第17話 神の鞭


 新生エルドライヒ合衆国の反転攻勢から約3日……

 ブリューナス王国、アストラル王国、ノルド協商連邦国の三カ国から支援を受けた新生エルドライヒ合衆国は、その勢いを緩めることなく各地で勝利を収め、徐々にエルドライヒ帝国首都ワルシアスに近づきつつあった。

 そんな最中、アリッサたちは一時的に最前線から離れ、旧ポスナーゼン公爵領の中心街ボルスカを訪れていた。

 その理由は、ブリューナス王国第三王女であるシュテファーニエに呼び出されたことであった。私兵であると言われるほど密接に付き合いがある彼女とは、開戦前から定期的に連絡を取り合っており、今回もアリッサたちの頼みを聞き入れたが故の呼び出しであった。


 シュテファーニエは旧ポスナーゼン公爵領の都市ボルスカの中心……公爵邸跡地に新たに建てられた小さな工房内にアリッサたちを招き入れ、未だに建設用接着剤の臭いが残る倉庫へ通す。そして、簡易的に設置された木箱にアリッサを含めた三人……つまりは、キサラとイツキもその木箱に座るように促した。

 そして自身も木箱に敷いた座布団のようなものに腰かけ、どこかから入れてきたコーヒーを片手に、首にかけたタオルで煤まみれの頬を拭った。


 「さて……一応は、ご要望通りの品を作ったわけだが……何か言うことは?」

 「頂いた防具や武器を壊してしまい申し訳ありませんでした」

 「うむ。殊勝な心掛けだな、キサラ君。まぁ、キミが無事で何よりだ。—————で、他に言うことはあるかな?」

 「忙しいのにすみません……」

 「そうだぞ、アリッサ。お前という奴は……あろうことか、この私にリリアルガルド随一の鍛冶師に連絡を取って、なんとかしろだのなんだの……随分とふざけたことを抜かしてくれたじゃないか……」

 「いやー、本当に申し訳ないです。こっちも手が離せなくて……」

 「そのあたりの事情は重々把握しているが、まったくこれだから……」


 シュテファーニエは何日も手入れがされていない頭を掻きむしり、視線をアリッサからイツキへと移す。シュテファーニエにとってしてみても、死んだフローラの体を持つイツキは奇妙に映っており、若干の困惑が見られた。


 「キミがイツキちゃんだな。事情は聞いている……このバカ共を支えてくれてありがとう」

 「姫様……アリッサはそうですが、わたしはそうではありません」

 「キサラさん!? 唐突な裏切り!?」

 「大丈夫ですよ。シュテファーニエ殿下……。それなりに仲良くさせていただいておりますから」

 「そうか……それなら良かった……。おっと、本題から逸れるところだったな。キミたちをわざわざ呼び寄せたのは他でもない。頼まれていたものが完成したからだ」


 シュテファーニエはその言葉と共に立ち上がり、倉庫の片隅に放置されていた台車を引っ張り出す。そしてアリッサたちの前に持ってくるとかけられていた布を勢いよく引張り剥がした。すると、そこには武器を格納する台座があり、その台座には、仰々しく、一本の幅広のブロードトソードが収められていた。


 呪文のような文字列が刻まれた両刃の刀身の間に不自然な空洞があるブロードソード。アリッサが感じた第一印象はそんなところである。だが、シュテファーニエに促されるまま、手に取ってみてわかる……

 グリップの握り具合や重心の位置などは、アリッサが愛用していた金属バットに酷似していることに……。それだけではなく、重さなども軽くもなく重くもなく、扱いやすいほどに調整されており、まさにプロフェッショナルな仕事ぶりと言っても過言ではなかった。


