第148話 怪文書

 部屋に戻る頃には空も白み始めていて、今から寝直しても朝飯を食いそびれた天使たちに速攻で起こされると思う。


 それでも今の俺はすこぶる眠い......ならばどうするのが正解か......


 うん、子どもたちの朝飯を用意してから、ゆっくり眠ればいい。


 グータラな生活するのにも慣れて、最近は昼前までダラけるのがルーティンと化している俺らなので、この作戦ならば昼頃まで寝かせてくれそう。多分。


 起こされても寝かせてくれても、どっちに転んでも幸せ。俺を起こしに来た健気な子を、布団の中に引きずり込んで寝かしつけてしまう悪魔的な行為をしてもいい。

 願わくば、朝飯を食べた後に俺と一緒に寝てほしいんだけどね。


 皆のご飯を用意し終えた俺は、皆に向けた書き置きを残してベッドに入っていく。

 抜け出す前に寝ていたピノちゃんとツキミちゃんは、今も変わらず布団の中ですやすやで可愛かった。




 ◇◆◇




 夜中に起きたせいでぐっすりなシアンを他所に、続々と起きてくる従魔たち。


 暮らす場所が定まったおかげか、以前よりも生活リズムが規則正しくなり、朝飯の時間までには全員起きるようになっていた。移動生活をしていた頃からは考えられない成長を遂げている。


 お腹が空いている彼の従魔たち。シアンはぐっすり寝ているが朝飯は用意されていたので、彼を起こさずこのままご飯を食べようと、いつも皆でご飯を食べている場所に向かった。


 そのまま何も気にせず朝ご飯を食べてしまえばよかったのだが、彼の言った事に関してはなるべく守りたいと思っている従魔たち。

 彼はその事を知らないが、知った時にはとってもいい子たちだと泣いて喜びそう。



 とまぁそれはさておき、そう......従魔たちは彼が残した書き置きにより混乱してしまっていた。

 ちなみにあんことピノは字を読めるし、ツキミとダイフクも簡単なモノなら読めるようになっている。



 それで、従魔たちを混乱させた問題の書き置きがコレである。


『夜中に牛の出産を見守っていたせいで眠気がヤバいから寝ます。朝ご飯は用意してあるから、俺のことは気にせずに食べちゃっていいよ。食後に添い寝してくれたら嬉しいな。

 あ、そうそう。朝ごはんはピノちゃんにチンしてもらってから食べてねー。


 お昼前には起きるつもりだけど、起きてこなかったらその時は起こしてください』


 彼が寝ている理由、朝ごはんは彼を無視して食べちゃっていいってこと、お昼前頃までは寝かせておいてほしいということは理解出来た従魔たちだったが......ただ一つ......『チンしてもらってから食べてね』の部分が理解不能だった。


 意味不明な文章から推測するに、キーになるのはピノちゃんだということだけ。


『......ねぇ、姉さんはチンってわかる?』


『ごめん、わからない』


『......だよね。ツキミとダイフクはわかる?』


『わからない』『しらない』


『あーもう......チンって何なのさ、どうすればいいの......』


 並べられた朝ご飯を前に、チンについて考え込む従魔たち。

 レンチンなんて文化はこの世界に無く、従魔たちの前でレンジなんて使用した事はないので、この事は当然わかるはずがない。


 冷めちゃってるご飯を~や、温め直してから食べて~といった一文が付いていれば、賢いこの子たちならば正解まで辿り着けたかもしれないが......


 怪文書を前に三十分ほど皆でアレコレ考えたが答えは出ず、チンの解析を諦めて冷めた朝ごはんを、だだ下がったテンションのまま食べることになった。


 意味のわからない書き置きを残された腹いせに、食後は従魔たちで固まって昼まで眠った。添い寝してくれたら嬉しいと書くくらいだから、添い寝をしなければ報復になると考え、全員で固まって眠った。



 その結果、目が覚めたシアンは誰も一緒に居てくれず、寝室から出ると仲睦まじく固まって眠る従魔たちを見て、目論見通りガッツリ落ち込む。


 その場面を見ていたのならばきっと、某白い子たちは『意味不明な書き置きをするのがわるい』と言い放っただろう。




 ◇◇◇




「............誰も添い寝してくれてないなんて......つらたん」


 目が覚めてショックを受ける。

 独り言を呟いた後に、リビングとして使っているスペースに向かって歩き出す。


 すると、なんということでしょう。


 俺の目に飛び込んできたのは、仲良く皆で寄り添って幸せそうに眠る愛し子たちの姿だった。


 俺が昼まで寝ていたのが悪かったんだろうけど、どうせ寝るのなら......俺を枕として寝てくれてもいいじゃないかっっ!!



