いたアイは愛しげに目を細め、僕へ手招きをしたので、僕は何も言わずアイの横へと座ると、アイは自分の頭を僕の肩にのせてきた。


 アイに聞きたいことがあるけど、僕は少しこのまま過ごしたいと思った。


 ふんふふふふんふんふん……


 ふんふふふふん……


 静かな二人だけの空間に、アイの口ずさむメロディーだけが流れている。


 ふと、アイが口ずさむのをやめた。そして、僕の肩に頭を預けたままこちらを見ずに、


「聞きたいことがあるんじゃない?」


 まるで心の中を読んでいるかのように、僕へと尋ねてきた。


 僕はアイから聞いた傷のことを話した。そして、もしかしたら、傷の代わりに現れるその赤みが残っている場所はないかと。


 例えば、手術跡とか大きな怪我をして残った傷跡とかは、アイの体に赤い痣のように残っているかもしれないと思ったからだ。


 そう伝えると即座にアイは、ワンピースの右の袖を捲り僕へ右肩を見せてきた。そこには、五cmほどの細い傷跡のような赤い痣があった。


 僕は、その右肩の痣を見て全てが分かってしまった。


 もう一人のアイが誰なのかを……

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