第10話 事実と真実と嘘
アリッサは許可を得て、東野宮の地下に安置されている転移結晶を使用していた。転移結晶に刻まれていた魔術式は古代のものであるため、知識のないアリッサには判読不可能ではあったが、使用法だけは付添人が知っていたため、事なきを得た。
連絡を取ったのは、エルドライヒ合衆国の国家代表を務めているリリアナ・エルドライヒ氏であり、アリッサが既知の人物であった。文字による合図を行い、しばらく待機してから音声による通信を行う。
巨大な魔術水晶である転移結晶を使用することで、アリッサたちが所持している通信用の魔術水晶では連絡できなかった長距離も難なく行うことができた。
リリアナはアリッサからの通信に驚きこそすれど、事情を理解し、アリッサの良く知る人物であるパラドへの言伝を引き受けてくれた。その上、リリアナは、アリッサの要望を聞き、戦闘にも耐えうる純度の魔石をいくつか、アリッサへ転送を行ってくれた。
最後にアリッサは感謝を述べつつ、ここで一度通信は終了する。
そうして、定期連絡を終えたアリッサが向かったのは、魔道具を作っているというユリのラボラトリである。
このラボラトリは、ユリが独自に設計したこともあり、床やテーブルが耐可燃性と耐食性に優れた材質が使われており、かなり西洋に寄った形の部屋となっていた。
アリッサが部屋の中に入ると、まず目に入ったのはパープルの柔らかく長い髪を簡素なヘアバンドで留めている丸ブチメガネの女性である。女性は寝不足なのか、気怠そうな藍色のジト目でこちらを一瞥した後、何も言わずにすぐにショットガンのような大筒の武器の手入れに戻ってしまう。
だがアリッサはその女性から一瞬のうちに目を離すことができなかった。それは色白の肌の色や、服装、そして武器までもが、このヤマト国のものではなかったからである。しかし、声をかけようにも、女性はこちらに見向きもせず、コミュニケーションをとろうという姿勢はなかった。
そんな風にアリッサが苦慮していると、部屋の奥の方から誰かが駆け寄ってくる。それは元気に手を振ってこちらを出迎えてくれたユリであった。
「おー、来た来た。用事は済んだ?」
「おかげさまで、無事に……。それで、彼女は?」
「あー……いつも遠方で素材回収をお願いしている狩猟屋さんのクラレットだよ。彼女はわたしの親友だから気にしないで」
「あなたと親友になった覚えはないのですが、訂正してもよろしいですか?」
「えーひどいー。じゃあなんだっていうのさー」
「ギブ&テイクのビジネスパートナーです。それ以上でもそれ以下でもないでしょう」
「なんだとー」
アリッサを差し置いて、クラレットと呼ばれた女性に無邪気に襲い掛かっているユリに対し、アリッサは苦笑いを浮かべつつ、彼女が何者であるのか思慮する。
考えられるのは、キサラのように何らかの形で海外からこの地に移住して生計を立てている形である。ユリと親身にしているのは、優先的に貿易品である衣服や弾倉を買えるから……と考えるのが自然な形であろう。
「それで、早速で悪いんだけど、ユリの作った魔道具を見せてもらえないかな」
「魔道具? あぁ、カラクリのことね」
「だから言ったでしょう。海の向こうでは“マジックアイテム”と呼んでいると……」
「微妙に単語が噛み合っていないような……」
「まー、細かいことはいいじゃん。まずはこれ」
そう言いながらユリはアリッサを試すためなのか、灯篭のような魔道具を机の上に置いてアリッサに差し出した。
アリッサはそれを手に取り、一度、魔術式を確かめてみる。相変わらず、文字が判読できないため、何が書いてあるのかはわからないが、埋め込まれている魔石はやはり、あまりにも純度が低く、耐えうるものではなかった。
「燃料としているのはこの魔石?」
「あぁ、石のこと? それは燃料じゃなくて単なる術式を書き込んだものだよ。というか、燃料は大気中の妖力だからいらない」
「ということは、大気中からその妖力とやらを吸って、明るくなるわけだね」
「よくわかってるじゃん。さっすが、大見得をきっただけのことはあるね」
「やっぱり、試してたんだ……。ま、私は不幸な知らせを聞いちゃったわけだけど……」
「なーに、良い含むような言い方してさー」
陽気なユリに対し、アリッサは少しだけ目を細めながら、持っていた灯篭型の魔道具を机の上に置く。そして、今度は自分のマジックバックからランタン型の同系統の魔道具を机の上に並べて置いた。
「こっちが私の知っている灯りの魔道具だよ。たぶん、最終的な機能としては変わらないと思う」
「へー、これがー……普通のランタンだね」
「そうだよ。ランタンと同じで、液体燃料や電池の代わりに魔石が組み込まれてる」
「言っている意味がわからないから、もう少し詳しく」
