第三酒 『鳳陽』

第三酒 『鳳陽』一章

 1



「じゃあ行きますよ。3,2,1……」


『にに、人間共!さ参拝ご苦労、わえは!……無理じゃ、一旦止めてくれ!』


 カメラ前でおおかみさまは盛大に噛んだ。赤面してレンズを手で覆う姿も可愛いのずるくないか?そう思いながら録画を停止させた紫は不満そうに言う。


「さっきまでノリノリで台詞考えてたのにどうしたんですか?」


「いや、違うのじゃ。最近人間と全く話しておらんかったし、この『ごーぷろ』とかいう絡繰りを向けられると調子が狂う!大体何なのだこのわずらわしい衣装は」


 おおかみさまはロングプリーツスカートの裾を抓みながら顔をしかめた。秋色のアウターを肩に羽織り、耳を隠すためにニット帽を被った姿は、新幹線のホームを行きかう人が振り返ってしまうほどに可憐だ。


 対する紫はタイトパンツにニットセーターとカーディガンでラフなスタイルだ。背丈が近かったため自身の服をおおかみさまに着させたが、私より着こなしてるよこの神様……。


 何だろう、敗北感を感じる……紫は気分を切り替える為に髪を結う。ショートボブに薄紫色のインナーを入れた髪型は、気に入っているしトリートメントが楽だ。おおかみさまも綺麗な銀髪だしトレンドのヘアスタイル試してみたいな。そんな密かな野望を抱いていると仙台行の新幹線がホームに滑り込んできた。バイトを増やし、友達との付き合いも断腸の思いで断って旅行費用を捻出した。やっとのことで取れた新幹線に乗り遅れたら目も当てられない。


「普通の人間は狼の尻尾と耳は生えてないんですよ。見つかったら何処かの研究機関とかに連れて行かれそうだし、大事になるから帽子被ってて。もう新幹線来ちゃうので荷物とお弁当落とさないように持って下さい」


わえに荷物を持たすなど不遜じゃが、この貢ぎ物で大目に見てやろう。この『しんかんせん』とやらは凄いのう、瞬く間に陸奥まで行けるとは恐れいったぞ」


 おおかみさまが駄々をこねたため購入した駅弁が懐を更に寒くさせたが、窓を流れる風景を見ると次第に心が弾んでくる。


 平日は大学のため週末を選んだので車内は少々混雑していた。空いている自由席に腰かけた1人と1匹はそそくさと荷物を棚に乗せて駅弁に手を掛ける。


 おおかみさまは魚介類の宝物館のような海鮮丼を前に大層ご満悦だ。赤身がテラテラと光り、金色こんじきの錦糸玉子、透き通った刺身に山葵を着けて口に運ぶ。


「んん……、頬が落ちる!川魚を丸のみするのも悪くないが、人間が作る料理は格別よな。やはりこの姿だと狼の時より繊細な味までわかってよいのう。胃が小さいのが玉に瑕じゃのう、少量しか食べられぬ。そういえば昔もこうやって人間の姿に化けては麓に降りて人間の料理を食べたものじゃ」


 染々と味を噛み締めるように駅弁を食べている横で、紫はタブレットを操作しながら手頃なサンドイッチを頬張る。


「おおかみさま、知り合いの神様は宮城の山にお住みなんですよね?Googleマップでどこら辺か分かったりしませんか」


「ううむ、大体この山岳地帯じゃな。目的の酒も近くで買っていたはずじゃ」


 おおかみさまは見せられたマップを流し見して生返事した。完全に意識が海鮮丼に行ったままだ。


「ちょっと、大雑把すぎですよ。うーん闇雲に捜すのにも時間が足りないしなあ」


「ふむ、あまり心配せずともよい。いかに力が弱まろうとも彼奴きゃつが近くに居れば気配でわかる。紫は酒を探すことに専念せよ」


 駅弁をぺろりと食べ終わり満足そうに言うおおかみさまは、流れる外の風景を興味深そうに見つめている。ずっと山奥に籠ってたんだろう、現代の風景も物珍しいのかな。そんなおおかみさまを内心微笑ましく思いながら紫は平静を装う。


