第10話 トラブルは向こうからやってくる


 風呂上がりにコンセントのないドライヤーのようなもので髪を乾かし、衣服を着替え直す。替えの衣服はマジックポーチの中に入っていたのだが、緊急用のものなのか、綺麗に畳まれていたため、今まで残していたものだ。

 レムナント曰く、この替えの衣服に防具的な効果はないため、本当に無防備になるらしい……だが、街に入ってしまった今ならば、そんな心配は不要である。

 それしても、やたらと厚みがあるテレビや、乾燥機、ドライヤーなどがある当たり、ここが本当に異世界なのかと疑いたくなってしまう。もしかしたら、本当にスマホとかもあるのではないのだろうか……


 そんな疑問に耽っていると、いつもの白無垢を脱ぎ捨てて、厚手のコートを着ているレムナントが顔を出した。彼女もこちらと同じように冬物の庶民的な西洋の衣服を身に纏い、出かけようとしているようである。


 「どこか行くの?」

 「防具の修理デス。ついてきマスか?」

 「いくー」


 軽い返事を返しつつ、あたしは寝転がっているベッドから体を起こし、レムナントを追うようにして部屋の外に出る。そして、導かれるまま外に出ると、雪が降りだしていた。

 来るときもうっすらと積もってはいたが、本格的な雪を見るのはここにきて初めてなのかもしれない。石造りの建物と雪は非常にマッチしていて、日本にいた頃では味わえないノスタルジックさ感じさせた。


 結局、防具店に最優先に立ち寄り、自らの命を何度も守ってくれた防具に一時的な別れを告げる……。その後、あたしが誘う形で、街での買い物に繰り出すのだが、何故だが、レムナントが予想以上に乗り気であった。


 そんなこんなであたしとレムナントは財布を片手に街を練り歩く。お金は……最初からマジックポーチに財布ごと入っていた。几帳面に、支出監理されたノートまで一緒に出てきたのだが……


 「レムちゃんは何買うの?」

 「そうデスねぇ……。当面の食料と消耗品、医薬品もできれば欲しいデスね」

 「えぇ、なにそれー。あたしなら旅の思い出とか買うのに……」

 「そんなのを買って何の役に立つのデスか。荷物になるだけでしょう」

 「いいや、絶対に必要だよ。荷物になるどころか、支えにもなってくれる」

 「たまに、イツキは意味不明なことを言いマスよね」

 「————————そう?」


 ノータイムでレムナントに頷かれたことで、あたしは少々心を痛める。現代ではこういうのが普通だからやってみたかったのに……残念だ……。


 「ならば、ここは買い物の楽しさを教えてやろうではないか」

 「いらないので、早く買って帰りマスよ。そうしないと日が暮れてしまいマス」

 「終電とかないんだし余裕でしょ」

 「わけのわからないことを言ってないでいきマスよ」

 「けちー、もうちょっと付き合ってくれてもいいのにー」


 地団駄を踏みつつ、あたしとレムナントは買い物を済ませていく。はじめこそレムナントが必要なものだけを買っていたのだが、結局、時間が余る形となり、あたしのターンがやってくる。


 まずはランジェリーショップ。表向きは高そうに見えたが、中の商品は意外と安かったので、とりあえず気に入った奴を買ってみる。数着買ったが、一部はレムナントにプレゼントしつつ、次へ向かう。


 お次はお出かけ用の衣服だ……と、息まいたのだが、悩やみながら探してみても、いいものが見つからなかったので次。レムナントにも似合う服は中々ないものである。

 でも、いい感じのブーツは見つかったので、買っておく。安売りされていたし、これはお買い得ではなかろうか……。大丈夫、金銭価値はレムナントに習ったし、壊れてはいないはず……。1エルドがおおよそ100円ぐらいだと思うのは間違ってないはず!


