第2話 声

 今にも雨を降らせそうなどんよりとした雲に覆われた空は灰色で、いつもよりも低く町を飲み込もうとしているようだ。


 僕の住む町はこれと言った特徴のない田畑の広がる長閑な町、いわゆる、どこにでもある田舎町だ。軽トラやトラクターをよく見かけ、爺さん、婆さんたちが、朝早くから畑仕事か散歩をしている。


 隣の市との境には大きな川が流れ、広い河川敷にはいくつもの公園や野球やソフト、サッカーのグラウンドがある。


 その川の支流の幾つかがこの町を流れており、僕は友達と釣りをしたり、泳いだりと遊んだ記憶がある。


 その田舎町を縦断する私鉄の駅まで僕は、必死で自転車を漕いで向かっていた。気持ちだけは、ピストで駆ける競輪選手になっている。しかし実際は、気持ちほどスピードは出ておらず、僕の横を走り去る自動車からビビっとホーンを鳴らされるくらい、遅くて邪魔な自転車通学しているただの高校生だ。


 今日は、少し寝坊し電車の時間に間に合うかどうかの瀬戸際であった。田舎ということもあり、いくら通勤通学時間とはいえ電車の本数が少ないため、一本乗り遅れると遅刻する羽目になる。


 なんとか電車の時間に間に合うことが出来た僕は、ハァハァと喘ぐ呼吸を整えようと必死だった。


 呼吸を整えながら電車に乗り込むと、都会で言うラッシュアワーの時間にも関わらず、全く混んではおらず、席に座ることが出来る。


 電車の本数の少なさは別として、ゆっくりと座り通学出来ることを、この田舎町に感謝しなければならない。


 僕は乗り換えることなく終点の駅で降りればいい事もあり、寝過ごしても目的の駅で降り損ねず安心して寝ることが出来る。


 両耳にイヤフォンを差しすと、プレイリストからお気に入りの曲を再生した。ゆっくりとしたメロディー、甘い女性の歌声、僕は音楽を聴きながら目を閉じた。


 新しい曲ではなく、僕の母の若い頃に流行った曲。


 母は今でもその曲を口ずさみながら、家事をしている。そんな姿を昔から見ている僕は、この曲が自然と好きになっていた。


「ねえ」


 誰かに声を掛けられた気がした。


 ふと目を開けるが、僕の前にも隣にも誰もいない。それによく考えたら、小さな音量にしていたがイヤフォンで音楽を聴いており、声を掛けられても気づきにくい。いつの間にかウトウトしていたせいで、寝惚けていたんだと思った。


 この出来事で僕の眠気は飛んでいったため、仕方なしに座席の手すりに頬杖をつき、反対側の車窓から見飽きた景色をぼけっと眺めることにした。


 僕の降りる終点の駅まで半分を過ぎたころ、一人の女の子が乗車してきた。何度もこの時間帯の電車に乗って通学していたが、今まで見たことのない女の子だった。


 僕と同じくらい年齢、私服で化粧はしておらず、黒く重たそうな髪を三つ編みにして、大きな黒縁のメガネを掛けているのが印象的である。たまたま何かの都合でいつもの時間帯では無い電車に乗ったんだろうと思っていると、その女の子は空いている席が他にたくさんあるのに関わらず僕の前に座った。


 彼女のせいで眺めていた車窓からの景色が三分の一ほど隠されてしまった。それでも車窓からの景色は見えない訳では無いが、彼女から変な勘違いをされても困ると思い、眠くもないのに目を瞑り、寝た振りをすることに決めた。


「ねえ」


 また、さっきと同じ声が聞こえてきた。


 はっとして目を開けると、いつの間にか僕の降りる終点の駅へ到着していた。僕は前方へ視線を向けたが、女の子の姿はもうなかった。


 僕が居眠りしている間に、途中の駅で降りたんだろうと思い僕は欠伸をしながら電車を降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る