第12話 今、道は違えた



 館に残された兵士たちを追い込んだキサラという少女の前に、ドクロの面をつけた大男が立ちふさがる。その大男は、キサラを見るなり、静かに背中の大太刀を抜き放ち、剣先が上に向くような八相の構えを取った。

 キサラはその男に対し、静かに左足を引き、相手の喉元に剣先を合わせるような正眼の構えを取り直す。

 そのまま、数秒間、一切動かない互いを認識し、最初にキサラが口火を切った。


 「ポスナーゼン公爵軍第一大隊長タナトス殿とお見受けする。こちらは第三王女親衛隊キサラ・ヒトトセ……御身の呼称に誤りがないかを確認したい」

 「如何にも……私がタナトスである。して、このような蛮行を行うとは、其方の弁明を問いたい」

 「……弁明などない。わたしたちはここに逆賊を討ちに来た。それ以外の理由など不要—————」

 「ならば、その首……」

 「————————だがしかし!!」


 足を僅かに動かし、こちらに突撃しようとしたタナトスをキサラが言葉を被せて制した。


 「タナトス殿……其方は相当の実力者とお見受けする……。なればこそ……一手、御指南願いたい」

 「ふ……よかろう……かかって来なさい、キサラ殿……」


 その言葉を聞いて、キサラは幼いような笑みを浮かべ大地を蹴り上げる。しかして、その斬撃は正確に相手の急所を狙う。指南とは名目上であり、実情は命の取り合いに他ならない。


 甲高い金属音と共に相手の大太刀と、キサラの『華烏』がぶつかり合う。そこに続く連撃も、相手は最小限の動きのみで回避し、相変わらずキサラの攻撃は当たらない。

 

 「成る程……だがやはり、気合い任せで何も変わらない……これでは……不合格ですね」


 タナトスは身を翻すようにしながらキサラの攻撃を回避すると同時に斜めに大太刀を振り下ろした。キサラは、それをはじき返そうと自らの持つ太刀を振り上げようとする。

 ——————が、しかし、その瞬間に、まったく異なる方向から斬撃がさらに二つ、重なって見えた。



 キサラはそれに臆することなく、両手の握力を強め、振り上げとほぼ同時にもっと前へ地面を蹴り上げた。

 たった一回……。甲高い音が鳴った。それは、音が重なったせいである可能性も否めないが、一振りの斬撃にて、キサラは襲い掛かる三つの斬撃を弾き飛ばしていた。


 その衝撃に押され、タナトスは後方に弾き飛ばされるが、すぐさま土煙を伴いながら大地を踏みしめて停止し、自分の攻撃をまったく見知らぬ技で弾き飛ばしたキサラを凝視した。


 キサラの持つ諸刃造りの太刀……そこにはまるで靄のような虹色の煙が纏っていた。それだけではなく、キサラの吐く息が少しだけ白く、そして濡羽色の瞳の輪郭が少しだけ鈍色の輝いているようにも見えた。


 「なるほど……それが……あなたの新たな太刀ですか……」

 「ならば、どう見る?」

 「貴方の体にしみ込んだ剣術と陰陽道の融合……いえ、魔術の融合というところでしょうか……」

 「当たらずとも遠からず……。わからぬならば、近くば寄って目に焼き付けよ」


 キサラは左ひじを前に突き出すような独特な車の構えを取る。両者の間に再びの沈黙。そして、ほぼ同時に大地を蹴り上げて接敵した。


 キサラの斬撃はまるで、ありもしない虚構を現実にするかつ流麗で波のように揺蕩う動きを見せる。対し、タナトスの斬撃は現実を虚構にするように、残影を伴って、一撃一撃が掻き消えるように多方向から現出する。

 半年前ならば、こうやって武器を打ち合わせることもできず、圧倒的なハンデをもってしても敗れてしまうはずのキサラが、数か月にも及ぶ修行を経て、進化し、タナトスの振るう剣戟に追いすがっている。

