第7話 スプートニカ
ゼファーの自室に隣接するのは人形師の作業場だった。祖父から譲り受けた部屋だという。作業台には見たこともない人形師の仕事道具が並んでいる。
淡い緑のエッグスタンドに立てられているのは、鉱玉だ。
ジェムに加工される前の色とりどりの原石は、寄生星に似ている。子どもたちから星の一部を抉り取ったかのように。
「僕は鉱玉を作っているんだ。まだ、レネやお祖父ちゃんみたいに巧く作れないけれど……。どうしても会いたいひとがいてね」
ゼファーは物憂げな表情を浮かべ、窓辺に歩み寄る。群青の天鵞絨に包まれた高低椅子が目に入る。少年は壊れ物を扱うような仕草で、天鵞絨の幕を剥いだ。
黒と赤で彩られた高低椅子に、自動人形は鎮座していた。
窓から差し込む光が、腰まで伸びた淡い金の髪にいくつもの輪を作り出す。
頬は白磁のように白く、真一文字に結ばれた唇は柘榴のように紅い。
細い首筋はシフォンのクラヴァットで包まれている。身に纏うのは鴉色の機関構成員の制服だ。
「これが、スプートニカ?」
心臓が早鐘のように鳴っている。ライカはゆっくりと自動人形へ歩み寄り、菫色の視線を黙する人形へ向けた。
「触ってもいい」
「もちろん」
ゼファーの返答が終わらぬうちに、ライカは指先を自動人形の額へと伸ばしていた。
少年の皮膚を刺すような冷たさだ。兄が愛したスプートニカ。日の光がなければ人間じみた体温すら作れぬ存在。
白磁は一時的に太陽の熱を吸収するが、時がたてば自然と元の冷たい身体に戻る。
ライカの親指が閉じた目蓋の淵をなぞる。しかし、期待していた反応は返ってこなかった。
「……この子、動かないの?」
ライカの問いに、ゼファーの表情が沈む。答えの代わりに、ゼファーは作業台の引き出しを開け、奥を漁った。
埃とともに出てきたのはハトロン紙の包みだった。少年の掌にすっぽりと収まっている。
「スプートニカの鉱玉は、壊れてしまったんだ。お祖父ちゃんから聞いた話なんだけれど、レネが……、レネが、自分で壊したんだって……」
「兄さん……が?」
俄かには信じられない話だ。
鉱玉は自動人形の心臓を司る。彼らの動力源であり、疑似人格を作り出す源でもあった。鉱玉を破壊するということは、自動人形を殺すと同等だ。
ライカには見向きもせず、一心不乱に人形を作り続けている兄が、彼らの命をたやすく破棄するとは思えなかった。
「レネが鉱玉を壊した理由は、誰にもわからない。……僕は、スプートニカに会いたい。話をしてみたいんだ。レネとスプートニカの事を、もっと知りたい」
ゼファーはハトロン紙の包みを開け、中身を光に晒した。ライカの菫色の瞳に水晶の欠片が映る。
一点の曇りもない透明なジェムが真ん中から罅割れている。刻まれた紋様は見る影もなかった。
「何年かかっても鉱玉を完成させるんだ。寄星病になんか、負けないから」
少年の眼差しはまっすぐにスプートニカへと向けられている。寄星病に罹った子どもたちの平均寿命は十五年。二十年も生きれば奇跡と言われる。
ライカは壊れた鉱玉を包みから取りだし、そっと耳にあてた。
二度と動かない心臓は、スプートニカと同じように冷たい。
左手首のアクアオーラが微かに反応を示す。寄生星と鉱玉が共鳴している錯覚に陥った。
「ゼファーは、本当に兄さんが好きなんだね」
ゼファーが照れ笑いを浮かべ、頬を掻く。少年の素直さがあれば、きっと上質な鉱玉が生まれるだろう。
「うん。だって、レネは、僕らの希望だもの。彼は、寄星病の……」
あどけない表情で語るゼファーの言葉を、しかし、ライカは最後まで聞きとることが出来なかった。
パキ、パキ、と鉱石が皮膚を這う感触が広がり始める。朽ちた水晶が両手から落ち、木製の床に細長い影を作りだした。
意識を手放す瞬間、ライカは誰かの声を聞いた。
高低椅子に腰かけた自動人形が、いつの間にか不気味な笑みを浮かべている。
薄らと開いた目蓋から菫色の鉱玉が覗いていた。
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