第59話 郷愁と癒しの時間

 家具店のオーナーに書いてもらった地図のおかげで、迷うこと無く宿に到着。


 地図描いて貰いすぎじゃね?と思うだろうけど、見慣れた建物や知ってる店の無い状況で口頭で説明されてもわからないよ。

 ナビアプリとか地図アプリって、実は凄かったんです。


 前回の王都探索でココを見つけられなかったのは、この宿が高級住宅街みたいな所の更に奥の方にあるからだ。目的が無ければ進んでこんな場所を散策しに来ようなんて思わない。


 なんていうか、でっかい場所だなぁ......見た目は宿ってよりも完全にホテルだ。


 あっちを思い出しちゃう。

 秋〇温泉のお高めの旅館を予約してたのになぁ......


 あっちでの俺の扱いはどうなってるんだろうか。やっぱり行方不明者かね。

 俺のことを必死に探したりする人はいないだろうし別にいい。心配するのは友人か、仕事を押し付けてきた同僚や先輩くらいだろう。


 防犯カメラとかにはどう映ったんだろうか。そこだけはかなり気になるわ。


 ......強引に思考を変えようとしたけど無理だった。


 うぅぅ......日本の温泉旅館に泊まりたいよぉ......

 和風な建築物が恋しい。懐石料理を突つきながら、ビールや日本酒を呑みたい。

 露天風呂で月見酒したい。朝は早く起きて、人の少ない大浴場を楽しみたかった。


 日本の四季はよかったなぁ。


 桜を見ながら日本酒飲みたい......

 生温い夏の夜風を浴びながら、うちわ片手にビール飲みたい......

 七輪で秋茄子と秋刀魚を焼きながら日本酒飲みたい......

 コタツでダラダラしながら鍋を突つきながら日本酒飲みたい......

 モツ鍋、ちゃんこ鍋、水炊き、湯豆腐、しゃぶしゃぶ、すき焼き......


 腹が減った時にフラッと立ち寄れる町中華さん......


 悲しくなってきた......

 日本酒はこっちでも飲めるし、いつ飲んでも美味しいんだけど、雰囲気補正でかなりバフかかるんだよ......


 とりあえず早くチェックインしちゃって、部屋の中で悲しもう。グッバイ俺の日本の思い出。



 高いだけあってかなり丁寧な対応と接客をされる。大雑把な接客もそれはそれでいいんだけど、日本の接客技術に慣れている俺としても懐かしさと安心感がある。


 しかし、元々持っているおもてなし精神と、頭のおかしいクレーマー共が育てた日本人のホスピタリティは世界最高峰だなと実感。

 この世界基準でのクオリティの高い接客であっても、少し物足りなさを感じてしまう。

 無いものねだりをしててもしょうがないか......日本の芝生は青いなぁ......


 ちくしょう!ホームシックが深刻だ。


 目的だった一番高い部屋は金貨五枚らしいが、残念ながら満室。

 いきなり出鼻をくじかれてしまう。クソ金持ち共め......


 スイートルームに未練タラタラだけど、諦めて二番目に高い金貨四枚の従魔可の部屋を三泊とった。


 食事は部屋まで持ってくる形と食堂で食べる形の二種類があるらしい。

 持ってきてくれるんであれば、わざわざ出歩く必要もないのでこれは嬉しい。



 ノータイムで部屋で食べる事を伝えたところ、魔道具を手渡される。

 なんだろうか?と思っていたら説明があり、これは連絡用の魔道具の子機で、これに魔力を流せば親機が反応する。

 それが食事を届けてくださいって合図になるらしい。

 夕飯は日付が変わる前までは対応してくれるらしい。これは嬉しい。


 なかなかいいね。他人と最低限でしか関わらない生活は素晴らしい。この宿の部屋でなら、缶詰めにされても生きていけるわ。


 説明が済み、部屋まで案内される。

 高級なとこは初めてなので結構ワクワクしている。


 部屋の前まで到着し、鍵を渡された。


 なんと!初めて数字で描かれている部屋番号に出会えた!

