第11話 トラブルは向こうからやってくるⅡ


 あたしとレムナントが会話をしながら料理を待っていると、唐突にドアが開け放たれ、来店の鈴が店内に鳴り響く。もちろん、それは当然のことであるため、こちらは気にせず会話を続けていると、大きな影が二つ、こちらに伸びてくる。

 時間差的に、迷わずこっちのテーブルに着ていることが見受けられたため、念のため確認すると、そこには豪華そうなアクセサリーを付けた男が一人と、気怠そうにきょろきょろと店内を見渡しているニット帽の男の計2人が立っていた。

 身長的には、今のあたしと同じぐらいであり、この世界の人々に比べてかなり小柄……加えて、ゲームみたいな配色の髪や瞳が見受けられたこの世界では珍しい黒髪黒目……どう考えても日本人のように見える。


 「『ひゅー、美人二人じゃん。殺すのは惜しくね?』」

 「『ま、おれの好みじゃないし、好きにしていいよ』」

 「『ありー。じゃあ、遠慮なくもらうぜー』」


 そんな会話が聞こえてくる。やはり喋っている言語はこの地域の言語……レムナントが言うには共通エルドラ語ではないらしい。むしろ、あたしが理解できる日本語であった。男たちは会話の内容をこちらが理解できていないと思い込み、へらへらと笑いながらテーブルに手をついて自分を主張してくる。


 「はなし……ちょっと……いい?」


 たどたどしい共通エルドラ語……しかしながら、店の奥に消えていった店主は、こちらのことを陰ながらおびえた様子で見ている……。何となくだが、こいつらが店主の嫌う『あいつら』という人種で間違いないと理解した。

 そのどうしようもない人種は、こちらが無視していると、品定めするかのように体に触れようとする。それも、頬などではなく、胸部に向けて、服の隙間から手を入れようとしてきた。

 当然、こちらはその手を払いのけて、相手を睨みつける。すると、それすらも面白がるように派手な服装をした男は鼻で笑った。

 次の瞬間、座っていたイスを蹴り飛ばされ、あたしは何もできずに床へと倒れることになった。しかもそれだけでなく、ニット帽の男が手をこちらにかざした瞬間、黒い革製のベルトのようなモノが体中にまとわりつき、身動きが取れなくなる。


 「『生意気はだめだねー。ま、その表情が歪む姿が楽しいんだけどさー』」

 「『なぁ、おれもやっぱり混ざっていい? メガネ取ると美人じゃね?』」

 「『つーか、エルフ耳じゃん。大当たり的な?』」

 「『前は譲るから、後ろはいただ————————』」


 ニット帽の男の声が唐突に途切れた。驚いて言葉を止めたのではない。気道を通り、喉で空気を震わせることが物理的にできなくなったから、声が止まったのだ。

 まるで、止まっていた時間を動かすかのように頭部が上に弾け飛んだニット帽の男の体から、血液が噴水のように吹き出し始める。


 「『————————へ?』」


 それを成した人物……レムナントは呆けている残った男を無視して、倒れているこちらに近づき、黒いベルトのような拘束具を、右手に持った黒い脇差で一瞬のうちに全て切断した。


 「だから、言ったでショウ。首を突っ込むとロクなことにならナイって……」

 「時間差的にあたしのせいじゃなくない?」

 「『タカシ! タカシ……お前……ざっこ……。緊縛プレイを楽しめるから一緒にいたのに雑魚過ぎだろ』」


 こちらの会話を無視して、派手な衣服を身にまとった男は血まみれの服を気にしながら何やら喚き散らしていた。だからこそ、あたしは、聞こえるようにあえて日本語で文句を言って見せる。


 「『キモイ……というか、ダサすぎでしょ……何その服装……汚い顔と合ってないし、服に着られてる。というか、血で汚れてようやくつり合いが取れた感じ?』」

 「『テメェ……なめてんのか?』」


 あちらは煽り耐性がないのか、こちらが日本語を使用したという事実すら認識していない。あたしはそんな男をあざ気笑うかのようにゆっくりと立ち上がり、目線を合わせた。男の身長と、あたしの身長は比べてみるとこちらが勝っていた。

 そんな無駄などんぐりの背比べをやっていると、後ろからレムナントが男の体を切り裂くように刃を振るう。しかし、男は棒立ちのまま、何もしなかった。


 直後、レムナントの刃が男の体にぶつかるが、鳴り響いた音は肉を引き裂くような音ではない。まるで鋼を叩いたかのような甲高い音……かなりの衝撃が走り抜けたはずなのだが、男の体に傷一つないどころか、その場から一歩も動いてない。


 「『テメェら、ぶち殺し確定だ。オレさまの“無敵”はなぁ。最強なんだよッ!!』」


 あたしは無防備になったレムナントの腕を引っ張り相手の大振りな攻撃を無理矢理避けさせる。だが、警戒した割に男の拳は木製のテーブル殴りつけて止まる程度で、そこまでの攻撃力はなかった。加えて叩いた手を痛そうにしながら振っていた。

 井の中の蛙とはこういうことを言うのだろうか……。最強とは名ばかりで、あまりにも脆弱すぎる。この程度ならば、洞窟の中にいたモンスターの方が圧倒的なまでに強かった。


 とういうか、改めて冷静になってみると、殺された男に対して動揺していない自分が恐ろしい……。それもこれもスタート地点があの洞窟だったせいだ。あの中では無策に挑んだ人間の慣れ果てなんて至る所に存在したし、それを倒したこともあった。

