第二酒 『響』二章

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「もしかして騙しました?」


「何のことじゃー?」


「このウイスキー、動画の為に買ったとっても貴重な物なんですよ?ああ、もうこんなに減ってる!」


「ふふっ、美味だったぞ人間。確かに昨夜のういすきーよりも濃厚であった」


 24面カットボトルの中身は半分を切ろうとしていた。この狼絶対わからせてやる、見事に乗せられてお高いウイスキーを飲まれた紫は復讐を心の中で誓った。


「それで記憶は戻ったんですよね?せめてお値段分記憶を取り戻して下さい!」


「うむ、一つ思い出したことがある。あれは、たしか陸奥に赴いた時じゃったか。旨い酒を飲んだような」


「陸奥?あのあたりだと宮城県かな……確か日本酒の名所だし。うーん、それだけじゃ銘柄を特定するのは難しいですよ。他に何か思い当たることありませんか?」


「……ああそうじゃ、知り合いの神に挨拶がてら現地の酒を買って持って行ったのじゃ。其奴が覚えておるかも知れぬ」


 悩んだ末、おおかみさまはそう告げた。他にもいるのか『神様』。どんな感じ何だろうと内心驚きつつも、紫は嬉しそうに応えた。


「本当ですか?なら連絡をとれば……神様ってスマホ持ってないですよね、どうやって連絡とるんですか?もしかして式神を遣わすとか?すごいファンタジー感!」


「あほうか汝は。我にそんな力が残ってると思うのか?――ふむ、そうじゃな。人間、名は何と申す?」


 紫は不意に名前を聞かれ、動揺したが自身の名をおおかみさまに告げた。


色上しきかみ紫です」


「なかなか良い響きの名ではないか。――では、紫よ。汝に神託を下そうぞ。我を陸奥に連れていき、記憶に残る酒を探し出して我に飲ませるのじゃ!」


 凛とした宣言が1RDKに反響した。得意げに腕を腰に当て、胸を張るおおかみさまとは裏腹に紫は深いため息をこぼした。


「――あのそれは拒否した場合、何か天罰が下るとかですか?」


「なんじゃあまり嬉しくなさそうじゃな?」


「それはそうでしょう!確かにおおかみさまがちょっと不憫だと思ってウイスキーは飲ませてあげましたよ、約束でしたからね。

だけどその御告げは私にメリットないじゃないですか。大体おおかみさまお金あるんですか?私も割と生活カツカツで回してるんできついんですよ。それとも何かご利益があったりするんですか?」


 未だにウイスキーの件を根に持っている紫は、断固拒否する構えだ。


「汝、細かいことを気にするのう?我の神託を貰えるだけでむせび泣いて喜ぶ程の栄誉だというのに」


 不遜な人間じゃ、不遜っと深いため息をつきながらおおかみさまは考え込む。


 少しの間をおいて、おおかみさまは何かを閃いたようだ。いたずらを思いついた幼児の様な無邪気な笑顔で紫に提案する。


「ふむ、では汝が酒を見つけることができたならば、我が直々に汝の『どうがはいしん』とやらに力を貸してやらんこともないぞ」


「謹んでお受けいたします。何なりとお申し付けください、おおかみさま」


 間髪入れず、手のひらを返した紫はおおかみさまに跪いてこうべを垂れた。こんな妖艶な美女が動画に出てくれたならば、再生数100万回再生は堅いだろう。登録者数もうなぎ登りに間違いない。そのためになら背は腹に変えられない、私はこのチャンスを掴み有名配信者になってやる!


 そう決意した紫は、このおおかみさまを宮城に連れていく使命を受けるのだ。

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