第12話 水晶星

「ライカ」

 居間の扉を開け、ルネは暖炉の傍に座るライカに小箱を差し出す。

 ライカはきょとんとした表情で、小箱を受け取った。白亜の蓋に、金色の文字が綴られている。

 人形師同士が伝達に使う文字だ。掌の中の小箱はほどよい重さで、ライカの手首を刺激する。

「これは……?」

「あけてごらん」

 ルネに言われるまま、ライカは小箱の蓋を開けた。

 真新しいハトロン紙に、ジェム状の水晶が包み込まれていた。

 指先で表面を軽く叩くと、水晶の内部に波紋が広がる。

「奇麗だろう。生まれたばかりの星みたいで」

「ルネ、これは、鉱玉なの?」

「ああ。スプートニカが作った水晶星クリスタルプラネットだ」

「そんな……!」

 ライカはカウチチェアから立ち上がり、ルネに小箱を押しつける。

 スプートニカの大事な作品を、容易に受け取れるわけがない。ライカの行動を予想していたのか、ルネは小箱を静かにてのひらの中へ収めた。

「それ、君の兄さんが作った大切な……」

 ライカの言葉は、しかし、最後まで続かなかった。ルネの人差し指が、少年の唇を制する。

「受け取っておくれよ、ライカ。レネは優秀な人形師なんだろう?戸棚の中で眠っているより、仲間の命の灯火となった方が、僕の兄さんも喜ぶ」

「でも……」

「大好きな兄さんを思い出させてくれた、君へのお礼だよ」

「ルネ……」

 再びライカの掌に小箱が乗せられた時には、ルネの視線は窓の外に向けられていた。ライカも釣られて外を見る。灰色の雲の隙間から、橙色の空がのぞいている。

「どうやら、雨は止んだようだね。そろそろ日も暮れる」

「うん」

 窓から差し込む西日が少年達の頬を薔薇色に染める。

 ライカがケープを羽織ると、当然のようにルネが手を伸ばし、水色のリボンを結んだ。少年達はどちらからともなく玄関へ向かって歩を進める。

 静寂に満ちた部屋に、二つの影が寄り添うように並んでいた。




「此処から駅までは、道なりにまっすぐ行けばいい」

 雨上がりの地面に二つの足跡が並ぶ。一つは森に留まり、一つは南の塔を目指す。ライカの足は棒立ちのまま、一歩踏み出すことが出来なかった。

 誰かの元を離れるのが、こんなにも名残惜しいなんて。少年は白い小箱を持ったまま、幾度もルネの顔を見つめる。

「ライカ」

 ルネが、佇むライカの背中を押す。それでも動こうとしないライカに、自動人形は苦笑しながら息を吐いた。

「君に会えて嬉しかった。どこかで兄さんに会ったら伝えて。大好き、って」

「ルネ」

 堪え切れず、ライカはルネに抱きついた。自動人形を構成する関節がギシリと音を立てる。

 今にも螺子が外れてしまいそうな感覚に、ライカは腕の力を弱めた。

「さあ、ライカ。もうおかえり」

 ルネの指先がアクアオーラに触れる。パキ、パキ、と鉱石の罅割れる音がする。リングの内側から透き通った蒼い針が伸び、ライカの皮膚に突き刺さった。

 ルネはリングを指先でなぞっているだけだ。声にならない叫びが少年の唇から漏れる。

「……全て忘れて。おかえり、ライカ」

 頽れるライカの身体を自動人形が支える。左手首を貫く激痛は全身を駆け巡り、少年の意識を薄れさせていく。

 菫色の空が視界に広がっていた。ぽつ、ぽつ、と温い雨粒がライカの睛に落ち、頬を伝う。柔らかなハニーブロンドの巻き毛がふわりとライカを撫でた。

 長く伸ばした前髪の隙間から、悲しみに包まれた菫色の瞳がのぞいている。

(兄さん……、泣かないで……)

 幼いレネが泣いている。頭を撫でようとして、ライカは果たせなかった。

 寄生星に侵蝕された左腕が、付け根からぼとりと音を立てて落ちた。

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