まだ元気そうにしているユリを前に、今度は魔石の状態のものを取り出し、机の上に置いてユリに確認させた。
「たぶん、色々な知識の違いだと思うけど……それが精錬された魔石。鉄のように溶かして純度を上げたもの。魔道具の中にはこれが入っている。使用している魔術は、“トーチ”というごく単純な光属性魔術だけど、それを魔石に術式として組み込んで————————」
「ちょいストップ。もう少し、ゆっくり説明してもらえると助かる」
「えっと……ヤマト国で見たけど、天然に純度が高い魔石はあまり採掘されてないよね」
「まず、純度というのは?」
「そのままの通り、不純物濃度のこと……精錬していくと、より魔力を蓄えられたり、高出力に耐えられたりするようになる」
「なるほど……で、光属性っていうのは五芒星のこと?」
「まぁ、妖術の知識としてそういうのがあるのなら、合ってると思うよ」
「……で、それがどうして重要なの?」
アリッサはユリの手からランタン型の魔道具を取り、明かりを灯して見せる。
「この魔石に蓄えられた魔力を消費しながら魔術を持続発動させる。魔力はそれぞれ違うから、蓄電池みたいに、店で交換するかそれとも自分たちでチャージするかだけど……これがないユリの魔道具は少し奇怪なことになってる」
「電池が必要ないならその方がいいよね」
「もしかして、ユリは気付いていなかったのですか?」
武器のメンテナンスをしていたクラレットが手を止めてアリッサたちの会話に入ってくる。彼女は灯篭型の魔道具を一瞥しながら、困惑するユリの顔に視線を移した。
「気づいていないって何が?」
「たぶん、これも知識の問題だと思うんだけど……魔力……ヤマト国で言うところの妖力は私たちの地域ではもうちょっと細かく分かれているんだ」
「生物の体内にあるものを“魔力”。大気にあるものを“マナ”。そして、魔術を魔力で発動した後に大気に拡散するものが……“汚染マナ”。そう呼ばれてる」
「えーっと、つまり……妖力は全部同じだと思っていたこの国の理論が間違いってことであってる?」
「概ねその通り……あくまでも現在の知見では、という前提の話だけど」
「それが違っているとどうなるの?」
まだ気づいていないユリにため息を吐くように、クラレットはアリッサの解説した内容を補足する。自らの魔道具であるショットガン型の武器を微調整しながらするその動作はまるで、ユリを諭すようにも見えた。
「彼女が言う“汚染マナ”に該当するもの……それを生物が過剰吸収すると、この国で言う“怪異”になるんですよ、ユリ」
「————————えっ……」
「死体の傍で濃度が高いと一発アウト……特に、この国では一部を除き、都市結界などはないですから、汚染マナが街中でも充満しやすい環境と言えるのでしょうね」
「ちょ、ちょっとまって……でも、使っているわたしは何ともないよ?」
「それは、あなたが言うような“呪い”が起因しているからでしょう」
「あぁ、そっか……起源魔術か……それならば……」
「ちょ、ちょっとまって! 話について……いけてない」
明らかに動揺し始めたユリを前に、クラレットとアリッサは一度互いに目を合わせてどちらがしゃべるのかを決める。結果的に、それは譲られたアリッサが口火を切り直すことになった。
「推測で申し訳ないんだけど、あなたが言う“呪い”っていうのは、たぶん“起源魔術”の代償のことだと思う。私の友人にも常時発動している人がいるからユリも同系統なんだよねぇ……たぶん。—————で、あなたの代償を支払った分、得られたのは……」
「まさか……そういうこと?」
「うん……魔力を知覚できない代わりに、ユリは……汚染マナの影響を限りなく受けない体質になってる」
「は……はは……何それ……」
「彼女の言葉は真実ですよ。私が一度、触診したときに解析をさせてもらいましたが、あなたの体質はほぼ確実に治らない」
「わけ……わかんないよ……」
「“土着共鳴”……私はそう名前を付けました。なぜなら、あなたは……間違いなく、神樹という神の姫巫女なのですから」
「————————はい?」
思わず、アリッサも変な声を上げてしまう。それを見たクラレットは深いため息を吐きながらも、「あぁ、そう言えばあなたも姫巫女でしたね」と軽く笑い飛ばした。
「つまり、あの神樹様とやらがある限り、あなたは一生、魔術を扱えない」
「なん……で……なんでそんな重要な事黙っていたのさ!」
「言ったところで、あなたは何か変わりましたか? なにも変わらないでしょう」
「そうだけど————————ッ!!」
「私としても、まさか気づかずに、その魔道具を開発していたとは驚きでしたが……。恐らく、密閉空間で大量に使用すればユリ以外は汚染マナの影響を少なからず受けてしまうでしょうね」