 しかし、両者ともに剣戟の速度は同じであるが、パワーに関してはやはり、タナトスの方が一歩上手に見えた。

 幾度となく、甲高い破裂音と共に衝撃を生み出しながら死線を交差させていくうちに、キサラの方が力負けし、隙を見せてしまう。


 「お見事です。よくぞここまでたどり着きました……が、しかし、結果は同じ……」


 隙を見せたキサラを逃すことなく、タナトスはキサラの首を刈り取るために水平に太刀を振るった。だが、キサラはそれに反応し、剣から右手を手放し、自らの手甲で斬撃を受け止める。

 受け止めた瞬間に、右腕の骨にひびが入るような嫌な音を立てたが、手甲は断ち切られない。キサラは、刃を食いしばりながらも左手で太刀を逆手に構え直し、下から振り上げるように振るう。


 「やはり、その打ち合いの結末は……常に、抗い難き敗北の記憶————————」


 顔面を狙ったその攻撃に、タナトスが即座に反応し、キサラの斬撃を逸らすべく、腹部に向けて蹴りを放った。キサラはそれを防ぐことができず、みぞおちに深く命中し、体をくの字に曲げながら、吹き飛び、後方の瓦礫に叩きつけられた。


 肺の中の空気が全て弾き出され、キサラは僅かな間だけ過呼吸に陥るが、即座に四肢に力を入れ直し、口元の血液を腕でぬぐい取った。

 そして、ゆっくり立ち上がると、相手がこちらに向けて慎重に歩み寄ってくる姿が垣間見えた。


 「なるほど……ようやくカラクリが解けました。摩訶不思議な魔術で虚構を捻じ曲げていますか……」

 「然り……。これは……わたしにしかできない、わたしだけの魔術けんじゅつです」


 キサラは呼吸を整えながらも剣先が上に向くような八相の構えを取った。キサラが行っているのは、全属性の魔力を使い、無限の可能性を内包した斬撃を生み出す魔術。

 王妃より“多次元魔力瑞鳳剣術イデアル・ブレイド”と名付けられたその魔術により、キサラの意思次第で、理想的な形の斬撃やそれに付随する魔術が生み出されることとなる。魔力消費に関して、通常の単一属性魔術において全属性を持つキサラは他の人よりも魔力消費が大きいデメリットがある。しかし、この状態ならば、“全属性”を“全属性の魔力”として消費するため、どのような魔術を行使しようとも、魔力消費は抑えられる。だが、これを維持及び使用するためには、かなり繊細な魔力操作が要求され、少しでも間違えば、内側から魔力が弾け飛んで怪我を負うリスクがある。


 キサラはそれを理解していながら、頭を常に冷静に置き続け、相手に向けて疾駆する。振り下ろされたキサラの剣をタナトスは叩き落すが、返す刃が迫ったため後ろに飛び退く。だががそれよりも一瞬早く振るったキサラの刃は相手のドクロの仮面を真っ二つに引き裂いていた。

 遅れて、時を動かしたかのように仮面が地面に落ちた瞬間、仮面をはがされたタナトスが、火傷まみれの顔で笑ったように見えた。


 そして再び、幾度となく刃がぶつかり合う。

 大地に足をつけた両者は一歩も退くことはなく、互いに自らの思いを剣に込め、命を奪い合いをひたすらに続けた。


 「成程! 成程! よもや、短期間で此処まで来るとは!」

 「ヒサロク! 何故、ポスナーゼンと盾となる!」

 「笑止! 私は彼に命を救われた。なればこそ、それを果たさずして何が忠義か!」

 「たとえ、こうみちに反していてもか!」

 「然り————————ッ!!」


 つばぜり合いにより、互いの瞳が重なり合い、そして、即座に振りぬいた剣戟で離れていく。


 「それが忠義なり! それはかつての主よりも強固なり!」

 「忠義など、捨て置けば、貴様は——————ッ!」

 「遺憾な思想だ。キサラ・ヒトトセ! 自由を愛するなど、王の器に非ず」

 「王の器など知れたことを……。ほんのわずかな友人と、ほんのわずかな幸せさえあれば、人は生きていける」

 「ならば、何ゆえ、剣を極める」

 「わたしの誇りを貫くためだ!」

 「ならば、何ゆえ、帰郷を願う」

 「無論。わたしの誇りを貫くために他ならない!」


 相手の大振りの斬撃を躱すように、キサラは一度バックステップで距離を取り直し、正眼の構えを取って、相手の様子を伺った。対し、相手は先ほどのキサラのように、肘を前に張るような車の構えをとった。