 七階建てのこの宿は、一、二階が金貨二枚、三、四階が金貨三枚、五、六階が金貨四枚で、七階が最高級で金貨五枚。

ㅤ部屋のグレードと共に階層が上がっていくシステム。偶数階が従魔連れ、奇数階が人専用。


 最上階は五部屋あり、何処も独立していて他の宿泊者と鉢合わせる心配が無いので従魔連れでも人だけでも泊まれるんだって。


 俺の泊まる場所は602号室。

 やっぱり絵よりもこっちの方が宿泊してるって気になれる。サンキュー高級宿!


 たったそれだけの事に、無駄に感動しながら部屋に入った。



 あーうん。



 部屋の感想は、さすがに高いだけあるなって感じの部屋だった。



 よくわからないけどセンスがいいのであろう花瓶。それに活けてある不思議なお花が可愛らしい。

 そして、きっと高いんだろうなぁ......という感想が出てくる絵と額縁。

 素晴らしいキラキラ感の小さめなシャンデリア。


 やっぱり庶民にはこの感性は理解できないです......ごめんなさい。

 必死に感想を言おうと頑張ってみたけど、無理でした。




 家具類は装飾多め、だけど造りは良いので使い心地はよさそう。

 布団やソファの触り心地はかなりよかった。


 ベッドに腰掛け、ずっと寝ていた眠り姫とピノちゃんを狭い空間から解放してあげる。

 未だにぐっすりなので、その隙に癒しを貰おうとお嬢様をギュッと抱きしめる。


 暖かさや毛のふかふかさ、そして愛らしい寝姿に癒されていく。

 HPバーみたいなのが見える世界なら、急速に回復していく様子が見れるわ。


 アニマルセラピーの力は凄いなぁ。調子がダメダメ状態から超ノリノリまで一気に上がった気がするよ。

 ありがとうね。愛してるよあんこ。


 ピノちゃんのことはサイズ的に抱きしめられないので撫でる。

 もふもふこそ至高とずっと思っていたが、蛇肌の魅力にも気付いてしまった。もう手放せない。


 この子たちの今後の成長をゆっくり見守っていこうと思っています。




 あぁ寝顔可愛いなぁ。すっごい可愛い。


 うちの子は天使よりも天使している。このまま横になって一緒に寝ちゃおう。

 今日は夜に忙しくなる。今のうちに天使成分を補給しておかないと死ぬ。


 大好きなこの子たちとの生活を害そうとした聳え立つクソ共の事は絶対に許さない。


 物騒なことを考えつつ、寝ているお嬢様とピノちゃんにキスをして眠りについた。



◇◇◇



 目が覚め、時刻は午後七時ちょっと前。

 時計を見てから伸びをする。かなり気持ちよく寝れたなぁ......流石高級宿!と考えていたら背中に衝撃。


 先に起きていたあんことピノちゃんが、やっと起きた!と俺に突進してきた。


 ちゃんと終わらせた?と聞かれたので、しっかり殺れたよーと返して頭を撫でる。


 そしたらなんと!!急におっきくなって頑張ったねーって肉球で頭をポンポンされてしまった。



 不意打ちのご褒美は嬉しかった。それしか感想は出てこない程の衝撃だった。


 この子は聖母属性かなんかを獲得しようとしてるのかな?

 0歳の子犬に浄化させられそうになっている5歳と192ヶ月の男児。


 ピノちゃんはと言うと、浄化されかけの俺の頭に登り、尻尾を使いヨシヨシしてくれた。


 すごく嬉しかったけどさ、ピノちゃんやい。俺がもっとマトモな精神状態の時にやってほしいんですのよ。


 こうさ......なんて言うんだろう。

 ご褒美パートはシレッと消化しないで欲しいの。隙を突かないで、正面から仕掛けてほしいんだよ。



 という訳で、テイクツーをお願いします!!と願うも、嫌!と一蹴される......


 悲しくなったのでお嬢様の背中に顔を押し付けて、クンクンしながら顔を左右に振る。


 そんな俺に、しょうがないなぁと呆れながらも、されるがままになっているお嬢様。いつもありがとうございます。



 気持ちが落ち着いたので、夕飯を持ってきてもらう為に魔道具へ魔力を流した。


 軽く光ったのでちゃんとできたんだと思うけど。しっかり発動したのかわかりくい......



