第16話 新生エルドライヒ合衆国



 数日後————————



 反乱軍が移動し、戦力を集結しているという場所を目指し、サラドレアは鎮圧軍を率いて進軍していた。しかし、相手の警戒線を越えているのにも関わらず、反応がなく、不気味に静まり返っていた。

 確かに遠方に、反乱軍が使用していたと思われる駐屯地などはある。だが、望遠鏡でよく観察してみると、人影は見えるが、明らかに様子がおかしかった。駐屯地内の人影全てが、誰一人、油断をしているように見えないのである。



 刹那————————



 サラドレアが状況を把握して、進軍停止を呼びかけるよりも早く、大隊の後方で小規模な爆発が起こる。被害状況は確認できていないが、現状から判断して、こちらの襲撃の情報が漏れていたことだけはすぐに理解できた。

 だが、所詮はその程度……ガリツィア伯爵軍という戦力を大幅に削がれた反乱軍など、今現在いる鎮圧軍の足元にも及ばない。たとえ、小細工を弄しようとも、その絶対的戦力差は覆るはずがない。



 そう、思っていた————————



 だが、前方の駐屯地にて旗が掲げられた瞬間にその予想は全て覆った。風にたなびくように掲げられたその国旗は帝国のモノではなく、その隣……ブリューナス王国のものであったからである。

 それは、盤上の全てがひっくり返った瞬間であった————————


 たしかに、帝国と王国は現在戦時中であった。しかし、王国と反乱軍は決して手を結んではいなかった。何故ならば、風前の灯である反乱軍に、王国が手を貸す意味がないからである。戦時物資を供与しようとも、そもそもの絶対数が少ない反乱軍には意味をなさない。つまりは、手を結ぶのならば、王国が一方的に損をする、ということである。



 ————————だが、それをブリューナス王国は飲んだ



 どんな魔法を使ったのかは不明であるが、現にこうして、反乱軍がいるはずの場所に、ブリューナス王国が待ち構えていた。そして、情報が漏れているが故に、退路を即座に断たれてしまった上に、現場が混乱し始めている。

 その追い詰められた現状に、サラドレアは『まったくしてやられたものだ』と誰かに対して悪態をつけた。そして、不敵な笑みを浮かべると、右手に紫電を纏う漆黒の大槍を生み出し、天に掲げるとともにこう宣言した。


 「敵が誰であろうとも、倒すべきものは変わらん!! 蹂躙だ!! 蹂躙せよ!! 我らの後ろに未来などない!! 進めえぇぇぇええええええええええええええええええええ!!!」


 少々、遅れた進撃の合図。だがしかし、サラドレアが誰よりも早く敵軍に突撃した様子を目の当たりにした帝国軍はワンテンポ遅れるようにして奮起し、ばらけるように次々に臨戦態勢に移行していった。


 突撃隊の戦闘に立ったサラドレアは数キロという距離を一分足らずで走り抜け、衝撃波と迸る紫電を弾き飛ばしながら大槍を投げ込む。その瞬間魔力の波が漆黒の大渦となり、雷弧を伴いながら王国軍駐屯地を飲み込もうと迫った。


 だが、その全てを穿つような魔力の大槍が駐屯地に到達する直前、誰かが割って入るように間に立ち、その人物に衝突すると、漆黒の衝撃波二手に分かれ、駐屯地を避けるように逸れていってしまう。


 遅れるようにしてサラドレアが衝突現場にたどり着き、その勇み足を止める。そして、土煙が晴れはじめ、大地が抉れた惨状に立つ存在を警戒し、左手に自らの身長を遥かに超える大斧を生み出した。


 そこには、たった一人……自らの体を覆いつくすような大盾と、敵を容易に刺し貫くランスをそれぞれの手に持ったフルプレートの誰か……。その人物はサラドレアの攻撃を防ぎ、白い煙を上げている盾からゆっくりと姿を見せ、静かに兜を取る。

 それは、隙だらけであるにも関わらず優雅であり、決闘前に素顔を晒す騎士の姿そのものであった。だが、その兜を取った素顔に、サラドレアは思わず眉をしかめてしまう。

 なぜならばそこにいたのは、ゆるくウェーブのかかった金髪を後ろでまとめ上げている女性だったからである。しかし、健康的な肉付きの輪郭や薄いピンク色の柔らかな唇とは正反対に、藤色の瞳は穏やかに見える一方で力強く輝いていた。


