第12話 事実と歴史は時に一致しない

 王族のみが許された個室にて、男が2人。一人は、アストラル王国第二王子であるエニュマエル・アーストライア。もう一人は第一王子であるシャレッド・アーストライアであった。

 シャレッドはエニュマエルと同じように深紅の瞳ではあるが、髪の色は母譲りのこげ茶色であり、体格も恵まれているとは言い難い細く、幼い顔立ちが対照的であった。

 暗く、外で降りしきる窓を打ち付けるような雨のせいで大きな怒鳴り声などは幸いにしてかき消されているが、それでも、二人が激しい口論になっていることは間違いない。


 「言ったはずだ。シャレッド! アリッサは無実だ。彼女がそんなことをするはずがない」

 「それはあなたが色眼鏡で見ているからだ」

 「いくら捜査しても無駄だ。証拠が見つかるはずもない」

 「証拠は既に見つかっている」

 「なんだと————————ッ!?」


 口論していたはずのエニュマエルこと、アスティの表情が驚愕へと変わる。それは予想打にしていなかった情報であったからだ。


 「彼女の持ち物から毒物が見つかった。これはリリアルガルドの“嘆きの森”にしか生えていない植物から作られていることが既にわかっている。それに、あの状況で陛下に毒を盛れたのは彼女しかいない」

 「他の給仕が盛れたではないか」

 「いいや、あれは陛下が開栓するまで未開封であったことが確認されている。だから不可能だ」

 「ならば、オレが陛下を蘇らせる。そうすれば真実が明るみに出るはずだ」

 「そんなこと許されるわけがないだろう。あなたはあの女を招き入れた。つまりは犯罪教唆の嫌疑がかけられている。陛下を口封じされてはかなわない」

 「ならば、他の魔術師でもいい。今ならまだ、間に合うはずだ」

 「そうだな。手配はしているが生憎この豪雨だ。到着が遅れるかもしれないな」


 ここまで来て、ようやくアスティは気が付く。目の前のシャレッド第一王子が全てを仕組んでいるという可能性に……


 「キサマ……まさか、オレをはめたつもりか……」

 「そんなわけないだろう。あなたはボクに残された唯一の家族だ」

 「戯言を……。薬物解析の早さといい、証拠の見つかり方といい、無理矢理に進めていることが目に見えてわかるぞ」

 「いずれ明るみに出る、といいたいのかい? あぁ、その点は心配なく……犯人の供述はもうすぐ得ることができる。不幸にもその後、自らの過ちに耐え切れず、自殺してしまうかもしれないけど……」

 「そうか……そちらがその腹積もりならば、こちらはこちらで動かせてもらう」


 アスティが転移魔術にて、何かをしようとした瞬間。シャレッドが唐突に彼を睨みつけ、何かをするがごとく手を動かした。

 その瞬間、アスティの魔術が急激に減衰し、魔方陣が消え失せてしまう。それだけでなく、体内の魔力などが激減し、急激に力が抜けたことで、思わず片膝を床についてしまう。


 「お前……いったい何を————————」

 「悪いけど、あなたの力を奪わせてもらったよ。わかってくれないかな。侵略を行うような愚王をのさばらせるわけにはいかないんだ」

 「オレの……力を奪うだと……」

 「そうさ……あなたの“魔王”としての起源は、今ボクのものとなった。だから、あなたは急激に力を失ったんだ。ボクだって本当はこんなことはしたくない。でも我慢してくれ……」

 「許すと思っているのか!」

 「許さなくて構わない。でも、あなたが下手に動けば、彼女の命はすぐに消えると思った方がいい」

 「どのみち殺すつもりの癖に何を言う……」

 「じゃあ、あなたが持ち帰った人形……そしてあなたに仕えているものすべて……。既に嫌疑をかけて全員を軟禁しているけど、それでもやるつもりかい?」

 「————————ッ!! キサマ……普通に死ねると思うなよ……。お前には死など生ぬるい……。永遠の地獄の中に叩き落としてくれる」

 「構わないさ……。この国を救えるのなら————————」


 その言葉を最後にシャレッドは身を翻し、この部屋から出ていく。変わるようにして、彼の部下であろう人物がアスティの監視をするために部屋へと入り、扉の前に無言で立ち、一歩たりとも動こうとはしなかった。

