第2話 アリッサは浪漫を語る
三人は様々エリアなどをまわりつつ、シンギュラリティパーティを満喫していく。芸術エリアでは学生とプロが入り混じって演奏や歌唱を途切れることなく続け、学術エリアでは様々な理論の提唱や研究成果などを展示してあった。
それぞれの学校では、クラスごとに模擬店を開いているため、それらをまわることも一興といえる。もちろんそれは日本で言う大学に相当する高等教育カレッジにも当てはまり、こちらはオープンキャンパスとしての意味合いも含まれていた。
そうやって街中をまわり、一同はとある場所にたどり着く。それは、学問の影に隠れて様々な政府関係者が訪れる兵器開発のエリアであった。もちろん、こういったエリアを「殺人エリア」と揶揄して批判する人もいるが、ここでそういう軍事機密の研究成果を開示しているわけもなく、基本的に展示されているのは対モンスター用の装備である。
その陳列されたもの中には、アリッサの使っている金属バットとよく似ている棍棒も展示されており、少々の人気を集めていた。一応、オークションとして最終日に出品されるため、買い取ることもできるが、かなりの高額であることは間違いない。
「あら? こちらはアリッサさんの武器ではなくて?」
「よくご存じですね、ミセスさん」
「えぇ、わたくしもあの大会に出場しておりましたから……残念ながら準決勝で敗退し、三位という結果になってしまいましたが……オホホ」
「そんなこといったら、こっちが推薦してやったコイツなんか、一回戦突破後に怪我で敗退したアホだぞ」
「うっさいですね、先輩は……。自称魔王に勝ったからいいじゃないですか」
「まぁまぁ、それぞれの事情もあるではありませんか……。それにしても独特の形状ですねぇ」
そう言いながら、ミセスは触れてもいいという展示物の表示を確認してから、手を伸ばしてグリップ部分を握ってみる。
———————が、しかし、握った瞬間に手を離して、自分の手の平を信じられないというような驚愕の表情で眺めていた。
「どうした? 手にもって見ねぇのか?」
「いえ……これは……その……」
「ミセスさん……どうしたのですか?」
「これは……人類が扱うものとは思えませんわ……」
「えー、そんなわけないじゃないですかー」
アリッサはそう言いながら展示品を手に取って軽く左右に振ってみる。そして小首をかしげるように顔をしかめた。
「うーん? 重心の位置が私のモノと違う? それよりも、魔石のグレードを下げているのが気になりますね……」
「これで……下げているのですか?」
「たぶん、ダウングレードして万人に扱いやすいようにしているんだと思う。私のはピーキーな調整をしているから」
「ピーキーっていうか、テメェのは単なる魔力バキューム兵器だろ」
「失礼な! きちんと白兵武器としても、魔術杖としても使えているじゃないですか!」
「そいつは、ミセスの反応を見りゃあわかんだろ」
「そうですわね……飾り物としてはいいですが、これは……酷いですわね」
「えぇ……なんでぇ……」
「魔力という名の燃料を喰い過ぎです……。魂すら吸い取られるようなおぞましいものですわ、オホホ……」
アリッサが未だに小首をかしげているため、二人は無視しつつ、隣の展示へと足を進める。アリッサもすぐにそれに気づいたため、展示を元に戻して二人の後を慌てて追いかけた。
すると、パラドが青色のナイフの展示品を手に取って透かして見ていた。
「こっちの武器は使い勝手がよさそうだな。軽くて丈夫と見た」
「へー、チタンのナイフですか……。ゴミですね」
「はぁ!?」
「これ、純チタンナイフで混ぜ物の量は少量です。青色が出て色合いは綺麗ですけど、すぐに鈍りますよ……」
「酷い言いようだな、おい……」
「よくいるんですよねー。チタンが軽くて丈夫だから武器に……とか……。自動車のマフラーカッターなら多少の傷はいいですけど、ナイフに関しては先端が丸くなったら切れ味のないただのゴミナイフ。それがすぐに訪れるんですから、見た目重視のものだって……」
