外伝 リタ'n リコレクションズ
第1話 みちしるべ
「あなたたちは迷子? それとも何かの妖精?」
少女は手を差し伸べながらそう呟いた。
湖畔に映る自分の姿は、何事にも動じないような薄桃色のぱっちりとした瞳と、茶色で癖の少ないセミロングの髪の毛は何も飾り付けがないまま肩の少し下まで伸びているようなどこにでもいる少女。肌色は多少の日焼けがあるぐらいで血色がよく、顔の輪郭もわずかに幼さが残る程度で、健康状態は良好であると言える。身長は165センチメートル前後であり、体型はどこかで鍛えられたせいか、やや筋肉質であり、体を動かしてみて気づいたのだが、柔軟性などがうかがえる。しかし細身ではあるのそれに伴って胸囲に関してはあまり豊かではない。
そんな少女の問いに対して、目の前に座り込んだ自分よりも幼い少女は彼女の手を取った。
「いえ、人間です」
「そうなんだー。よかったー。ここ数日、迷ってて、ここがどこだかわからなくて困ってたんだよねーハハハ……。あぁ、ごめんね……」
少女は申し訳なさそうにしながら髪をかきむしり、作り笑いを浮かべる。すると、目の前の幼い少女は頭の後ろで一本にまとめたスカイブルーの髪をなびかせながらこちらに笑顔を向けてくる。少しだけ目じりがきついように見えるのだが、透き通るようなコバルトブルーの瞳と所作の整った仕草から、相手を威圧するようなものは全くない。
「私はユリシィと言います。えっとこちらのお方は……」
「はじめまして、シュテファーニエです。ステフで構わないです」
ユリシィと名乗った少女は隣にいるさらに一回り幼い5歳前後の幼女を紹介しようとして、先にその幼女が名乗りだした。
綺麗に切りそろえられた黄金のような髪が肩上まで伸び、丸みを帯びた顔立ちに吸い込まれるようなコバルトグリーンの丸い瞳……色白の彼女の肌はどこか病弱にように見えたが、その言動から粗暴さは感じなかった。
「そっかぁ、ユリシィちゃんとステフちゃん、ね……。私は……わたし……は……あれ? ごめんね、なんか、目を覚ましてからの記憶がなくって、名前がわからないんだ」
少女は返す言葉として名乗ろうとして、言葉が浮かばずに再び笑ってごまかす。少女がウソをついているように見えないほど不自然なその言動にユリシィは顔を一瞬だけしかめたように見えたが、即座に顔を元に戻して、一度ステフという幼女の方に確認を取るように振りむいた。
しばしの沈黙が訪れたのだが、少女はそれを嫌い、即座にその静寂を破るように口火を切り直す。
「ねぇ、よければ、一時的にでも私の名前を付けてくれないかな。自分のことを認識するのに不便で……」
「わかりました。そうですねぇ……リタ……というのはどうでしょうか……」
「リタ……リタねぇ……わかった、それでいく」
少女はリタという名前を噛みしめるように頷く。思えばこの名前は不自然なまでに自分に馴染むような気さえした。
そんなリタの様子を知ってか知らないでか、ユリシィはのぞき込むようにリタの顔色を伺い始める。
「それで……リタさんは一体何者なんですか……って覚えてないんですよね」
「そうなんだよねぇ……。食べ物も底を尽きかけてたし人間に出会えたことは幸運かなぁとか思ってるんだけど……。唐突なんだけど、2人は街とか知らないかな?」
「街……ですか。目指してはいますが、もう少しかかりますよ?」
「え? たどり着けるの?」
リタは、『街にたどり着ける』という事実に驚き、目を丸くする。何故ならば、ここ数日彷徨って理解したのだが、この空間はどこか不連続であり、一定以上の距離で区画に区切られて、その境目を超えると、自分でも理解できない場所にたどり着いてしまうほどに奇妙な場所であったからである。
そうであるにも関わらず、ユリシィは自身気な表情を浮かべたまま頷いた。
「可能ですよ。ここでの移動の基本は思念探索です。特定の思念を頼りにして、歩くほかありません」
「成る程……じゃあ、ユリシィちゃんは何らかの思念を元に歩いていたわけだ……」
「まぁ、そうなりますね。よろしければ一緒に行きますか?」