 アスティは自らの力が奪われたことよりも、その影響で、現状では一人で打開できない自分の不甲斐なさに対し怒りを覚え、ただただ、奥歯を噛みしめるしかなかった。




 ◆◆◆



 目を覚ましたアリッサは、自分の視界が真っ黒に染まっていることに気づく。肌が擦れるような感覚からして、何か麻袋のようなものを被せられ、口には大声で喋れないように布がまかれている。

 おまけに、両腕は椅子のひじ掛けに縄で固定され、同じように足首も椅子の足に括りつけられているようだ。

 アリッサは普通の荒縄程度ならば腕力で断ち切れるほどのレベルを持っている。しかし不思議なことに、思った以上に全身に力が入らない。

 もちろん、意識を失う前に飲んだ毒のせいで未だに食道や胃腸が焼けるように痛く、痺れが残っているということもあるのだが、根本的な原因はそこではないように思えた。

 暗い麻袋の中でわずかに光っている首筋……そして、ひんやりとした鉄のような感触から、何らかの魔道具が首元に取りつけられていることわかっていた。

 実際、この魔道具のせいで、アリッサのレベルが一時的に低下していた。アリッサ自身も、この魔道具が、レベルの高い罪人などを暴れさせないために用いられる呪具の類であることを理解しているが故に、無駄に暴れて体力を消耗させることはせず、静かに聞き耳をたてながら様子を伺いだす。



 肌に覚える湿り気と空気の流れから、ここが石造りのどこかであることは確かであるのだが、それ以上はわからず、人気も全くと言っていいほどない。それどころか、魔族や人間が出入りしている物音すらしない。

 アリッサはため息交じりに静かに仮眠を取りつつ、何らかのアクションが起こるまで数時間ほどそのまま待ち続けた。


 すると、どれくらいの時間がたったのかわからなくなって来た頃……石畳を踏みしめるブーツの音が聞こえてきた。アリッサは息を飲みながらその足音が近づいてくるのを待ち。静かに目を閉じる。


 すると、その足音はアリッサの予想通り、おそらく前方に位置する扉を開けると、こちらに歩み寄ってきた。そして、無言のまましばらく見つめた後、こちらのことを一切考慮せず、一気に麻袋をアリッサの頭から引き抜いた。

 アリッサが目を焼かれなかったのは、この地下牢であろう場所が思いのほか暗く、そして、アリッサ自身もゆっくりと眼を開けたからであろう。


 「やはり、目覚めていたか……」

 「——————んん……」


 アリッサはしゃべれない口元を動かすようにして、少しずつ呼吸を整える。瞳を開けて周囲を見ると、予想通り、どこかの地下牢……。少しだけ嫌な予感がするのは、横に置かれた拷問器具らしきものが見えたせいであろう。

 アリッサに声をかけた人物は、アリッサの記憶にはない人物だった。こげ茶色の艶やかな髪に、深紅の瞳。隠そうともしない程、立派な黒光りする角。体格こそ恵まれていないが、何かしらの高貴な人物であることは予測できた。


 「状況がつかめていない、という顔ですね。いいでしょう、あなたの為に、新しい魔王たるこのシャレッド・アーストライアが直々に説明してあげましょう」

 (シャレッド……って言ったら、第一王子だっけ? どうして彼がこんなのところに……)


 アリッサは疑問に思いつつも、臆することなく、シャレッドを凝視し、続きを促した。


 「率直に申し上げますと、あなたには前国王を暗殺した下手人になっていただきたいのです……いえ、この表現はおかしいですね。あなたには、なっていただくのです。もちろん、返答はYESしかありません。NOと答えれば、当然、あなたはこの場で死に至ります」

 (どっちにしても殺すつもりなのに、ご苦労なこと……。あぁ、そういうことか……こいつが全部仕組んだってわけか……)

 「それにしても凄い生命力ですね。本来であれば、あなたも服毒して死ぬはずだったのですが……存外に人間はしぶとい……」


 アリッサは自分が死ななかったのは、服毒量が隣で倒れたオスニエル・アーストライアに比べて微量であり、即座に嘔吐したからであると自覚していた。だが、それをわざわざ表に出すことはしない。


 「ですが、そのおかげであの忌々しいエニュマエルも失脚させることができた。あとは、あなたの口から『私がやりました』といっていただくだけです。大丈夫、あなたは、後でこっそりと逃がしてあげますから……」

 (嘘だ……。顔を見ればわかる……。これは憐れむような顔でも、懺悔する顔でもない。相手を、気にも留めていない顔だ……)