「じゃあ、なんならいいんだよ……」
「ふむ……基本的に包丁に使われているステンレスやMV鋼の方がよっぽど信頼性があって優秀ですね。それになんと言っても安価で長持ち……。いい事だらけです……」
「じゃ、じゃあ、あそこのタングステンの弾丸は?」
パラドが向かい側に展示されているライフル弾を指さしたが、アリッサは鼻で笑って首を横に振った。
「ダメダメですね。確かにタングステンは硬くて熱に強いですが……粒子が小さいので非常に脆いんですよ……。高靭性タングステンならいざ知らず、適当にとって付けただけのタングステンを弾頭に使うなんて、ダイヤモンドをハンマーヘッドに使うようなものです」
「弾頭に使って何か問題があるというのか?」
「やわらかい標的ならそりゃあ鉄と同じように貫きますが、堅い相手に対しては貫く前に先に弾頭が自壊しますし、なにより、採掘量や生産性のコストと比較してメリットがあまりに小さい。これなら、ゴム弾の方がよっぽどマシです」
「お前はそれが専門分野か……」
「うーん、どうでしょうね。素人知識で申し訳ないのですが、基本的にこういうアホな考えをする人は『硬い』『柔らかい』の意味を物性的に理解してない人だとは思いますけど……」
「ついていけないな……全く……」
パラドは自分の世界に浸り始めるアリッサを置いて、ミセスと共に奥に進んでいく。アリッサはそれを見て、またしても慌ててついていくことになった。
そうして、次の場所に立ち止まるのだが、今度は別の意味でアリッサが豹変することになる。
二人が立ち止まっているところを見ると、ガラスケースの中に展示された接触厳禁の盾が目の前にあった。赤と黒にカラーリングされて、どことなく禍々しくも感じるが、この街の職人が作ったものなので特にこれといった害はない。
「これは……なんだ?」
「フムフム……『可変式マルチウェポン マークX』という名前らしいですわ」
「なんだそのネーミングセンス……」
「可変式マルチウェポン……てことは、まさか変形武器!?」
アリッサだけが目の色を輝かせているが、他はあまりピンと来ていないらしく、顔をしかめたままだった。
アリッサはショーケースのガラスに触れつつ、手元にボタンがあることに気づき、そちらを眺めてみる。よく見れば、平板に配置された三つのボタンの内一つが点灯しており、それが現在の状態を表しているようであった。
アリッサは好奇心に胸を躍らせながらも、まずは真ん中のボタンを押してみた。
その瞬間、ボルトが緩むようなモーター音と共に金属がこすれ合い、ぶつかり合うような衝突音が響いたかと思うと、盾だと思われていた形状がいつの間にか短身の銃へと変形していた。
ご丁寧に引き金を引いたときの効果音までもが流れている。
「うぉぉぉぉぉおおおおお!! 変わりましたよ! すっげぇぇ!!」
「何をそんなに騒いでいるんだ。パーツの付け替えで変えられる武器なんて腐るほどあるだろ」
そう言いつつ、パラドは興奮気味なアリッサを横見して、一番右のボタンを押す。すると、先ほどと同じように小気味よい金属音を奏でながら銃形状が変形し、ショートソードの形をとった。
「見ました! 見ましたよね! 先輩!」
「見たけど、何がすごいのやら……あれじゃあ、耐久性が心配だな……」
「はぁぁぁぁぁ!? わかってないですね、先輩は……耐久性とかじゃないんですよ、こういうのは……」
「あら? では何が重要なのかしら、オホホ……」
「そうですねぇ……。まずはあの変形機構……魅せるような自動制御が成し得た奇跡とも言うべきものです。グリスを飛び散りさせることなく綺麗に形状を変えたのは私的にポイント高いですよ」
「そんなもの、それぞれの武器を持ち替えた方が早いし、楽だろ」
「はいそれ! アンチ変形武器派はそういうクソみたいな現実主義なことをいうんですよねー」