 「そいつは、お前が持つ“賢者グリーゼの腕輪”を柄にはめ込むことで真価を発揮する。そうでなければただの折れにくく切れ味の全くない鈍器だ」

 「腕輪をはめ込むとどうなる?」

 「魔力剣……そして魔術杖として扱える。出力を安定させているから、従来比の3倍ほど魔力を節約できるはずだ」

 「3倍も!?」

 「以前使っていた試作品の鈍器が酷すぎただけだからな……。改良型を作るならばもう少し緩やかにしか強化できない」

 「いや……もう壊さないから」

 「その言葉を信じられると思っているのか、まったく……」


 シュテファーニエはあからさまにため息を吐きながら、楽しそうに剣を握るアリッサに、置かれていた台座の下を開くように顎で指示をする。アリッサはそれを受けて、剣を横に用意されていた鞘にしまい込み、一度置くと、台座の下の収納スペースを上に開いてゆっくりと開けた。

 その瞬間、アリッサは驚愕のあまり、目を丸くしてしまう。

 なぜならば、そこにあったのは、頼んではいない新調されたアリッサの防具があったからである。何があったのかと、シュテファーニエの方を見ると、彼女は満足げに鼻を鳴らしていた。


 「私は、お金ありませんよ」

 「そいつはサービスだ。伝説の鍛冶師ララドスと繋いでくれた礼みたいなもの……。向こうさんと私で、意気投合してノリノリで作ったものだから気にするな。費用はこちらで持つ」

 「でも、私……まだ壊してないですよ?」

 「前の時は、付け焼刃の改良調整しかしてないだろう。今回のは、今のアリッサに合わせてフルモデルチェンジしてある」


 満足げに鼻を鳴らすシュテファーニエを横目に、アリッサが目線を防具へと移すと、たしかに、ネイビーと白が主体だったカラーリングの一部に、黄色のラインが追加されている。また、防具の裏側の破損しにくい箇所に、何やら宝玉のようなものがいくつか備え付けられており、今までとは一風変わったデザインとなっていた。


 「そいつはな……お前の思考を補助してくれる演算装置が内蔵されている。簡単に言えば関数電卓のようなものだ……。ヘッドギアの部分から思考を読み取り————————」

 「それヤバくね」

 「詳しいことは取説を読んでくれ。今できる最高のものを作ったと自負しているからな」

 「だったら……名前……付けなきゃ……」

 「名前ならばもう決めてある……そいつの名前は“ホライゾン”———————。果て亡き荒野へと挑むに相応しいからそう名付けた」

 「ちなみに、この剣は?」

 「それは……まだつけてないな。向こうでは試作13号とか……」

 「“エツェル”なんてどうですか?」


 アリッサとシュテファーニエの会話に挟まるようにイツキが口を出す。しかし、皆の視線が一瞬のうちにイツキに集まったためか、彼女は少しだけ困惑してしまう。けれども、そんな不安を振り払うように、イツキは堂々とした態度でもう一度口火を切り直した。


 「あたしの元の世界で、『神の災い』なんて呼ばれていた歴史上の人物の別名です。文明を侵略し、そして破壊するにはふさわしい名前だと思いませんか?」

 「ふむ……新しい時代を呼び込む破壊者か……」

 「二人とも人のことをなんだと……」

 「事実、化け物以外になんと呼ぶというのだ、アリッサくん」

 「あぁ、もう……じゃあ“エツェル”でいいですよ。シンプルな方が呼びやすいですから」

 「素直でよろしい……。さて、頼まれていたことはもう一つあるわけだが……」

 「姫様? 何か問題でも?」


 アリッサが眉間にしわを寄せているシュテファーニエを気遣い小首をかしげると、シュテファーニエは少し悩みながらも台車に乗せられた木箱をもう一つ運んできた。


 「もしかして、キサラさんに?」

 「いや、それは間に合わなかった。そうではなく……サイズが……」

 「ま、まさか————————ッ!!」

 「きゃ————————ッ」


 アリッサは我に返り、素早い動きでイツキの後ろに回り込む。そして、反応すら許さないほど正確無比に、イツキのたわわに実った二つの胸に触れる。布越しではあるが、両手に抱えきれないほど重量のあるそれは、以前のフローラに比べてワンサイズ程大きくなったように感じられた。


