第10話 とどめの一手



 「————————で、これは何かな、姫様」


 天井が高い鉄骨造りのドッグ内で、アリッサは見上げながら笑顔で応対する。目の前には、アリッサが鹵獲したであろう金属杭に謎のコックピットが取り付けられたもの。そして、それを自身気に胸を張るシュテファーニエ。

 アリッサの隣には、驚くことすらしないまま、放心しているキサラもいる。


 「なにって、敵地突入用のミサイルだが?」

 「地獄行き片道切符の棺桶では?」

 「まぁ、そうともいう」

 「ふざっけんなぁ!! 第二宇宙速度を振り切りそうなブツに乗り込めと?」


 シュテファーニエは憤慨するアリッサを横目に見ながら、手をついていた金属杭を軽くノックする。すると、全体に振動するかのような小気味よい高音を奏でた。


 「どっかのバカが、贅沢にもタングステンを使ったみたいでな。加工するのが非常に大変だった」

 「知らないよ、そんなこと……。超硬エンドミルが何本折れたとか、聞きたくないし」

 「安心したまえ。そのバカのおかげで衝撃時には地表でバラバラに砕け散って、破砕榴弾と化すような親切設計だ。ま、そのおかげで、フローラちゃんが殴って壊せたわけだがな……」

 「————アリッサと姫様の意見を総合すると、搭乗者にも衝撃が加わり、危険なのでは?」


 キサラの唐突な会話への介入により、二人は一時的に顔を見合わせて互いに少しだけ思考する。そして、ほぼ同時に、首を横に振った。


 「「いや、意外に安全?」」

 「ちょっと、なんで姫様も首をかしげるんですか!」

 「何故かって? 深夜テンションで設計したからな!」

 「子供は寝ろ! 身長が伸びないぞ!」

 「寝ている時間などない! そこに、面白そうなブツがあるなら弄りたいと思うのが筋ではないか!」

 「確かに、衝撃がある程度横に逃げるから底面寄りの部分は抑えられるかもしれないけど、それでも、正面衝突だよ? 死ぬからね?」

 「そこはキミたちの肉体が頼りだ。魔術でも何でも使って生き残ってみたまえ!」

 「無責任にもほどがあるわ! だいたい、コイツの命中精度はゴミクズでしょうが!」

 「そこは安心したまえ! ポスナーゼン公爵の屋敷の庭に、マーカーを設置しておいた。私はやられたらやり返す主義なのでね!」

 「そういう問題じゃ、なぁぁあああああい!!」


 アリッサの大声がドック内に響くが、三人の他に誰もいないため、気にする者たちはいない。だが、そんなアリッサとは正反対に、キサラは一度だけ微笑むと、その金属杭に近づいていき、表面に手に平を重ねた。


 「————————わかりました。やりましょう……」

 「キサラ……さん?」

 「そこに成功する確率があって、これが、姫様の言うような最善の方法というのであれば、こちらはそれに応えるまでです」

 「まぁ……たしかに、これが犠牲を最小限に済ませることができる方法だ。屋敷の無関係な住人は事前のこちらで避難させるつもりだから、憂いはない」

 「で、でも……棺桶だからね!?」

 「————————だからどうしたというのですか?」

 「えぇ……」

 「アリッサはかつて、わたしに言いましたよね。『可能性があることを、不可能とは言わない』と————————」


 これを聞いた瞬間に、アリッサは驚きつつも、すぐに見開いた瞳を閉じ、照れ隠しでもするかのように頭を掻いた。


 「あぁ、もう! やってやろうじゃないの!」

 「それでこそ、アリッサです……。姫様、必要なものがあるのですがよろしいですか?」

 「あぁ、なんでも言ってくれたまえ」


 キサラはシュテファーニエに向けて、固まった表情金を僅かに動かすと、一度だけアリッサの方を見た後に、もう一度、真剣な表情でシュテファーニエに視線を移した。



 ◆◆◆




 数時間後————————



 事前の警告や予測なしに放たれた一本の金属杭は迎撃されることなく、地上で閃光と爆風を伴いながら瞬いた。

 それは巨大な破片手榴弾が如く、ポスナーゼン公爵が住まう城のような屋敷を粉砕し、穴あきチーズのような伽藍洞へと一瞬のうちに変えた。だが、シュテファーニエの事前の説明の通り、屋敷の住人の避難は秘密裏に行われて完遂されており、叫んでいるのは少数である。

 それらはシュテファーニエ曰く、彼に陶酔する者たちらしいが、真実はどうであったかなどさして重要なことではない。


 爆発に遅れる形で、空中で切り離された人間が入れるポットのようなものが爆炎と瓦礫の中に落下する。中から蓋を蹴破るように出てきたのは、互いにもみ合うような酷い体勢になっている二人……つまりはアリッサとキサラであった。


 「ほら言ったじゃん……ロクなことにならないって……」

 「でも、助かったではありませんか。そこはアリッサの予測が外れました」

 「私も死ぬとは言ってないからね……」


 アリッサは地上に足をつけると同時に、高速で移動して異常となった体内の血流を準備運動で正常に戻していった。そんな彼女の服装は、いつものような軽装備の鎧ではない。

 ライダースーツのようなゴム質の体のラインが出る衣服を身に纏い、その上からブリューナス王国の軍服を身に纏っている。肩につけられたバッジには、第三王女の私兵である証が付いており、ここに攻め込んできたことを証明している。


 キサラはつい先ほどまでインナーのような衣装であったが、いつの間にか、王国から送られた和装鎧を身に着けており、腰には友人から送られた『華烏』をさしている。


 二人は互いの状態が万全であることを確認して、アイコンタクトの後に頷いて、別々の方向へ走り出す。キサラは正面から、アリッサは後ろから、今回の反乱の首謀者であるポスナーゼン公爵を追い込む役回りに徹する。


 キサラの目の前には、騒ぎの中で混乱しながらも、こちらを敵だと認識して襲い掛かってくるポスナーゼン公爵の私兵たちである。

 公爵を護るという使命があり、それを誓いにしている騎士道精神にあふれた彼らは、公爵家がどんな働きをしていようと裏切ることはない。忠義に溢れた連中であるが故に、シュテファーニエの買収は受けず、キサラたった一人を相手取ることになった。


 はじめは、小娘たった一人が挑んできたものだと、油断したポスナーゼン公爵の兵士たちだったが、たった一人で、襲い掛かってくる敵を切り裂いていくその姿は、次第に悪魔に見え始める。


 キサラは建物が崩落することを恐れて、広範囲を殲滅する高位魔術を使わず、範囲が狭い中級魔術や上級魔術を駆使していく。もちろん接近されれば、白兵戦で薙ぎ払い、血しぶきをその身に受けた。

 この時代において、無作為に周辺を全て破壊するような魔術を行使する者は未熟者のレッテルを貼られる。最低限の力で、周囲に影響がなく倒す方が、より優れた魔術師として評価される。だからこそ、今現在のキサラのように、的確に敵だけを殺していく魔術師は、ポスナーゼン公爵軍にとって脅威の権化に映った。


 だが、そんな快進撃は長くは続かない————————


 なぜなら、キサラの目の前に、ドクロの仮面を被った大男が現れたからである。その男は銀色に光る片刃の大太刀を背負い、キサラの目の前に立った。



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