第27話 花園に振る流星
「アリッサ————————ッ!!」
アリッサの耳に、聞きなれた優しくも力強い声が聞こえてきた。声がしたそこに立っていたのは、他の誰でもなく、イツキだった。
否————————
イツキだけではない。イツキともう一人……同じ体の中で、叫ぶ自らの友人……フローラがそこにいた。フローラのローズレッドの片目は黒く染まり、珊瑚色の髪も、一部が混ざり合ったように黒髪が伸びていた。
フローラは自身の手の中にある“アラドミステル”の形状を一瞬のうちに銃形態に切り替え、もみ合うように攻防を繰り広げているアリッサとテオドラムに銃口を向けた。そして、アリッサに誤射することを躊躇うことなく、その引き金を引いた。
直後、銃口から淡い赤色の光があふれ出し、弾丸は無数に拡散しながら周囲を埋め尽くしていく。アリッサは僅かに振り向いたが、それ以外はフローラの弾丸をまったく見ずに避け、空中を蹴り上げながら大きく一度跳躍して一時離脱する。
「“咲き誇れ”————————ッ!!」
拡散した弾丸は先ほどと同じように、周囲に舞いあげられた瓦礫を全て真っ赤な花びらへと変え、同時に、テオドラムの足元に展開された巨大な魔方陣から彼を取り囲むように炎の柱が噴出した。
しかしこの結界はテオドラムが魔力剣を横一線に薙ぎ払い、全てを凍り付かせると同時に容易く打ち消されてしまう。結果、炎の薔薇園はその輝きを見せることなく、一面の氷景色へと姿を変えてしまった。
「ぬるすぎるッ!! その程度の炎など、篝火にもなりはしないわ!!」
「————————でしょうね。けれど、篝火だって、時には大海すらも飲み込む業火にもなるッ!!」
氷が砕ける————————
否、砕けているのではなく、内部に取り込んだ花びらが氷を食い破り、それすらも魔力へと変換していた。それらはまるで吸い寄せられるようにフローラに集まり、体を貫き、溢れ出す魔力は彼女自身の肉体を傷つけ始める。
本来ならば、ここまでの魔力行使をフローラは行える才能を持ち合わせていない。それでも、それを可能にしているのは、フローラ自身の変質してしまった起源魔術に起因している。
イツキと意識と魂が溶け合ったことで、イツキが持っていた“アンフェアスワップ”は使えなくなった。その代わりに得た起源魔術……
“ゼロオーバー”
自分の中の何かを捧げることで、一時的に魔力消費を極限まで抑えることができる起源魔術。それ故に、フローラの黒と珊瑚色の入り混じった髪は、毛先から燃え上がり、腰までの長さから一気に肩まで燃え尽きる。
それでも、フローラは奥歯を噛みしめ、暴走するような魔力を全て己の武器である“アラドミステル”へと込めた。そして、大地を蹴り上げ、ブーツの飛行魔術を最大出力で使用するとともに、“アラドミステル”の形状を、第三形状……つまりは、鎌形状へと変形させた。
爆発的な加速でこちらに迫るフローラを迎撃するために、テオドラムは地面から無数の鉄杭を生み出し、進路を妨害する。だが、フローラはまるで星座を描くように縦横無尽に飛び回り、一瞬のうちにその距離を詰める。しかし、やはりそのすべてを避けられるはずもなく、鋭い鉄杭が防護魔術を貫通してフローラの脇腹を抉り、飛び続けるフローラの姿勢が一瞬乱れた。
けれども、ここで一つだけ奇跡が起こる。それは、抉られた脇腹は回復魔術を使用していないにも関わらず、白い煙を上げながらゆっくりと塞がりつつあることだった。それは単なる気まぐれの行為……その誰かが残した残滓がようやく華を開く。
フローラは即座に空中を蹴り飛ばし、乱れた姿勢を回転することで推進力へと変え、一気に距離を詰める。そして、直前で急停止するとともに、鎌形状の“アラドミステル”を、体を捻りながら大きく振り上げた。
「『ブライダル・レムナント』————ッ!」
フローラは咆哮すると同時に、加速の勢いを利用して力をためた“アラドミステル”を逆袈裟に振るった。テオドラムは咄嗟に魔力剣を前に出し防ぐことを試みる。だが、その防御すらフローラの鎌は真正面から打ち砕く。それはまるで魔力そのものが燃えるようであり、魔力剣を砕くように霧散させ、胸を逆袈裟に切り裂いた。直後、まるで傷口から噴火するように溢れんばかりの炎があふれ出す。