「いいの? いやー流石に心細いとは思ってたけど……」
「え、えぇ……旅は道ずれと言いますからね……」
リタにとって言えば、道案内をしてくれる人物が現れ、ユリシィにとっては護衛が現れたような状況。まさにwin-winのような両者が得するような条件に、互いが否定する理由は微塵もなかった。
だからこそ、リタもユリシィの言葉に頷き、同意の意志を返すのであった。
◆◆
そこからの三人の旅路は順調そのものだった。
稀に、モンスターではない生物が……つまりは、ユリシィが言うに“妖精”がこちらを害するために近づいてくるのだが、リタはこれらを難なく撃退し、2人を護り続ける。たまに、ユリシィがリタのことを不思議そうに見つめてはいたが、その視線に敵意がなかったため、リタは気にすることはなかった。
そうして歩いていくと三日間……石造りの建物が並んでいるような街が目の前に見えてくる。しかし、あと数回は不連続空間を通るため、実際に見えている距離は参考にならない。
それを理解しているリタは背中でステフが寝ていることを確認してから、無言で歩くユリシィに声をかけた。
「そういえばさ……ユリシィたちは、どうしてここにたどり着いたの?」
「それは……その……」
ユリシィは言葉を詰まらせた。恐らくは知られたくないことであるのだが、リタはそれを不用意に突くことはしない。
「別に、ムリに言わなくてもいいよ。言いたくないこともあるだろうからさ……」
「あの……リタさんはどうしてここに?」
「————私? うーんとたしか……うん、たぶんそう……。自分が何者なのかを知りに来たんだと思う……」
リタはなんとなく思い浮かんだことを口にする。本当の目的などわからない……。けれども、それが自分の一番奥底にあり、自分が何者であることを忘れても残っていた。
「記憶を失う前の自分が、ですか?」
「ううん。それよりももっと前……。自分が生まれた意味と、自分が誰に捨てられたのか……」
何故自分がここにいるのか、そしてどこに向かっているのかすらもわからない。けれども、それだけは、リタにとって捨てがたい思いであり、彼女を彼女足らしめている。だが、それ故に、リタの表情は僅かながらに曇ってしまった。
そんなリタの様子を察したのか、それとも好奇心を覚えたのか、ユリシィは少しだけ上ずった声をしながら会話を続けた。
「生まれた意味……ですか……。よければ、少しだけ、占いをしましょうか?」
「占い?」
「簡単に言えば予知や予言です。今回は、限定的に、キーワードの抽出にしましょう」
「そんなことできるの?」
「魔術……ではないですが、可能です。ここまで付き合ってくれたお礼ですので————」
ユリシィはリタの回答を待つことなく、こちらに笑みを浮かべ、腰のポーチから数枚のカードを取り出した。そのうち、一枚だけを手に取り、他はマジックポーチに戻す。そして、残された一枚をユリシィは自分の額に当てて、目を瞑る。
そうして数秒の沈黙ののち、彼女はコバルトブルーの瞳を見開いて、魔力を流動させた。その瞬間、手に持っていたカードは蒼炎に燃え上がり、彼女の手のひらの上で即座に灰に変わっていく。
最後に、その灰に対して息を一吹きして、余計なものを払いのけると、中から小さな紙切れが一枚顔を出した。
ユリシィはそれに臆することなく取り出し、紙に書かれた内容を確認する。その瞬間、彼女はコバルトブルーの瞳を見開いて、リタを凝視していた。
しばしの沈黙が2人の間に訪れたのだが、それをリタは嫌い、ユリシィを現実に引き戻すように声をかけた。
「ねぇ、何が書いてあったの?」
「そうですねぇ……『ブロスティ・リーゼルフォンド』の足取りを追え、と書いてありました」
「足取りを追うのかぁ……どうやるんだろ……」
「教えましたよね。この世界では、思念を手繰り寄せてそこに向かうことができると……。あなたならばきっとできるはずです」
「そっか……やってみる」
「でも、それよりも先に、まずは街に入って休みましょう。流石に、三日間も歩いたので疲れました……」
「それもそうだね……。それじゃあ、街の中へ、行っちゃいましょー!」