 最後にお土産……流石にキーホルダー的なやつはなかった。露天商もないようだし、果たしてどこかにあるのだろか……


 「何を探しているのデスか?」

 「うーんとねぇ……。ここに来たっていう思い出の品を買いたいんだけど、特産品とかないのかなって」

 「この辺りは美術品が有名デスから、美術館か古物商に行けば手に入りマス」

 「そういうのじゃないんだよねー。置物とかマジで御免だし……。なんというか、こう……バッグとかに可愛く付けられるアクセサリー的なものが欲しいんだけど」

 「そういうのはワークショップのような場所でなければありマセんよ?」

 「ワークショップって何?」

 「加工工房のことデス。布、絵具、金属製品、石材など、様々なものがありマス」

 「ふーん。オーダーメイドショップみたいなものかぁ。じゃあ、金属を取り扱っているところはあった?」

 「それなら、先ほどみつけマシた」


 そう言いながらレムナントは小さな手でこちらの手を取り、歩き出す。こうなれば、もうどちらが子供なのかはわからない。もしかしたら、愛犬と散歩をしているようにも見えるかもしれないが……

 それもこれも、レムナントとあたしの身長が違い過ぎるのが悪いのだ。


 そうして引きつられながらUターンして近場のお店の中に入ると、中は意外と狭く、貴金属店というよりは、完全に中世的な武器のお店だった。奥に見える工房からの熱気なのか、冬であるのにも関わらず、中はびっくりするほどに蒸し暑い……

 その上、加工している音がうるさくて、レムナントが何か言っているにも関わらず聞き取れない。粗悪な店そのものである。


 幸いにして、カウンターには女性らしき人が立ってくれているおかげで、宿屋の時のように待たされることはないが、それでもこれは酷すぎる。常にモスキート音に似た耳鳴りがして、たまに機械の駆動音も聞こえてくる。

 仕方がないので、あたしは大声を出しながら、カウンターにいる女性に話しかけた。


 「すーみーまーせーん!!」


 あたしが声をかけると、こちらが客であるとようやく気付き、カウンターの女性はせめてもの防音の為に扉を閉めて多少なりの音を軽減してくれた。


 「いらっしゃい。商人のお子さんかい?」

 「いいえ、あたしたちは旅人です。ここって、金属のアクセサリーは売ってますか?」

 「なんだ、旅人か……アクセサリーって、指輪みたいなやつのことであっているかな?」

 「あー、まぁそんな感じです」

 「残念だが、ここは受注した商品しか造らないんだ」

 「じゃあ、今日に貰うのは無理かー」

 「なんだい、急ぎかい?」


 そう言いながらカウンターの女性は肘をテーブルにつきながらメニューボードを取り出してくれる。


 「急ぎの削りだしなら指輪サイズでも1日は貰うよ。複雑な形状なら3日はかかる。」

 「もっと早いやつはないですか?」

 「なら、形状は限定されちまうが、鋳造成形をお勧めするね。こいつなら、半日で出来上がる。明日の朝に取りに来てもらえれば渡せるがどうする?」

 「じゃあそれでー」

 「形状はどうするんだい?」


 そう言いながらカウンターの女性は見本を見せてくれる。だが、思わずあたしは顔をしかめることになった。なんせ、アクセサリーらしき形状が指輪のような奴しかないのだ。

 他は正方形だとか、円柱状だとか、そんなのばかりだ……。


 「この……指輪みたいなやつで……」

 「はいよ。それで、材料はどうするんだい? 持ち込みかい? それとも買い上げかい?」

 「イツキ。前に倒したウサギの牙がありマス。使いますか?」

 「あー、いたねー……そんな奴……」

 

 たぶん、レムナントが言っているのは口が大きくガバっと開く気持ち悪い洞窟ウサギのことなのだろう。食べられない頭の部分を捌いて燃やした際に、焼け残ったから回収した奴だ。売れるかもしれないと思ったが、売る機会を逃していた気がする。