アリッサは語るようにショーケースを背中にして拳を強く握りしめる。
「いいですか! ロマンなんですよ、こういうのは! 非効率とか、耐久性に難あり、とかそういう問題じゃあないんですよ」
「でも、結局、戦闘で使用できなきゃ意味ないだろ」
「ケッ! これだから開発のことをわかっちゃいないお坊ちゃまは……」
「おいこら、言葉が汚すぎだろ」
「私は平民なんで綺麗な言葉遣いなんてしらないんですー。あとですね、こういうロマンこそが新しいことの初めの一歩なんですよ! 耐久性? 変形速度? そういうのは、後からついてくるんですよ。トライ&エラーの積み重ねで0を1にすることもわからないとは、まったく……」
「おい、技術支援で資金援助をしているのはこっちなんだぞ……」
「はー、それはお偉いこと……。じゃあ、先輩は、お金になりそうな応用研究ものに予算をぶち込めばいいじゃないですか。基礎研究をないがしろにして、時代遅れになってもしりませんからねー」
「ならねぇよ……きちんと新聞は見てる」
「はぁ? 新聞で出るのなんて、基礎研究ができたものに決まってるじゃないですか。全然わかってない!」
パラドはアリッサを睨みながら「わかるかそんなもん」と言い放ちそっぽを向く。だが、ミセスに関しては少しだけ納得したように頷き、熱演するアリッサの両手を包み込むように取って見せる。
「アリッサさん。良い考え方ね、オホホ……。それで、アリッサさんから見て、どれが次期の流行武器になりえるのかしら?」
「そうですねぇ……私の見立てでは、この変形武器はあと50年後には主流武器で、誰しもが使っていると思います。直近では、これから武器の規制も酷くなる可能性もありますし、隠せるダウンサイジングした武器なんかも出てくるかと……。あとは、逆に高出力の武器を制御し、燃料タンクの役割も果たす機械鎧なんかも……うへへ」
完全に顔がほころんでいるアリッサを横目に見ながらミセスは静かに名刺を取り出しつつ、それぞれの展示に置いてあるアンケートボックスに目を向ける。そして、なにかメッセージを書いて、アリッサが指さしたものすべてに入れていった。
「おい……何をするつもりだ」
「なにって、今後の商談のコネづくりですわ、オホホ……」
「まさか、アリッサの夢物語を真に受けたわけじゃあないだろうな」
「はて……それはこれからわかることでしょう、オホホ……」
パラドがミセスに呆れているところであった。パラドの通信端末とミセスの通信端末にほぼ同時に連絡が入る。パラドは文字通信でかかれたその暗号文を解読しつつ、ミセスと顔を合わせるように一度頷いた。
「あれ? どうしたんですか、二人とも……」
「わりぃな、今後の予定はキャンセルだ」
「ごめんなさいね。ちょーと、お姉さんたち、用事ができちゃったみたいなの」
「そうなんですか。じゃあ、仕方ありませんね……」
「この埋め合わせは……いや、それより、詫びだ……フローラと一緒にこれでうまいもんでも食ってこい」
そう言いながらパラドは小さな布袋をアリッサに渡す。アリッサがそれを確認すると、金貨が何枚も入っており、手放しで受け取れるような額ではなかった。
「ちょっと、先輩これ……」
「はい、これ、お姉さんからの御守りですわ」
そう言いながら、ミセスも宝石のついた指輪を自分の右手から外して、わざとらしくアリッサにつける。そして軽く抱擁した後に、アリッサの額に口づけして、ウインクしてみせる。
「あの……」
「わりぃ、急いでいるんだ。話は聞けない」
アリッサが何かを言いかけたところで、魔術杖を取り出していたパラドが転移魔術を発動させ、アリッサに反論すらさせずに、ミセスと共にその場から忽然と消え去った。
アリッサはしばしの間、放心していたが、数秒後には自由を取り戻し、自分が置いて行かれたことに腹を立てて地団駄を踏むのであった。
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