第3話 転校生

 駅を降りた僕はだらだらと続く緩く長い坂を、恨めしそうな顔をして登っている。何が好きでこんな坂を、あと二年間も登り続けなきゃなんないんだろうかと思いながら。


 僕は、今日から二年生になった。


 特に部活以外にやりたいことも無く、クラスの友達とだらだらと過ごして、どこどこのクラスの女の子が可愛いだとか、彼女作って青春したいとか、ごく普通の男子高校生がしている馬鹿話に興じながら。


 部活はサッカー部で、特に強いわけでもなく、毎回、地方大会で敗退。だから世の中のサッカー部のイメージと違い、モテることは無く、今の今まで彼女がいたことも無い。


 それは僕だけに言えるわけではなく、学校自体も普通の学力、特に強い部活もない、ごくごくありふれた公立高校と僕にお似合いだ。


 こんな時にどこぞのラノベやアニメのラブコメのように、可愛い幼なじみがいて、毎朝起こしてもらったり、同じ高校で一緒に通学出来るなら、きっと毎日が楽しくなるんだろうけど。


 後方から、ちりんちりんと鳴らされた自転車のベルの音で、頭を渦巻く願望から引き戻されベルの方へ振り返ると、自転車を左右に振りながら立ち漕ぎをしている男子生徒が僕に追いついて、


「おはよう、けい


 と声をかけた。


 声の主は同じ部活に所属している、クラスメイトの榊原さかきばらだった。榊原は、僕に追いつくと自転車をおりて、昨日の夜に見たテレビ番組の話しや、何とかという雑誌のグラビアモデルが良かったなどとくだらないが、いつも通りの会話をしながら、僕と榊原は学校へ向かい並んで歩いた。


「一緒に歩いてるのが、むさい男子高生じゃなくて、可愛い女子高生だったら最高なのにな」


 榊原は僕の方を見てあからさまにがっかりとした表情で、大袈裟にため息をつく。


「それは、僕も同じだよ」


 そう榊原に返し、僕も負けじと大きなため息をつきかえした。正門から学校内へ入ると、


「また、教室で」


 榊原は自転車置き場に自転車を置きに行き、僕は靴箱で上靴に履き替え教室へ向かった


 教室へ向かう階段を登ろうとした時に、クラス担任の原口から声を掛けられた。原口は、今日から転校生が来ることと、席は僕の隣に座ってもらう予定なので仲良くするようにと僕に言った。


 僕は転校生が可愛い女の子だったらいいなと思いながら、階段を三階にある教室へと登って行く。


 教室では原口から聞いた転校生の話しで盛り上がっており、いつもよりも少し騒がしく感じる。


 僕はクラスメイトたちに、おはようと挨拶をすると自分の席に座り、鞄の中から教科書などを取り出し机の中にしまった。準備がひと段落つくと、僕の隣の席に来るんだと思い、ちらりと隣に視線を向けると、昨日までなかった僕の隣に机と椅子が準備されていた。


 ガラッと大きな音を出して教室の扉が開くと榊原が入ってきた。榊原はクラスメイトたちへ挨拶をすると、自分の席へ鞄を置いたと思ったらすぐに僕の隣の席へ来て座った。


「聞いたか、転校生の話し」


 彼は、僕の隣へ座ると開口一番にそう言った。僕は、聞いたよと返事をすると、


「可愛い子かなぁ」


 くねくねと気持ち悪く体をくねらせながらそう言った。


「なんで、女子って決めつけてんの?」


「そりゃぁ、せっかくなら男子より女子の方が良いじゃん」


 榊原はにこにこしながら、分かるだろうと言わんばかりに僕の肩に手を置いた。確かに、僕も榊原と同意見である。しかも、可愛かったら尚更良い。そんな、くだらない話しをしているうちに、チャイムと共に担任が教室へと入ってきた。


 クラスメイトたちへ席につくように促し、みんなが席についたのを確認し、取り留めのない挨拶などをすると、開きっぱなしの入口にむかって、転校生に入ってくるように声をかけた。


 教室が、先程の煩さが嘘のように静まりかえっている。


 転校生が教室へ入ってくる時間がやけに長く感じた。


 入ってきたのは、メガネを掛けた男子だった。彼が入ってきて、教壇の横に立つと、担任がカッカッカッと黒板に名前を書き始めた。


 清水薫しみずかおる


 彼は、担任が自分の名前を書き終えるのを確認すると、簡単な自己紹介をし、ぺこりと頭を下げた。


 整った綺麗な顔立ち、シャープな黒縁のメガネが、凛々しさを与えている。


 彼は、自己紹介を終えると、担当に教えられた僕の隣の席へと移動し、僕の方へちらりと視線を向けた。すぐに視線を机の方へ戻し席につくと、それを確認した担任がなにやら、ごにょごにょと話し始めた。


 担任は話しが終わるとさっさと教室から出て行った。担任が教室からいなくなるのを確認したクラスメイトというか女子たちが、清水の周りに集まり、なにやら話し掛けている。さっきまで、あんなに静かだった教室が、ざわめいている。


「可愛い女子じゃなかった」


 と、僕のところへ来た榊原が、がっかりした様子をしながら小さな声で僕に言った。


「こればっかりは、しょうがないよ」


「まぁな。でも、短い夢は見れた」


 榊原は、にやっと笑いながら、席へと戻って行った。


 それと同時に、一時間目を知らせるチャイムが鳴り、先生が教室へと入ってきた。


 女子たちから解放された清水は、僕の方へ顔を向けると、小さな声で話し掛けて来た。


真田さなだ君でしょ?」


 僕は、清水にまだ名前を伝えていなかった。榊原も、清水の前で、僕の名前を呼んではいない。もしかしたら、担任に隣の席の席の生徒ということもあり、事前に伝えてあったのかもしれない。


 僕が、頭の中で、色々と考えていると、


「おぼえていないみたいだね」


 と、にこりと微笑み、


「中学一年まで、同じ中学校だったよ」


 そう僕に言った。

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