 「な、な、な、何するんですか!!」

 「嘘……さらに膨らんで……」

 「そうだ……。多少は余裕をもって設計していたが……ギリギリだな」

 「なん……だと……!?」

 「何がですか! 失礼な!!」

 「あー、ごめんごめん。いつまでもお古ってわけにはいかないし、イツキさんの武器や防具も新調するために頼んでおいたの」

 「それならそうと早く言ってください。まったくもう……」


 イツキは不貞腐れながらも、シュテファーニエが持ってきた木箱をゆっくりと開ける。するとそこには、今まで自身が来ていた戦闘用のドレスのような防具ではなく、似通ってこそいるが、僅かながらにデザインが違う箇所が多々あった。

 それは、所々に赤いステッチの他に、リコリスを模した布の造花の刺繍がレースに施されている点である。その他にはコルセットの代わりに、帯のようなものが用意されていることである。元々儀礼用のドレスであった印象が深いため、この光景はあまりにも奇妙に映ったことであろう。


 「そいつの名前は、“オルレア・ドライ”——————。勝手で悪いが、キミの亡き友人が身に着けていた防具の一部を拝借させてもらった。残念ながら破損が酷く、機能面は無理だったが、その分はある程度の調整を施してある」

 「————————ッ」


 イツキは、何かを言いかけた口を閉じ、そしてまた開く。しかし、喉の奥まで出かけた言葉は上手く声にならず、その場で掠れたような音しか響かせない。


 「気分を害したならば、こちらで破棄させてもらう」

 「いえ……そうじゃなくて……ごめんなさい……言い表すことができなくて……嫌じゃないんです……むしろ、とても感謝していて……」

 「そうか……それなら、開発冥利に尽きるというものだな」


 その場に立ち尽くすイツキを横目に、シュテファーニエは柔らかく微笑むと、ドレスの横に収められていた武器をよろけながら持ち上げた。それは、ごつごつとした四角いデザインのショットガンのように見えた。


 「こいつも一応、付けておく。使い方は、普通の拳銃とそう変わらない。けど、この横のスイッチを押して出てきたレバー引けば……」


 シュテファーニエが実演するようにショットガンの横の短いレバーを操作すると、撃鉄に相当する部分が真っ直ぐ伸び、短めの柄の杖へと変化する。


 「そして、もう一度このレバーを少し下に入れながら、棒の部分を折り曲げれば……」


 シュテファーニエは言葉通りに操作を行う。すると今度は杖の形から先端に重心がある鈍器のような形になった。その上で、シュテファーニエが若干の魔力を込めると、柄の部分には枝分かれした一本のハンドルが現れ、棒先の元々の銃口にあたる部分からは三日月型の刃が噴出した。


 「このように鎌のような形にもできる。どう扱うかはお任せする。4バルブ直列2気筒加速燃焼魔術銃杖、通称“アラドミステル”——————。名目上はガンロッドのため、もちろん、そのまま銃としても、杖としても扱える。だが……この最後の鎌の形態の時は銃としての機能は失われているから注意してくれたまえ」

 「姫様……そこまでのものを作る時間があったのならば、わたしの武器も……」

 「何を言っているのかね、キサラくん。キミは……壊したんだぞ?」

 「ごもっともです……」

 「あ、あの————————ッ!!」


 キサラとシュテファーニエが会話をしていると、イツキが意を決して声を張り上げて会話を制した。


 「ご用意くださり……ありがとうございます」

 「無理はしなくていい。別段……使わなくとも……」

 「いえ、ありがたく使わせていただきます。これじゃなければ……ダメなんです」

 「相手が相手だからな……。それで、お三方に聞きたいのだが……。件の皇帝テオドラムに対しての対策はできているのか? あの起源魔術の対処ができなければ、いくら武器を強化しようとも無意味だぞ……」


 シュテファーニエの呆れたような声を聞き、アリッサを含めた三人は同時に顔を合わせ、その上でほぼ同時に苦笑いを浮かべた。そして、呆れ顔のシュテファーニエの気も知らず、アリッサは半笑いして答える。


 「それは……まぁ……ね?」



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