 アリッサは前世で、ハンディキャップを受けていたせいもあり、他人の顔色を伺いながら生きてきた節がある。だからこそ、この類の顔を見分けることができた。如何に、申し訳なさそうな表情を浮かべていようと、声色や僅かな表情の変化から、目の前の人物が本当のことを言っていないことが嫌というほどわかっていた。


 「ふーん……これは中々に屈しなさそうな顔ですね……。まぁいいでしょう……どのみち、すぐに、泣き叫んでこちらの言う通りにするでしょうし……。それよりも、どうせ殺すのならば、あのエニュマエルを倒したあなたの力を頂いておきましょうか……」


 シャレッドがアリッサの額に手をかざすと、なにか悍ましいものが自分の中に入り込んでくるような感触がした。だが、強制的にレベルを下げられているアリッサに抗う術はなく、ただただ、歯を食いしばるしかなかった。


 「うわ、なんですかこれ、ゴミじゃないですか……。いりませんよ、こんなの……。憎き人間に奪われたリーリャを助ける力になればと期待したのに、これは酷すぎますね……。あぁ、期待して損しました……」


 だが、不思議なことに、それ以上は何もなされず、シャレッドはまるで汚物を見るかのように嫌悪と侮蔑の入り混じったような顔をアリッサに向けた後、すぐに手をひっこめていた。


 「ここに来たのは時間の無駄だったようです。あぁ、そろそろ行かなくては……。こんなところに長くいて、ウィンディに怒られてしまっては叶わない」


 シャレッドは腕時計を見て、時間を気にするような素振りを見せ、アリッサを放置したまま、背を向けて出口の方へと歩き出した。アリッサは何かを言おうとして声を張り上げたが、やはり、口元に布をまかれているせいで言葉にはならなかった。


 そうして、シャレッドが見えなくなった数分後、再び誰かの足音が聞こえてくる。それは次第に大きくなり、そして、アリッサの元へと影を降ろした。

 アリッサが顔を上げると、そこには青みがかった癖のない長髪を持つ綺麗な人族の女性が立っていた。宝石のような紫色の瞳は非常に印象的であり、同時にその美しい容姿と不釣り合いな服装に目が行く。全身にライダースーツのようなゴム製の衣服。そして、手袋。

 まるで、それは尋問をしに来たのではなく、拷問をしに来た、というような服装であった。


 その女性は静かに、妖艶で不気味な笑みを浮かべた後、何を思ったのか、まず初めに、アリッサの口元にあてがわれていた布を取り、アリッサの口元の自由を取り戻させた。


 「はじめましてかしら? アリッサさん」

 「誰だか知らないけど、縄をほどいてくれないかな。こうなる謂れはないんだけど?」

 「あははは、むりむり……。だって、あなたは国王暗殺の犯罪者なんだから!」

 「それも、どうせ仕組んだことでしょ」

 「そうですねぇ……。でも、真実なんて、金と権力でいつだって塗り替えられてきた」

 「まぁ、それには同意するけどさ……。あぁ、そうそう……名前、教えてくれないかな?」

 「私ですか? そうですねぇ……今は、『プラーナ』と名乗っておきましょうか……」

 「顔と名前……覚えたから……」

 「まさか……後で殺してやるとか言うつもりですか? この状況で?」


 プラーナと名乗った女性はゴム製の手袋でアリッサの頬を軽く撫でて、不敵な笑みを浮かべる。


 「強情な人ですね。あぁ、ちなみに、わかっているとは思いますが、今からあなたが自白するまでたっぷりと弄らせてもらいますから」

 「何をしても無駄だろうけどね」

 「ふーん……。最初はみんなそう言うんです。あ、ちなみに、私はこういうの得意ですから安心してくださいね。痛いのと気持ちいいのはどちらがいいですか?」

 「全然、安心できない言葉ね、まったく……。できれば痛いのは勘弁かな」

 「そう……じゃあ、痛いので行きましょう————————ッ!!」


 アリッサの首筋に唐突に太い注射針が挿入される。それと同時に、何か冷たい液体を流し込まれたような感覚と、針に突き刺された痛みが遅れてやってきた。

 そして、ゆっくりと針が抜かれた瞬間、心臓が張り裂ける程の鼓動を刻みだし、耳鳴りと眩暈、そして吐き気が同時にやってくる。呼吸をすればかび臭さが妙に鼻につき、耳を澄ませば、僅かな雨の音でさえ、鼓膜が破れるような痛みがする。そして何より、針を刺された個所が焼けただれるように鈍い痛みを発していた。