それはアッパースイングに振り上げた鎌の衝撃と相まってテオドラムの体を大きく打ち上げた。だが、それでも、相手を死に至らしめる程のダメージにはなっていない。けれども、それを理解してなお、フローラは顔を大きく上げて、自らの親友の名を叫んだ。
「アリッサぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! いっけぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
上空で何かが流星のように光る———————
それは迷うことなく、一直線に打ち上げられたテオドラムの元に突っ込んでいく。だが、テオドラムも吹き飛ばされている途中で、空中にいながらも体勢を立て直し、向かってくるアリッサの攻撃を防ぐべく、多重に防護結界を展開させた。
アリッサの『ドラゴンインパクト』では、防護結界ごと打ち付けることしかできない。『ヒートバンカー』でも、結界を一枚しか砕けない。そして、今更、アリッサは進路を変えることもできない。
それでもアリッサは一瞬のブレもなく、テオドラムの元へ腰のスラスターとベクトル操作を駆使して加速し、テオドラムに肉薄した。
「『ドラゴンチェインバンカー』ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア————————ッ!!!」
アリッサの両手に握られた“エツェル”がアリッサの魔力に呼応するように虹色に輝きだす。それは一瞬のうちに混ざり合い、そしてアリッサが結界に向けて剣を縦に叩きつけた瞬間、巨大な魔方陣が出現するとともに水面のようなエフェクトが連鎖的に生まれる。
それは正六角形を形作り、そこから、輝く魔力杭が射出され、一枚目の結界を砕いた。それとほぼ同時に、アリッサは振り下ろしていた剣にありったけの魔力を込めて完全に振り抜く。
直後、六角形の魔力杭の中心により巨大な魔力杭が生み出され、二つ目の結界と衝突して激しい火花を散らす。
まだ、変化は終わらない————————
それは一つ目の結界を砕いた六つの小さな魔力杭。
巨大な魔力杭を中心に据えたそれらは、機械的に、そして一糸乱れることなく巨大な魔力杭を中心に螺旋回転し、まるで相手の防御そのものを削り取るように次々と砕いていく。その砕いた魔力の残滓は、太い糸のように中心の魔力杭に螺旋を描きながらからみつく。
全ての結界を破壊し終えたその時には、中心の魔力杭は六角形の小さな魔力杭を支えにして打ち放たれる弩のようであり、水面のようなエフェクトと共に打ち出された瞬間、全てが爆ぜ消えた。
その魔術を防御にすべてを回したテオドラムが避けられるはずもなく、交差した両腕すら易々と貫き、テオドラムは胸元に大きな風穴を開け、地上へと叩きつけられた。だが、その強すぎる衝撃は崩壊しかけた帝城を爆心地からの衝撃だけで跡形もなく吹き飛ばし、周囲に被害が及ばないために展開されていた巨大な結界すらも衝撃のみで内部から弾き飛ばしてしまう。
結果、瓦礫が火山弾のように舞い上がると同時に降り注ぎ、地上へと降り注ぎ始めることなった。しかし、当の本人であるアリッサにはどうすることもできない。
先の攻撃で魔力を全て込めたことにより、白色に染まっていた髪は内側から弾けるように元の茶髪へと戻り、衝撃で舞いあげられた意識のない体は瓦礫と共に落下軌道に入り始めていた。
そんな、アリッサを守るため、フローラは奥歯を噛みしめ、自身を保護していた防護魔術を解除するとともに大きく大空へと羽ばたき、そして瓦礫を避けながらアリッサを空中で抱き留める。そして祈るように瓦礫に打ち付けられる体の痛みに堪えながら爆心地から離れ始める。
刹那————————
帝都全体を包み込むような巨大な緑色の魔方陣が展開された。それはあちこちで小さな竜巻を作り出し、瓦礫の落下速度を急激に弱め、同時に、数百か所にも及ぶ、誰もいない空間へと集められていった。それは、後輩が起こした後始末をする誰かの魔術であり、闘いの終わりを告げるゴングになった。
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