終章 始まりを告げる鐘は鳴り響く

 少女は、少しだけ痛む体を起こす。どうにも固いところに寝ていたせいで、寝違えたらしい。

 大きな欠伸と共に背筋を伸ばして眠気眼をこする。一体、いつ寝たのだろうと疑問に思いつつも、少女は周囲を見渡した。だが、その瞬間に薄桃色の瞳は大きく見開かれることになる。



 そこは大きな樹木の枝の上だった————————



 霧により視界は悪く、湿った空気は樹木の表面にびっしりとコケを作り出している。慌てて、状況を確認するかのように立ち上がる少女なのだが、重要なことがいくつかわからなかった。

 それは、何故、こんなところで寝ているのかということから始まり、自分が誰だという根本的なところまで及んでいる。

 一般的な知性は残っているため、わからないのは、居場所と名前のようなエピソード記憶であるのだが、それが余計に少女を不安にさせる。しかしながら、全身の服装を見て少しだけそれは紛れることになる。

 厚底のブーツや少し擦れたズボン。寒さを凌ぐコートや、手に握られた棍棒のようなもの。そして、腰の位置にあるマジックバックを探れば、食料やその他の主要装備が揃っている。


 少女が想像するに、自分は何らかの冒険者や探掘家の類であり、何か不幸な事故があってここにいるのだろう。


 軽く準備運動をしながら体を動かしてみると、想像以上にしなやかに全身が動いたことにより、その想像は確信に変わっていく。


 だが、自分の職業がわかったからといって現状が変わるわけではない。できることといえば、ここで助けを待つことか、もしくは出口を探して彷徨うことぐらいである。


 少女は少しだけ考えた後、自分の健康状態が良好であることに気づき、出口を求めて散策することを決意する。しかしながら、巨大な樹木の枝を歩いて気付くのだが、ここは少女の考えるような森ではなかった。



 まっすぐ歩き続けても同じ場所に戻ったり、枝から枝に映った瞬間に、どこかわからない砂漠に出たり、何もかもが滅茶苦茶な場所であったのである。

 それはまるで、空間一つ一つが途切れ途切れに……つまりは断続的になっており、それらに関連性がない不連続空間にいるようであった。


 「うーん……1ブロック当たり一キロ四方っていう感じかな……。さて、どうしたものか……」


 悩みながらも少女は歩き続ける。出口が見つかることを信じて、休みながらもひたすら歩き続けた。だが、三日三晩歩き続けても、どこかの街にたどり着くことなかった。

 正確には、昼と夜すらも場所によっては滅茶滅茶であるが故、時間にして72時間程度というだけの話ではあるのだが、その72時間で、少女が持ち込んでいた食料は心もとなくなり始めていた。


 少女は焦りを覚えながらも、諦めずに歩き続ける。



 そうしてさらに数時間ほど歩いたとき、水が汲めそうな湖畔にたどり着いた。これ幸いと、空になった水筒に補充していこうとそれに近づいたとき、不思議なことが起こった。


 それは雲一つない星空の海の夜空の下、湖畔を覆うような樹木の壁の向こう……それが不自然に明滅したことであった。

 少女が目を凝らして遠くを見てみると、幼い少女が杖を持ちながら何かと戦っていることが目に見えた。今まで人間のような形状をした生物は初めてであり、それが少女の知っているような魔術を扱っていたため、少女の瞳は希望により輝きだす。



 しかし、それが長く続くことはなく、少女が人間であろう人物に近づこうとした瞬間、湖畔の中心から、何かが這い上がってきた。その怪物は地獄の底で雄叫びを開けた亡者のような低音の言葉を発しながら、少女が見つけた人物を追いかけ始める。


 それを見た瞬間、少女の体は動いていた————————



 腰にぶら下げていた金属の棍棒を手に大きく跳躍し、逃げ惑う小さな命の目の前に立つように着地する。そして、木々をなぎ倒しながら突進してくる相手に対し、片手を出して、両足に力を入れる。

 衝撃が後方へと駆け抜け、地面が多少なり抉れたのだが、それ以上はなく、不思議なことに少女の力で突進してきた怪物を受け止めることができた。

だが、怪物はそれを推し返そうと四足歩行の脚に力を入れ始めたため、少女は慌てて、全身に力を入れて、片手で掴んだ頭のようなものを振り回しながら遠くへと放り投げた。


 それはまるで小さな球体を投げるがごとく、自分の数倍はあろうかという怪物が持ち上がり、回転を伴って木々に衝突しながらようやく止まるような光景を見て、少女は自分の身体能力の高さに驚く。だが、不思議なことに体に違和感はなく、これがむしろ正常というような気さえもした。


 だからこそ、後ろを振り向きながら自分の見た人物を確認する。


 それは、スカイブルーの長い髪を後ろで一本にまとめた、自分よりも幼い少女であった。しかしながらその少女は軍服のようなものに袖を通し、さらにその横にはその少女よりもさらに幼い金髪の子供がいる。

 自分から見て、人間であることはわかるのだが、彼女らがどうしてここにいるのかはわからなかった。しかし、彼女らを護らねばならないことは確かであり、少女は微笑みながら声をかける。


 「大丈夫?」

 「あ、いえ……それより、アイツ、まだ生きてます。目を見ちゃいけません。死にま————」


 スカイブルーの髪をした少女は彼女に対して何かを言いかけたのだが、金属の棍棒を握っている少女はそれよりも速く、倒すべき敵を見据えていた。

 良く見れば、牛のような形状なのだが、頭がなく、地面を引きずるように繋がってる伸びた頭部は何の動物であるのが不明であった。しかし、それの瞳が輝き、自身の瞳と重なった瞬間、何か背筋に嫌なものが駆け巡る。

 しかし、それはほんの一瞬の出来事であり、それ以上は特にこれといった変化はなかった。


 ほんのわずかな間、それを自覚したのだが、相手はこちらを睨んでいるばかりで再度の突進を躊躇っているようであったため、少女はもう一度地面を蹴り飛ばしながら魔術で徐々に加速していき、怪物の前で急停止する。


 そして、足から膝へ、膝から腰へ、腰から肩へ、肩から肘へ、肘から手首、そして指先へと力を伝達させていき、体だけが憶えている動きに任せて、金属の鈍器を振るいながら魔術を発動させる。それはどこで覚えたのかもわからない不思議な術式であったのだが、頭が自動的に処理したが故に発動し、鈍器が怪物に触れる直前で水面のようなエフェクトを伴った。


 その瞬間、怪物の内部に弾けるような衝撃が駆け抜け、牛の形をした怪物は肉片すら残さず、黒い靄となって霧散してしまう。


 一体あれは何だったのだろうかと小首を傾げはしたが、少女はすぐに向き直り、自身が見つけた希望であるスカイブルーの髪を持つ小さな子供方へと歩み寄る。そして、本当に人間であるのかを確かめるために、冗談交じりに口火を切った。


 「あなたたちは迷子? それとも妖精?」


 この時、無属性魔術しか扱えないにもかかわらず、無茶無謀繰り返す少女のもう一つの物語の始まりを告げる鐘が鳴り響いた————————

 

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