 「矛盾ですね……今の貴女は矛盾が過ぎる……。帰郷を願いつつも、今の関係を保とうなどとは……何とも愚か……」

 「愚かなのは果たしてどちらか……。わたしは本気だぞ、ヒサロク……。本気でどちらも成し遂げようとしている」

 「ならば、親方様や兄弟の無念はどうなさるおつもりか……」

 「元より、落ち延びた身……天下統一など望むべくもない。だがしかし、ヒトトセ家がここにいたのだという証は残さねばならない」

 「復讐を望まぬというのですか」

 「然り——————。太平の世にて、民が笑顔で暮らしているのならば、戦乱を起こす必要などない」

 「愚かです……それでも、親方様の子ですか!」


 タナトスが大地を蹴り上げて一気に距離を詰める。キサラはそれに反応し、彼の虚ろな剣戟を一つ一つ丁寧にはじき返していく。


 「野心を持たずとも、人は生きていける。一人一人が幸せである可能性は、わたしが頂に立たずとも、成し得る」

 「それで何の意味があるというのですか、キサラ姫……」

 「無論、わたしが嬉しい————————ッ!!」

 「この地に舞い降りて腐り果ててしまいましたか……」

 「腐ってなどいない……。帰郷し、もしも世の中が腐り果て、わたしが刃を抜く必要があるのならば、わたしは躊躇いなく、この剣を振るう」

 「それは己の為に?」

 「否、ともの為だ————————」


 キサラの剣戟に押されるようにして、タナトスは防戦一方になっていく。最初に剣を合わせたときよりも、キサラの剣戟は鋭く、そして流麗になっていく。それはまるで、剣を合わせるたびに、少しずつ進化しているかのように……


 「矛盾……。矛盾だらけです……」

 「可能性を切り捨て、全てに目を瞑っているのは貴様の方だ、ヒサロク……。それは矛盾ではなく、未だ至らぬ空白を恐れていることに他ならない」

 「ならば、私は何のために……何のために貴女を追ってここまでッ!!」


 タナトスの振り下ろすような大太刀をキサラは真正面から受け止める。踏みしめた大地が唸りを上げて弾け飛ぶが、キサラの諸刃造の太刀はその刀身を欠けさせることなく、力を受け止め切った。


 「貴様の姿を見たとき、わたしは確かに嬉しかった。だが、同時に悲しくも思えた」

 「それは私も同じです。このような地で敵として相対し、剣を合わせてみれば、あなたが酷く変わってしまっていた」

 「人は変わるもの。それはどこに居ようとも同じだ」

 「あなたは仲間に固執し過ぎている。頂に立つものならば、孤高であらねば————————」

 「———————あらねば……なんだ?」


 キサラが振るった袈裟斬りをタナトスは籠手ではじき返す。だが振りぬいた斬撃により、彼の巨体は後ろに引きずられるようにノックバックしてしまう。


 「なぁ、ヒサロク……今のわたしは……弱く見えるか?」

 「それ……は……」

 「孤高であった兄弟は討ち取られ、夢を成し得なかった。そんな彼らに比べて、親友を大事にしているわたしは、貴様の目から見て、弱く見えたか?」

 「愚問です————————」


 タナトスは大太刀を車に構え直し、キサラの剣先に集中する。その正眼の構えを取る彼女の姿は、彼が若い頃に無邪気に走っていた自分によく似ていて、とても美しく見えた。


 「ヒサロク……。再度問う……なぜ、貴様はポスナーゼン公爵にくみしている」

 「決まっています……。彼は、この世を太平する野心をお持ちだからです」

 「そうか……ならば、ここで、我らの道は違えたな……」

 「元より、私が敷いたレールなど、貴女は歩んではいなかった……」

 「それでも、わたしは、剣の師として、貴方を尊敬していた」

 「ならば、そのつるぎで、私を越えてみなさい」

 「無論、そのつもりです————————」


 タナトスとキサラが再び同時に大地を蹴り上げる。幾度となく重なり合う刃はほんの一瞬の出来事だったのか、それとも数時間にも及ぶような長い戦いだったのかは二人にはわからない。