「そうですか、なら付近で飲めそうなお酒を探してみますね」


「うむ、頼んだぞ紫」


 紫の方にくるりと振り返り、嬉しそうに微笑むおおかみさまをまた可愛いと思ってしまった紫は、食べ掛けのサンドイッチを口に詰めて誤魔化した。





『こんスミー、皆今日も飲んでる?飲んべえ配信者のスミレだよ!今日は告知してた新メンバーを紹介するね、空ちゃんー出番だよー』


『何処のどいつじゃそれ、紫なぜそんな気色の悪い声を出しておるのじゃ?』


『や、やだな空ちゃん。スミレはいつも通りでしょ、さあ自己紹介してね』


『大体、我は神ぞ。人間共は知っていて当然なのじゃ。頭を垂れて我を崇めよ!』


 仙台駅に着いた一行は、失敗していたop映像の撮影に勤しんでた。東北の玄関口とも言われる仙台駅は名を体で表すような立派な建築であり、老若男女多くの人が忙しなく行き来する。


 また米どころとしても有名な宮城県は、かの伊達政宗公も愛した日本酒が数多く作られている。紫も前々から行きたいと密かに思ってはいたが……。


『ーーもう、配信なんだから名前変えるに決まってるでしょ。台本どおりやってよ、この金食いポンコツ狼!』


『な、なな!我をぽんこつと言ったな。あーもう怒ったからな、天罰下すぞ!汝だって我を雑に扱いすぎじゃ、我は神なんじゃからな!この守銭奴、けち!』


『ああそれライン越えだからね、大体おおかみさまが我が儘言うから……ってああもう、録り直さないと』


 我に帰った紫は今だ眉を吊り上げそっぽを向くおおかみさまを横目にGoproを操作する。つい大人げなく反論してしまったが、元来昔話に出てくる神様って我が儘な性格だったなと思い出した紫はグッと我慢して譲歩することにした。


「おおかみさま、すいません少し言い過ぎましたね。ごめんなさい機嫌直して下さい」


「やだね、我は怒髪天を衝いておる。天地がひっくり返っても我の機嫌は直らんぞ!」


「さっき通りすぎる時にチラチラ見てたずんだシェイク買ってあげますから」


 紫は仕方なく最終手段である『甘いもの貢ぐ作戦』に出る。これも全ては私が超絶神配信者になるまでの我慢だ。少しの貢ぎ物で神様が動画に出てくれるなら厭わないぞ!


「ううむ……貢ぎ物かあならば許してやらんこともないぞ。あーあ、我さっき海鮮丼食べたからお腹いっぱいなんじゃがなー仕方ないのう。ほれ疾く向かうぞ、売り切れてしまったらどうするつもりじゃ」


 完全に背を向けていたおおかみさまは機敏に踵を返して紫の手を掴んだ。このおおかみさまチョロいな……出会ってここ数日で何となく手綱の握り方を理解し始めた紫は、腹ペコおおかみに手を引かれながら不敬にもそう思った。


「で、まずは電車で山岳地帯に向かおうと思うんです」


 ずんだシェイクを飲みながら二人はこれからの日程を再度確認していく。枝豆擂り潰して味を足しただけでなんでこんなに美味しくなるんだろうか。タピオカよりカロリーも少ないし私的にはこっちの方が飲みやすい気がする。


「うーむ。その前に紫よ。些事なのだが聞きたいことがある。汝、蛇は苦手か」


 紫がずんだに想いを馳せていたところ唐突におおかみさまが質問をぶつけてきた。


「いえ?大して見たこれは有りませんが別段嫌いという訳ではないです」


「なら良い、酒なのじゃが此処に来たお陰で少し思い出してきたぞ。日本酒じゃ、頃は人間が刀を振り回していた時代であったか」


 宮城の風を浴びて、懐かしむように目を細めたおおかみさまがそう告げた。その瞳には遥か昔の光景が流れているのだろうか、おおかみさまの横顔は少し寂し気にも視えた。


「刀……侍って事かな?日本酒でそんなに昔なら絞られてくる。それにおおかみさまが言ってた山岳地帯の近場で考えたら……」


 タブレットの『スミレのマル秘お酒情報』を開く。スミレこと紫が各地で気になっている日本酒を纏めているフォルダで、今回の宮城旅行のためにしっかり調査し吟味したデータに目を通す。そしてその『思いでの酒』を見つけたのだった。

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