 それから五分くらいで部屋に夕食が届けられた。食事が終わったら部屋の外に出しておいて欲しいとの事。

 お礼を言って、チップに銀貨を渡す。


 その際にダメ元で、ここら辺の詳しめの地図を頼んでみたらオッケーしてもらえて一安心。

 食器回収の時にお渡ししますね、他に何かご要望はありますか?と言ってくれた。

 ありがとうお姉さん。今はそれだけで満足です。



 さぁご飯を食べよ。


 従魔用のご飯からオープン。

 あんこ用は、ふわふわのバターロールっぽいパンに野菜と肉が挟んであるモノとミルク。

 ピノちゃん用も同じメニューだったが、ピノちゃんの小さいお口に合わせてカットしてある。


 受付の際に、寝てるこの子たちを起こさないようにチラッと見せただけだったのに、嬉しい心遣いだ。


 超偏食なピノちゃんなので、食べるのか心配だったけど普通に食べ始めた。


 それでは俺も食べよう。


 豚肉っぽい肉のソテー、ミートソースっぽいが肉がゴロゴロしてる麺料理、サラダ、コーンスープと氷砂糖みたいなお菓子だった。それにふわふわのパンがこんもりあるのと、高級そうな赤ワインが付いている。

 これは全部消費してもいいのだろうか?それとも別料金?わからん。



 飯のクオリティは高かったと思う。だけどなんか日本の平均的な定食屋よりも、ちょっと上って感じだった。

 俺の舌がジャンクな味を求めてた所為で、物足りなく思ってしまった。




 あんことピノちゃんはしっかり完食していた。

 ご飯は美味しかったみたいだけど、いつも食べているのが食べたいと、体を俺にスリスリしながら催促される。


 くっ......甘える演技が上手くなってきたじゃないか!!どこで覚えたのさ。

 目を潤ませながら俺の顔まで近寄り、顔を俺の頬へスリスリさせてきた。幸せで頭がおかしくなりそうだ。


 お願いされたら普通に与えるんだけど......こういう事をしてくれるのなら、これからはちょっと出し渋るのもいいかもしれない。

 悲しい顔をされてしまう恐れがあるけれども。


 ご飯が物足りなかったのかなー?


 そんな風におねだりされたら応えるしかないでしょう。ほーらジャーキーと煮卵ですよー!

 やっぱり好きな物は好きみたいで、とても幸せそうに食べている。


 これだと宿に泊まる暮らしは合わないっぽい。

 お嬢様は宿暮らしにも慣れているし、結構どんな環境にも適応するが、ピノちゃんはこういうの初めてだし、かなりのマイペースさん。

 この様子だと明日からは、宿のご飯食べないだろう。



 明日からも宿のご飯は食べるか聞いてみたら、案の定いらないと即答。

 お餅と煮卵はスゴい、それだけでいいの!とアツく語ってきたので頭を撫でた。



 皿を回収しに来たお姉さんに、今後はピノちゃんの分のご飯はいらないと伝える。

 お口に合わなかったでしょうか?と言われたが、ちゃんと食べたけどこの子は偏食なのでと返したら納得してくれた。


 パンとワインの扱いを聞いてみたら、食べ放題飲み放題だったらしく、足りなかったら追加可能だった。

 説明不足を謝罪された後に地図を手渡される。


 以前貰った地図なんかよりも断然見やすく、詳細に描かれていて有難い。

 感謝の気持ちを伝えると共に銀貨二枚をチップとして渡してあげた。


 この地図と書類にあった情報があれば、クソ貴族の居所は大体わかるので襲撃も早く済む。

 でもなぁ......あのダンジョンの呪縛なのだろうか、順調に進みすぎている現状が逆に不安に思える。

 心の隙を突くのが上手かったなぁ......あのクソジジイ。

 ダンジョンが終わった今でも、まだ俺を苦しめるのか......アレに似たお爺さんを街中とかで見つけたらつい殺ってしまいそうな自分が怖くなってくる。



 もういいや、計画通りに事が進むことなんてほぼ無いんだし......順調に進むのならばそのまま進むだろう、イレギュラーが起これば潰せばいい。

 出たとこ勝負の行き当たりばったりな形は望むところだ。


 そんな事を考えるのはもう止めよう。


 予定時刻までの時間をめいっぱい使って癒してもらわなくては。

 今日の件が始まる前に約束してもらったし、いっぱい触れ合って癒して貰わなくちゃ勿体ないや。

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