 「貴殿をエルドライヒ帝国4騎士が一人、サラドレア・バナデンブルグ殿とお見受けしたわ」

 「如何にも……。そのワシの一撃を傷もなく受け止めるとは……貴様は何者だ?」

 「オホホ!! わたくしの名前はミセス・ヴェラルクス。王国軍の指揮を預かるものですわ!」

 「フフフ……まさか、北方の英雄……血獅子ミセス・ヴェラルクスに相見えようとは……会いたかった相手がいないとわかって少々落ち込んでいたが、思わぬ邂逅よ」

 「会いたかった相手とはどなたですこと?」

 「お前より若い黒髪黒目の異国の剣使い……と言っても無名故にわからぬとは思うが」

 「あら? その方でしたら、わたくしも存じておりますわ。なにせ、親友ですから、オホホ!!」

 「そうか、ならば話が早いな。ワシはそやつと再戦するためにここに来た。悪いが、決闘などとという古臭い方式は嫌いでな。ルール無用で押し通らせてもらうぞ!!」

 

 サラドレアは挨拶など無用と言うように、生み出した大斧を縦に大きく振るい、上からミセスを押しつぶそうと迫った。それは太陽と重なるように輝き、紫電を伴いながら破壊の限りを尽くしていった。

 だが、それがミセスに届くことはない。そしてそれはミセスが受け止めたからでもない。誰かが二人の間に割って入るように武器を構え、下から受け止めていたからである。

 押しつぶすような衝撃波で地揺れが起こり、堆積した土砂が一瞬で舞い上がる最中、自らの攻撃を受け止めた人物をサラドレアは新たに認識する。

 それは王国式の軽装鎧に身を包む短めのツンツンとはねている金髪を持つがたいの良い青年。その青年が少々丸みを帯びた深紅の瞳を輝かせ、幅広のロングソードを大きく振るうと、力負けしたサラドレアの体は弾き飛ばされる。しかし、サラドレアは空中で身を翻すと、何事もなかったかのように距離を取って足から優雅に着地した。

 その隙に、ミセスは何事もなかったかのように、脱いでいた兜をかぶり直していた。


 「あら? 言っていませんでしたか? わたくしも古臭い騎士道ルールなどは大嫌いなのですわ。オホホ」

 「その剣……そしてその容姿……王国の勇者ユーリ・アトラクタか……成程、王国は本格的に我らを潰すつもりらしいな」

 「2対1を卑怯とは言わないでくださいませ。これは戦争なのですから」

 「笑止————————。望むところだ、相手にとって不足なし。存分に死合おうぞ!!」


 サラドレアは不敵な笑みを浮かべると、自らの魔力で多種多様な武器を周囲に生み出し、その一つである鎖鎌を手に取ると、まるで咆哮する獣のように大地を蹴り上げた。



 ◆◆◆



 同時刻———————



 エルドライヒ帝国北西、ブリューナス王国国境付近の街にて……

 各地に散らばっていた帝国に不満を持っている貴族たちや市民たちが広場に集まっていた。亡きガリツィア伯爵と北方グディタル侯爵の呼びかけに答えた各地の反乱軍が集結していた。それは、ブリューナス王国の支援を受け、自らで最後の一人になるまで立ち向かうために武器を取った兵士たち……

 それらが見つめる先は、未だに誰も立っていない演台。そこに立つはずの人物を待ち続けていた。


 そうして、待ち続けること数分……光すら通さない布のカーテンから誰かが、背中を押されるようにゆっくりと姿を現す。木製の階段を金属製のブーツで踏みしめ、誰かがステージの上に立つ。

 それは、彼女の体に合うように造られた軽装鎧に身を包むリリアナ・エルドライヒ帝国第一皇女。今、彼女の首には、行動を妨げる呪術具は存在しない。代わりに、緊張と不安に苛まれながらも、凛とした瞳で、一人一人の兵士を見つめる揺るぎないマゼンタの瞳が煌めいていた。


 リリアナは白い吐息をはいて、深呼吸すると、演台につけられていた拡声用マイクを自分の口の高さに合わせる。そして、もう一度深呼吸をすると、唇を震わせ、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


 「かつて、帝国にとある愚かな女がおりました」


 リリアナが口火を切った瞬間に、広間にいる全員の視線が一斉に集まる。それは静寂を生み、そして、誰もがリリアナの澄み渡るような声を聞き入り始めた。


 「父に認めてほしくて、周囲の人の顔も、崩れ落ちた足元も見ずに走り続け、そして何もなせなかった愚かな女です。————————しかし、その女は断頭台にかけられた最後の時に、もう一度立ち上がるチャンスを与えられました……。それは単なる偶然による幸福だったのでしょう。そのチャンスに縋った愚かな女も、単なる生存本能によるものだったのでしょう。でも、それの何がいけないことなのでしょうか—————ッ!!」


 リリアナが声を荒らげ、演台に両手をつく。その瞬間、鎧のアーム部分の金属が擦れ、小さな音を作り出す。


 「人は誰しもが、『生きたいと願う』……。それは皇族であろうとも、貴族であろうとも、平民であろうとも同じことです。幸福でありたいと……幸福であればよいと願うこともまた……同じです。それを願うことを否定する権利など、誰も持ち合わせてはない」


