Crystal Planet

聖河リョウ

第1話 寄生星

 物心ついた時から、兄と二人で暮らしていた。ライカは屋上へ続く扉を開け、新鮮な空気を肺いっぱい吸い込んだ。

 南区にそびえ立つ古い塔は、兄が祖父から譲り受けた場所で、屋上から街を一望することができる。

 明け方前の空は薄墨をひいたようにぼんやりとしている。

 街は静寂の眠りに包まれ、北側に在る管理塔の監視灯が篝火のように揺らめく。

 少年と兄は管理局の保護を受けて暮らしていた。

 ライカが寄星病と呼ばれる流行り病に感染して久しい。

 少年を構成する生身の組織は、寄生星きせいぼしに侵蝕され、硬度を増している。日に日に身体の一部が鉱石化していくのだ。

 兄は人形師を生業とし、弟の治療費を稼いでいる。

 ライカが入院もせず、自宅療養を続けているのは、兄の気難しい性格に依るところも大きいが、街自体が病院を必要としていないのだった。

 この街には診療所もなければ病院もない。街自体がひとつの巨大なサナトリウムとして機能している。

 サナトリウムを管理するのは、管理局の役目だ。数年前、兄は人形師の腕を認められ、管理局の機関構成員の一員となった。

 彼が作り出す自動人形は、ライカと同じ病を持つ子供たちの世話係として、世の歯車のひとつになる。

 北風に巻き上げられた小さな綿毛が少年の頭上を飛んでいく。

 庭に植えた氷河草ひょうがそうが綿毛を飛ばす季節に、兄弟は一日違いの誕生日を迎える。年は十以上も離れているが、生誕の日はひとつしか違わない。

 ライカは裸足のまま白い煉瓦の上を歩く。黒いケープが風にはためき、少年の足元に鳥の翼に似た影を作る。

 冷たい煉瓦に触れる足裏に、感覚はない。刹那、少年の左手首に嵌まる寄生星がパキリと音を立てた。

(星がうまれる……)

 街中で、施設で、子どもたちは容赦なく星に喰われる。美しい鉱石の花を咲かせた者もいた。鉱石のオブジェとなって広場に飾られた者もいた。

 寄生星きせいぼしの侵蝕は、もはや管理局の薬では止められない。子どもたちは、超新星爆発を起こして息絶えていく。

 ライカは静かに瞼を伏せ、恐怖心を殺そうとした。平等に訪れる死が、たまらなく恐ろしくなった。

 パキリ、パキリ。少年の細い血管を這うように寄生星きせいぼしは成長していく。左腕が蒼い鉱石と同化している。

 歩を進めるたび、蒼の結晶がぱらぱらと白煉瓦に舞い落ちた。神経のパルスを遮断されたのか、左半身は、少年の脳に何の感覚も伝えない。

 今日は、兄の誕生日だ。祝い事を嫌う彼は、いつも通りの日常を過ごすのだろう。

 管理局の鐘とともに起き、紅茶を淹れ、新聞に目を通し、弟の部屋へ向かう。そして、見つけるのだ。空になった寝台を。

(誕生日おめでとう)

 漆黒のケープが風のあおりを受け、空へ広がる。鴉のように小さな翼を広げた少年は、静かに微笑んだ。

「兄さん…、だいすき……。もっと、一緒に……」

 少年の言葉は、しかし、最後まで続かなかった。寄生星きせいぼしが視野を奪う。視界が一気に蒼に染まる。

 蒼いフィルターを通して見る太陽は、おかしな色をしていた。ライカは鉱石の罅割ひびわれる音の中に、管理局の鐘の音を聞く。

(ずっと、一緒に、居たかった……)

 少年の身体がぐらりと傾く。重心を失ったアクアオーラの塊は、重力に引かれ、ゆっくりと塔から落下した。

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