 ただ、重なり合う刃が甲高い音を鳴らすたびに、胸の奥底から高揚感があふれ、「心地よい」と互いに認識していたことは確かである。


 互いに、限界は超えている……それでも立ち止まらないのは、この戦いが愉しいと感じてしまっているから……


 「キサラ姫————————ッ!!」

 「ヒサロク————————ッ!!」


 互いの声が重なり合い、キサラは車に構えた状態から一気に大地を蹴り上げる。それを迎撃するかのようにタナトスは大太刀を振り下ろす。

 キサラの視界には三つの斬撃が重なって見え、前に進む彼女にはどこにも逃げ場なかった。もちろん、ここで先ほどのように叩き落すこともできたはずだが、キサラはあえてそれを為さず、もう一度大地を踏みしめた。


 瞬間————————


 キサラの背中から翼が生えるように虹色の魔力光が噴出し、彼女をさらに加速させた。それはもはや、次元を飛び越えるような雲跳に近く、タナトスが振り下ろした斬撃がわずかにキサラの防具と重なったと同時に、キサラの太刀は、彼の胸元を刺し貫いていた。

 そして、その勢いは止まることなく、二人はもつれるようにして、タナトスの背後にある瓦礫に激突した。



 土煙が止み、視界が良好に戻ると、そこには、左肩に大太刀を喰い込ませながらも、相手の心臓を刺し貫いているキサラがそこにいた。

 タナトスは口元から血を流しながらも、自らの負けを痛感し、最後の力で振り下ろそうとしていた右腕を大地に下ろした。


 「お見事です……キサラ姫……」

 「しゃべるな……」

 「あなたは、師である私を越え、自らの剣を示しました」

 「しゃべらないでくれ……」


 キサラは奥歯を噛みしめて、震えながら、太刀をさらに深く突き刺す。その瞬間、傷口からあふれるように血液が大地を染め上げる。しかしながら、タナトスは口を動かし続けた。


 「あぁ……こんなにも大きく……」


 タナトスは血まみれの手をかざし、キサラの頬に触れる。キサラの頬は彼の血糊で真っ赤に染まり、いつの間にか流れ出ていた涙と混ざり合うように溶けていく。

 それを見て、タナトスは乾いた唇で最後に、キサラに笑いかけた。


 「ご立派に……なられましたね……」


 それが最後……。タナトスは伸ばしていた右手を力なくおろし、次第に瞳の光彩を失わせていく。

 キサラは最後までそれを見送り、奥歯を噛みしめ、半開きになっていた彼のまぶたに手の平を当てて、ゆっくりと閉じる。

 そして彼の心臓に突き刺した刃を抜きながら立ち上がり、少しだけ落とした肩で、周囲を見渡し、肩に食い込んだ彼の大太刀を力任せに引き抜くと、彼の胸元にそれを置き、静かに手を合わせる。


 そして、数秒の黙祷の後、涙を振り払うように彼に背を向け、無茶をした反動で重くなった両足に鞭を打ち、引きずるようにしてその場を離れだす。

 十数歩ほど歩いたのち、崩れるような物音が鳴り、慌ててて振り返ると、火災が起きた瓦礫が先ほどまでタナトスがいた位置を押しつぶし、真っ赤に染め上げていた。


 それを見たキサラは……意外にも涙は出なかった。


 ただ、自然に……ごくごく自然に、キサラの意志とは関係なく、無自覚に、両手を脇に揃え、整った立ち姿で、頭を下げていた。

 まるで、師匠の最後の指南に感謝の意を表すかのように——————



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る