 血液は……たぶん、生前で自分のものを見過ぎたせいかもしれない……。


 「ふせて————————ッ!!」


 唐突に聞こえた声であたしはレムナントの体を引っ張って頭を下げる。すると、その直後に、乾いた発砲音が数発鳴り響く。このファンタジー世界に銃が存在したことが驚きだが、それ以前に、発砲しているのが同じ日本人の黒髪長髪の女性だったことに思わず口を開けてしまう。


 「『あぁん? クソマジメ委員長かよ』」


 だが、両手でしっかりと構えた拳銃を撃ち尽くしてもやはり、男は止まろうとしない。だが、それでも女性は止まることなく、こちらに向けて怒号を飛ばす。


 「今のうちに逃げて!!」


 なれていないためイントネーションなどが少したどたどしい言葉だったが、こちらに意味は伝わった。その言葉に反応し、いち早く立ち上がったレムナントはこちらの手を引いて動こうとする。

 しかし、あたしはその手を払いのけて、不敵な笑みを浮かべた。


 「何をやっているのデスか!?」

 「レムちゃん……覚えておいて……現実問題として、“絶対”なんてことはないんだよ」


 あたしは、床を蹴り飛ばして、完全に油断した男の背中に迫った。飛び込む動きから、動作までの無駄のない動きはあたしのものではない。完全に、この体が憶えている動きだ。

 しかし、それでもまるで流れるように相手の手首を掴み、アームロックに移行する。そして、足払いと共に、倒れる相手の体重を利用して、文字通り、相手の右肩の骨を外した。


 「あがぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 痛みで悶絶した男の絶叫が店内に響き渡る。

 あたしは倒した態勢からまるで踊るように動き、そして、頭部に対してヘッドロックをかけていた。男は苦しそうにもがくが、完全に技が決まっている上に、こちらの腕力の方が遥かに強いのか、脱出することができない。残った左手でもがくようにこちらを殴ってくるが大した痛みもない……。

 ちなみに、相手が言うような“無敵”が効かなかったのは、他でもなく、ここがゲームのような単純な世界ではなく、現実であるからだ。殴った拳を痛めたように、内部に働く力は無効化できない。なんせ、体を動かすために必須なのだから……。加えて、もがくたびに余計に腕が内側に入り込むため、自分で自分の首を絞めているに等しくなる。

 だから、打撃は効かずとも締め技は十分に有効であると考えたが、どうやら正解のようであり、なんともまぁ……あっけない“最強”だった……。









 「イツキ……もう……。死んでマス……」

 「え————————ッ!?」


 まだ、意識を落とすまでの時間は首を絞めていないはずだ。でも、レムナントがそう言ったのなら、確かにそうなのだろう……。

 あたしは寝技をかけていた体勢からゆっくりと相手を放して立ち上がり、状況を確認する。首を絞めていた男の瞳孔は完全に開き、口元にはわずかながらの液体が付いている。

 返り血が付いたせいで、あたしの服も真っ赤に染まり、手のひらを見れば興奮か、それとも恐怖のためか、震えが止まらなくなっていた。


 吐き気がこみあげてくる————————


 それは、上がり過ぎた血流を無理矢理に覚ますためのものなのか、それとも単純に、初めて人を殺したことに動揺してしまったせいなのかはわからない。幸いなことに空腹だったために何も出てこないが、嚥下は止まらなかった。


 「イツキ……大丈夫デスか?」

 「大丈夫だよ……たぶん……」


 あぁ、洞窟の中で自覚したのに、いつの間にか忘れていた……。ここは誰もが夢見るファンタジー世界などではない。血生臭い人間の歴史の上に造られた普通の世界だということに……

 あたしが死体を見るたびに目を細め、体調を崩していると、拳銃で援護射撃をしてくれた女性がこちらに歩み寄り、たどたどしい言葉で話し始める。


 「わたし、あなたたち、味方。こいつらの敵……」


 あまりにも言葉が拙く、聞き取りづらかったため、あたしは一度深呼吸して何とか感情を抑えつつ、無理矢理にでも笑顔を作る。そして、相手が話せるであろう日本語に切り替えて会話を試みた。


 「『無理にこちらの言葉を話さなくても大丈夫です。あなたは……いえ、あなたたちは?』」


 相手が少しだけ驚いたような表情を見せたが、即座に安堵したような態度を取り、女性も日本語で返答を始める。レムナントには聞き取れないだろうが、今は仕方ない。


 「『日本語……喋れるんですね』」

 「『色々ありまして……。あなたとこの人たちは同郷のように見えますが、違いますか?』」

 「『そうです。彼らとは……同級生でした……』」


 その言葉を聞いた瞬間、あたしは眉間にしわを寄せて、目線を逸らす女性を睨みつける。だが、それで何かあるわけでもないため、今はとりあえず、すぐに微笑んで場を和ませる。


 「『とりあえず、移動しませんか? ここでは、お店に迷惑が掛かります』」

 「『そうですね……お名前をお伺いしてもいいですか?』」

 「『イツキです。あなたは?』」

 「『カスミです。もしかして……同じ日本人ですか?』」

 「『いいえ、違いますよ』」


 カスミと名乗った女性に嘘を織り交ぜつつ、とりあえずの指示に従う。彼女が言うには、この街でレジスタンス的な活動をしている拠点があり、『そこに一時的に避難する』そうだ。

 にわかには信じがたいが、今はそれで納得しつつ、レムナントにはこちらから説明して同行してもらった。



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