 ふんっ!


 俺を除け者にする酷い子たちなんてもう知らないんだからねっ!


 お昼ご飯に美味しい物を一人で食べてやるんだからっ!


 眠っている子たち用のお昼ご飯を用意し、再び書き置きを残して外に出た。


 もう知らないなんて言ってごめんなさい......アレは嘘だからね。



 外に出るとくっそ眩しい。

 今日は晴れの日らしく、雪は降っていない。太陽光が雪で照り返してくるのが目や体に毒だ......


 日課になっている雪掻きはする必要がなさそうなので、ブラックホールでサッサと雪を消し、自分一人分のスペースを確保。


 収納から七輪を取り出して、早速昼飯の準備に取り掛かっていく。


 分厚くカットされたハラミを取り出し、火が通りやすいように軽く切れ込みを入れてから、豪快に七輪に乗せて焼いていく。

 焼き始めてすぐだけど、もう既に立ち込める煙の匂いで胃を往復ビンタされている。お腹空いた。


 味付けはシンプルに塩と胡椒のみ。

 焼いている間にモヤシとニラをサッと茹で、ゴマ油と塩で和える。


 傷心を癒すためにドカ食いしようと用意したラーメン丼いっぱい白米。その上に味付けしたモヤシとニラを敷き、焼けたハラミをカットステーキのように切り分けてから乗せ、仕上げに刻みネギを散らす。

 小皿に味変用のワサビ醤油とニンニク味噌を添えて、極上ハラミステーキ丼の完成。



 匂い、見た目、共にパーフェクト。


「いただきます」


 焼けたハラミを先ず一口。

 柔らかさと歯応えの絶妙なバランス、脂肪分の少ない赤身肉のような肉質、さっぱりしながらも濃い肉の味が食欲をぶん殴ってくる。


 焼肉でカルビ、ロースといった二大巨頭に突如割り込んできたハラミ。

 そんなハラミが横隔膜だったと知った時は衝撃的だったなぁ。


 どんな味付けにも合い、どんな味付けをしたとしても負けない肉の味。そして焼肉としては珍しい、沢山食べても罪悪感の少ない部位。

 それが人気の部位が魔力で熟成された牛のモノならどうだろうか......


 まぁアレだよね。こんなもん美味いに決まっている。


 肉! 米! 肉! 米! 口内リセットの野菜を挟んでから、再び肉! 肉! 肉! 米! のループ。


 永遠に続くと思われる夏......いや、ループも残念ながら瞬く間に終わりが来てしまう。

 ラーメン丼で用意していたのにあっという間に食べ終えてしまった。


 味変に用意した調味料がまた卑怯だった。いつか無限焼肉編を開催したいと思っている。解体の習得と牛の飼育を頑張らなくてはならない。


 まだまだ牛は沢山いるが、これからは繁殖もしてほしい。挑まれすぎて急激に数を減らさないようにしなければならない。ここら辺の調整はヘカトンくんに相談しておこう。


 それにしても牛って味覚が鈍いのかな?

 今まで劇物を食わせてきた誰よりも大人しく、根気強く食べている。実際は文句とか出まくってるかもしれないけど。




 さて、美味い飯を食って腹が満たされれば、些細なモヤモヤなんてキレイサッパリ消え去る。


 反省した俺は、今晩あの子たちに牛肉を使った料理を振る舞ってあげようと考える。添い寝がなかっただけで大人気なく拗ねてしまってごめんなさい。


 遠くや上空を見渡し、こちらを観察しているモノがいない事を確認してから拠点に戻っていく。

 偵察に来られて追い返してから今のところ音沙汰はない。まぁいつでもいいから来るなら来やがれ。

 時間を空ける事は得策じゃないよ。何しろウチの子たちはどんどん強化されていくからね。フフフ......



 悪役みたいな思考をしながら部屋に戻ると、すぐに寄ってきて俺の匂いを嗅ぎ始めるあんこ。



わんっギルティ


 と一度吠えた後、天使たちが揃ってニッコリ微笑む。


 そのあとは......えぇ、ボロボロにされましたよ。肉体面以外を。


 ......その後、落ち着いたあんこたちを前に正座をする俺。チンの意味を説明させられた。


 良く考えればあの子たちがわかるはずないよね。誠に申し訳ございませんでした。


 先程のあんこの一吠えを詳しく聞くと、肉を焼いた匂いを嗅ぎ取って俺だけが牛肉を食べたのを他の子に伝える行為だった。もう黙って食べないから許してください。

 皆、お肉大好き。抜け駆けダメゼッタイ。

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