「————————ッ!!」
ユリが奥歯を噛みしめて何かを言おうとして失敗する。
クラレットの言葉を要約するのならば、安寧京で見たあの大木が破壊されない限りは、ユリは一生、魔力を知覚することができない。そして、その神樹の破壊は、ユリの望むことではないため、言ったところでその方法はとらないだろう、ということだった。
加えて、最近頻発している街中での怪異出没や、外地での襲撃増加の原因は、ユリの作った魔道具が市場に出回り始めたことであった。
もし、ユリが起源魔術による特殊体質を持っていなかったのならば、開発段階で何らかの不調をきたして、この結果は得られなかった。だが、皮肉にもそのおかげで命が救われ、そして今の地位を手に入れた。
つまり、ユリは、大気が汚染されて公害になることを考えなければ、大気から無限に魔力を補充して魔道具を使用できるという驚異の体質というわけであった。蓋を開けてみればやはり、転生者としての事実が悪い方向に傾いていたことを知ったアリッサは、眉間にしわを寄せて考えることしかできなかった。
「どう……しよう……どう……すれば……」
「順当に考えれば、回収だけど……購入履歴もないこの地じゃ難しいかも……」
「私には関係のないことですね。私はただの狩猟者ですから……出てきた怪異を依頼通りに狩るだけです。もし、ユリが悩むのであれば、全てを捨てて私と逃げることもできますが、依頼しますか?」
「———————できない……。そんな無責任な事……。そ、そうだ! ハナに相談すれば!」
そう言いながらユリは飛び出すように部屋から出て行ってしまう。そのあまりの必死さにアリッサは、もう少しオブラートに包んだ言い方ができなかったのかと自責の念に駆られていた。
そんなアリッサとは正反対に、クラレットは丸ブチメガネの下の表情を一切崩さず、ただ淡々と事実を口にした。
「あなたが気に病むことなど一つもないですよ。いずれはこうなっていた……。あとは彼女次第です」
「そう……だね……」
「私が伝えていればこうはならなかった。あなたにその役目を押し付けてしまい申し訳ありません」
「いいよ、別に……私みたいに一期一会というわけではないんだし……」
「優しいのですね、あなたは……」
そう言って、クラレットは立ち上がり、自らの武器を背負って部屋を後にする。
彼女がいいだせなかった理由はその寂しそうな背中を見てアリッサは何となく察していた。恐らくだが、彼女はユリとの関係が崩れてしまうことを恐れていたのだと思われた。
彼女に何があったのかをアリッサは知らないが、クラレットにとってユリは、失いたくない親友であり、その思いが彼女自身の楔となり、言えなかったのだろう。
アリッサはそんな善意による事実の錯綜を知り、ただただ、奥歯を噛みしめるしかなかった。
◆◆
「許可できません————————」
「なんでさっ!」
城の天守閣の近くに位置する小部屋で二人の女性の口論がこだまする。それは、自らが市場に流してしまった魔道具のことを相談したユリとハナコの声だった。
「幸いにも流通数はごく少数の地方領主のみ。だとすれば、ここは無視するのが得策です」
「そんなことすれば犠牲者が!」
「それでも許可はできません。どうしてもというのであれば、こちらで何とかします」
「具体的にはどうするのさ」
「それは……」
言い淀むハナコを見てユリの表情が一層険しくなる。長い付き合いだからこそ、ハナコの誤魔化しに気づいてしまったのである。
「もういい。わたしが自分で回収する」
「ダメです。あなたがそんなことをすれば、国が揺らぎかねません」
そんな折であった、二人の珍しい口論を聞きつけたのか、欠伸をしながらウララが寝間着姿のまま部屋へと抗議に入り込む。
「ふあああああ! うるさいぞ……もう少し静かにできないのか」
そのあまりのだらしなさに、二人は一度口論するのを止め、思わず堪えるように笑いだしてしまっていた。それは数秒の静寂を作り出し、ひとしきり笑った後、ハナコはウララを世話するように元の部屋へと戻そうとする。
「とにかく、話はあとでしますから、あなたは下手な手を打たないように」
「わかったけど……」
乗り気ではないユリではあったが、口論をする興がそがれたこともあり、それ以上の反論はしなかった。だが、不安は隠しきれないでいるようであり、部屋から逃げるように消えていくハナコを見送った後、怒りに任せるように、自らの作った魔道具を拳で叩き潰し、苦虫を嚙み潰したような表情のまま堪えていた。
ハナコがユリを守るために反対していると露も知らずに……
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