 リリアナは一呼吸置き、そしてもう一度口火を切り直す。


 「皆さんにとって、今の帝国はどうでしょうか————————。その当然の権利を持てているでしょうか。その権利を考えることができうるほど、心に余裕を持てているでしょうか……」


 リリアナの声を聞いている民衆たちは、何かを言いかけた口を閉じ、自分の胸に手を当てる。中にはリリアナの言葉に賛同し、首を振って否定するものもいた。


 「今の帝国は、民から幸福に生きようとする権利を吸い上げ、歪に成長をし続けています。それを知ったとき、私は当初……どうすることもできなかった。あなた方は、武器を取れたというのに、私は……震えて何もできなかった……。そんな時、とある人物が私の前に現れました」


 リリアナは場を和ませるために、苦笑いしながらマイクを手に取り、そして演台から少しだけ横に逸れる。それは、この場にいない誰かを、民衆の前に紹介するような仕草でもあった。


 「その人物は……各地を巡り……民の声を聞き……帝国に奪われ続けてきた権利を少しずつ取り戻していった……。我が妹、帝国第三皇女テロメアは……民のため、そして国を変えるため、戦い続けた……。その彼女の勇士に、私は哀悼の意を捧げます」


 リリアナは静かに黙祷し、しばし言葉を止める。やがて、ゆっくりと目を開けると、今度は演台の反対側へゆっくりと歩き、そして再びマイクを強く握り直した。


 「妹がこれほどまでに民に愛されたというのに、私はどうだったでしょうか……。そうです……私は、またしても妹に嫉妬することしかできなかった……。誰かの前に立つことも、誰かの死を前にして果敢に立ち続けることもできはしなかった。しかし————————」


 リリアナは声を荒らげ、もう一度前を向き、一呼吸置く間に聞き及ぶ民衆たちを一瞥する。


 「私は変わりました————————。左腕を失い、右眼が光を映さなくなり……大切な妹を失って、ようやく、変わることができました……。この私が変わったのです……。無能だと罵られ、父からも、部下からも、誰もが見放した私が、今、ここに立てたのです」


 リリアナはマイクを手に持ちながら、再び演台の中央に戻ってくる。そして、落ち着いた口調で、諭すように、続きの言葉を紡ぎ出す。


 「ならばどうして、帝国が変われないと言い切れましょうか————————。数千年にも及ぶ長い歴史……その中で生きてきた民の心……それらが何故、変わらないと言い切れましょうか……。そう……帝国は遂に変わるべき時が来たのです。私と同じように、大きく転び、立ち上がった今この瞬間……新たに生まれ変わる時が来たのです」


 リリアナは一度瞳を閉じて深呼吸をする。そして、熱くなった胸を叩き、そして強くマイクを握り締め直す。


 「帝国が搾取し続けてきた、『幸福に生きる権利』を取り戻すときが来たのです。そして、ここに集った勇士たちと、新たな時代の一ページを書き綴る時が来たのです。皆様の勇士は、新たな国の礎となり、あなた方の家族、そしてその先の子供たちに『幸福に生きる権利』を与えることでしょう。そのために、我々は武器を取ったのです。そのために、私は、ここに立ったのです……」


 リリアナが右手を掲げ、何かを合図する。すると壇上の後ろに兵士たちが駆け寄り、一斉に何かを掲げる。

 それは帝国の国旗ではない……ましてや王国の国旗ではない……。どこの国にも属さない、いくつもの星が描かれた新たな国旗。それを今、リリアナの合図で天高く掲げられた。


 「帝国第一皇女……いえ————————リリアナ・エルドライヒ国家代表として、今ここに……新生エルドライヒ合衆国の建国を宣言いたします!!」


 歓声が巻き起こる。それは、たなびく新たなる国旗と共に揺らめき、そして波紋のように大きくなっていく。だが、それに負けないほど大きな声で、リリアナは新たにもう一つ宣言を口にする。


 「前を向くときです。そして、我々で共に帝国を変えましょう。我らが敵は未だに変わることができない旧態依然の帝国ただ一つ……。さぁ、共に進みましょう! 我々は今この瞬間、エルドライヒ帝国に対し、宣戦布告を致します!!」


 歓声がさらに大きくなっていく。しかし、そのさらに大きくなった歓声にも負けず、リリアナはマイクを演台の上に置き、自らの腰に収めていたトネリコの魔術杖を大きく天に掲げた。


 「反撃の狼煙をあげなさい!! 我らが帝国の歴史に終止符を打つのです——————ッ!!」


 その掛け声と共に、反乱軍……新生エルドライヒ合衆国軍は進軍を開始した。

 それは、年が明ける直前の冬の日……帝国と王国、そして合衆国による戦火が拡大した歴史的な日であった————————




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る