 「い————————ッ」

 「おー、最初はこらえましたね。でもこれからですよ」


 そう言いながらプラーナは何か炉のようなものに火をくべて、炉内を加熱し始める。中には鉄製の棒のようなものがあり、それを高温に熱しているように見えた。あまり、そういうものとは程遠いアリッサですら、アレを何に使うかは容易に想像できた。


 「さて、ここで選択肢を与えますね。もし、あなたが知っている情報を話すのなら、今すぐここから逃がしても良いですよ?」

 「それは選択肢じゃないでしょ。それに、あなたは絶対に逃がすなんてことはしない。やりたきゃ隷属の魔術でも使えば?」

 「可能であればやっていたんですがねぇ……今は生憎と持ち合わせがないですし、あなたのようなかわいげがないモノは犬のエサにする方が愉しいですから」

 「ずいぶんと私を知っている物言いだけど、こっちはあなたに恨まれるようなことはないと思うんだけど?」

 「ウソをつくとロクなことになりませんよ。こっちは、あなたのお仲間さんのせいで、体に傷をつけられたんですから」

 「身に覚えがない」

 「随分と嘘がお上手ですね。数か月前、こちらに煮え湯を飲ませておいて……。それに、あなたが親しくしているパラドイン・オータムは、あの人の敵です」

 「あの人が誰だかは知らないけど、私は先輩から何も聞かされてないし、無駄だと思うけど?」

 「無駄かどうかは関係ないんですよ。あなたの顔や体がぐちゃぐちゃになったところを見せて、パラドイン・オータムが地に沈む……それだけで十分な成果です。その過程で、多少なりとも情報が得られるのならば、なお、あの方が喜んでくれます」

 「さっきから聞いていれば、『あの方』『あの方』って、随分と一方的なんだね。もしかして、ストーカーの類? それとも、相手に好意を抱かれていないのに関わらず、うざったらしく重い愛を投げかけてるわけ? だとしたら、随分と滑稽だね」

 「黙れ———————」

 「たとえ、その人がこれを望んでいたとしても、この行為であなたとその人の距離が縮まることは絶対にない」

 「黙れ————————ッ」


 プラーナは近くにあった鉄杭を掴み取り、アリッサの頬に向けて横から貫通させるように突き刺す。アリッサは奥歯の一部が折れ、そして、突き刺された反対側の頬から杭の先端が露出するように口の中に太い棒が残り続ける。

 顔の突き刺すような痛みに意識を持っていかれそうになるのだが、それ以上に、鉄杭が舌に触れているせいなのか、それとも傷口から溢れ出た血液のせいなのか、口の中が金臭く、鼻がおかしくなった。


 「アハハ! これで、その汚い口を封じてあげた。感謝しなさい」

 「はれが……」

 「へぇ……これでもまだ、耐えられる……。意外と痛みに強いんですね」


 アリッサが痛みに強いのには理由がある。それは、幼いころから大怪我ばかりしてきたことも要因の一つであるが、ここ最近は特に、死にかけることが日常茶飯事であり、そういう場面において、泣き叫んでいては本当に死に直結することがほとんどだった。

 故に、全身が死に対する警鐘こそ鳴らしているが、未だに、反射的に目から僅かな涙が出る程度で済んでいる。


 「でもまぁ、本番はこれからですからね」


 そう言いながら、プラーナはテーブルから糸鋸のようなものを取り出し、うなだれているアリッサの髪を引っ張って顔を上げさせ、わざとらしくそれを見せた。


 「今からあなたの手足の先からゆっくりと切断していきます」


 糸鋸は刀剣類のように即座には切れない。何回も往復せることで何度も痛みをあじあわせることが目的なのだろう。


 「大丈夫、安心してください。出血しても、すぐに塞いであげますから!」


 そう言いながらプラーナが指さした先。それは、赤々と燃え盛っている炉の中にある鉄の棒であった。あれで、焼き焦がして止血すると、などと先ほどから手順を堂々と宣言することで、相手に不安や恐怖を掻き立てて愉しんでいる。

 アリッサはそれを心の中で感じつつ、吐き気や耳鳴りが激しい脳が堕ちていかないように、必死で自分の内側に心を押し込めていくのであった。


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