リタは『ブロスティ・リーゼルフォンド』が誰かの名前であることはわかったのだが、それ以上は思い出すことができなかった。だからこそ、空元気を見せつつ、幼い二人を誘導するようにして歩き出す。
だが、その瞳の奥底に、僅かながらの種火が燻りだしたことは間違いなかった。
◆◆◆
街にたどり着いた後、リタはユリシィたちに別れを告げる。
本当であれば最後まで見届けたかったのだが、彼女らに断られ、さらには目的地も違うが故にそれを甘んじて受け入れるしかなかった。だからこそ、問題であるのはこの後である。
道しるべを失ったリタが路頭に迷うことは当然のことであり、街を出れば再び戻ってこれる保証はなく、今度こそ餓死してしまう恐れすらもある。
そんな悩みを抱えながらも、リタは少しだけ陽気な気分で街を闊歩する。ユリシィが説明した妖精たちはリタを見て恐怖するものがほとんどであり、話しかける者はいない。そもそも、言語として通じているのかもわからないが、彼らが好戦的でないことは明らかであるため、リタとしても手を出すことはない。
それ故に夜明けに少し前まで街の中をひたすらに歩き続けることになった。
そんな彼女を見かねたのか、誰かが路地裏からリタの名前を呼んだ。
「やぁ、そこの彼女!」
声質からして女性だとすぐにわかり、リタは戸惑いながらも期待の眼差しを向けながらそちらの方を見る。すると、木箱に足を組みながら座っている女性がそこにいた。
外ハネ癖の強い白髪にアメジストのような瞳……色白の肌から人間のように見えるが、雰囲気からして、人間とは程遠い存在のように見える。もちろん、亜人や魔族の類でもないことは確かであろう。
「あなたは……」
「わたしかい? そうだなぁ……とりあえず、花のお姉さんとでも呼んでくれたまえ」
「はぁ……それで……なにか御用ですか?」
リタが困惑しながらも女性に用事を聞くと、女性は少しだけ微笑みつつ、リタを指さすようにして指摘し始める。
「ふーむ……なるほどねぇ。直接会うのは初めてなんだが、なんともまぁ……面影がある」
「新手の宗教勧誘ですか?」
「いいや、違うとも。そうだなぁ……しいて言うのならばわたしはただのナビゲーター。キミの旅路を指し示す者さ。だから、迷っているキミの前に現れた」
「はぁ……。胡散臭いですね」
「失敬な……。まぁ、それはさておいて……次の目的地を悩んでいるのだろう、リタ」
唐突に自分の名前を呼ばれてリタは驚いた。その名前は、ユリシィとステフしか知らないはずである。何故ならば、彼女たちが名付けたのだから……
「まぁ、そう警戒しないでくれたまえ。わたしはナビゲーターだと言っただろう。だから、今回は特別サービスというわけだ」
「特別サービス?」
「そうさ……わたしはこの通り、直接手出しをするわけにもいかない身でね。だからこそ、キミたちには頑張ってもらいたいんだとも」
「なにをベラベラと……」
「今は理解できなくとも構わない。だが、キミの使命、そしてキミの出会うべき人を忘れないようにしてくれたまえ」
「だから、それが————————ッ!!」
リタが何かを言い終えるよりも早く、自身の足元に紫色の魔方陣が現れる。その瞬間、薔薇にも似た甘い臭いが漂いだし、リタの意識が少しだけ薄らぐ。しかし、リタは奥歯を噛みしめながらそれを堪えて女性を睨みつけた。
「わたしの助言はここまでだ。それじゃあ、良い旅を……ア————————」
女性の声を最後まで聞き届けることなく、リタの体は粒子となって空間に溶けていく。意識は途切れない。だが、その分揺蕩う水に溶けるかのように混濁していく感覚はあった。まるで全身が分解され、もう一度組み立て直されるかのように……
そうして、次に訪れたのは、足場のない浮遊感と、自分の体が空気を切るような冷たさ。瞳を開けてみれば雲や山々が流れるように消えていく。
だれがどう見ても、超高高度からパラシュートもなく身一つで投げ出されていた。
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