 「じゃあ、それで……」


 あたしが答える前に、レムナントが布袋に入った大量の牙をテーブルの上に置く。すると、女性は手袋とルーペでそれらを観察しながら小首をかしげた。


 「見たことない材料だねぇ。コイツはなんだい?」

 「グロテスクなウサギの牙です」

 「意味が分からないが……まぁいいさ。ウチで加工できないものはないからね」

 「じゃあ、お願いします」


 あたしが依頼を行うと、詳しい料金などを説明されたが、目玉が飛び出るほどに高額だったために驚いてしまう。それでも、結婚指輪とかと比べれば随分と安いのかもしれないが……。日本円換算にすると、二つで30万……。財布の中身がすっからかんである。

 まぁ、思い出が作れるのならばそれで……



 そんなこんなで財布の中身を空にしたあたしは、すっかり夕暮れ時となった街をレムナントと歩きながら、夕食を食べる店を探し始める。ちなみに、流石に、今後の旅費にまでは手を付けていないため、それぐらいの贅沢はできる。


 そうしてたどり着いたのは、小さなダイニングバーのような場所。ただ、あまり景気が良くないのか、ディナーの時間帯にも関わらず、客はあたしたちだけしかいなかった。思えば、街を出歩いていた人も少なく、閉め切った窓が多かったような気さえする。

 治安は……まぁ、所々悪かったが、海外だとこんなものであると聞くし、あまり気になる程度ではなかった。


 オーナーらしき人はカウンターの奥でお皿を磨いている……。店内の木製の家具や、アンティーク類からいって、高級レストランではなく、大衆レストランらしく、あたしたちの今の雰囲気にもあっているようだった。

 あたしたちは、適当なテーブル席に腰かけ、置いてあったメニューを開く。この辺りはまさに異世界という感じで、書かれている文字はやはり、英語に似た未知の言語……。何となく意味が分かるのは、おそらく、喋る言葉と同じで、体が覚えているせいだろう。


 二人で話しながら料理を決め、手を上げる。すると、店主がこちらに向かってゆっくりと歩いてきて、注文を確認する。


 「————————で、お願いします」

 「畏まりました……。お嬢さんたちは……商人のお子さんたちかい?」

 「いいえ、旅人です」

 「今日で、何回目デシたっけ?」

 「3回目からは数えてないよ」

 「いやー、それは失礼。あまりにも可愛らしいもんだから、旅人には見えなくて……」


 あたしは苦笑いする店主に笑顔で対応しつつ、少しだけ探りを入れてみる。昼間の宿屋で聞いた話が頭に引っかかっていたからだ。雰囲気も良いこの街から、どうして「早く出ていった方がいい」という言葉がでたのか……。首を突っ込むつもりはないが、事情ぐらいは知っておいても損はない。


 「やっぱり、最近は景気が悪いんですか?」

 「まぁ……そりゃあなぁ……。皇帝陛下がブリューナス王国と戦争を始めてしまいましたからね」

 「へぇ……。やっぱり、そうなってくると、治安とかも悪くなるんですかね」

 「そうですね。でも、ここはまだマシな方ですよ。こちらに飽きてくれたおかげで助かりましたが、貴族街の方は酷いもので……」

 「領主が悪いことでもしてるんですか?」

 「いえ、領主さまはとても良い方です。問題なのはあいつらで————————」


 あたしが思わず目を細めると、店主は口を滑らせてしまったことに気づいて、即座に口を紡ぎ、それ以上は言わずに、頭を下げて奥に消えて行ってしまう。

 本当に、名前を言ってはいけないあの人でもいるような気さえする。


 「首を突っ込まないと言ったではないデスか?」

 「状況は知っておいた方が後々に有利になるかなって……」


 あたしとレムナントがそんな会話をしながら料理を待っていると、唐突にドアが開け放たれ、来店の鈴が店内に鳴り響く。もちろん、それは当然のことであるため、こちらは気にせず会話を続けていると、大きな影が二つ、こちらに伸びてくる。


 それは、見たことのあるような黒髪と黒目、そして黄色を帯びた肌、鼻と目の大きさ……明らかに日本人の顔立ちだった……

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