第5話 強さの証明


 リリアルガルド中央魔術学院が会場の一つとなっている武闘大会とは、別名リリアルガルドジュニア統一武闘大会と呼ばれ、リリアルガルド中の全ての学院で開催される行事である。対象者はYear12以下……つまりは、アリッサの前世の知識で言う高校3年生以下が対象となる。ちなみに、リリアルガルド中央魔術学院はYear10~12までの教育機関であるのだが、リリアルガルドには当然のことながら、この学年階級以外にも様々な期間で勉強を受けられる学校が多数存在する。そのため、学術国家リリアルガルドと呼ばれているが故に、大規模となるため、これは国を挙げてのお祭りにも等しくなる。もちろん、学校のほとんどは首都ベネルクに集中しているが、その他の地域も対象となっている。だが、強制参加ではないため、地方から参加してくるものは、相当に腕に自信があるものしかいない。

 この大会は、学年ごとに一対一のトーナメント戦で行われており、敗者復活なしの完全勝ち残り制となっている。また、上位に行けば行く程、様々な地位の人に見てもらえることから、魔術や武術を活かした就職先を希望する人物たちにとっては、アピールする場になっていたりもする。


 そんな大会に、アリッサはいい機会だからと初めての参加をした。ちなみに、キサラは参加したが、フローラは不参加を表明している。

 一週間ある武闘大会の一日目が本日であり、アリッサたちも『華の同盟』のギルドハウスにて、各々の準備を整えていた。ちなみに、トーナメント表は三日ほど前に生徒手帳を通してメールで配信されていた。

 それによると、アリッサとキサラが参加しているYear10の部門のトーナメント表では、キサラとアリッサが完全に逆ブロックとなっていた。運がいいのか悪いのかわからない現象はさらに続き、キサラの一回戦の相手は、アリッサが2週間前にあった、アストラルの側近であるセイディという魔術師となり、アリッサの対戦相手に関しては、その魔王本人……つまりはアストラルとなっていた。

 山中でこの情報を確認したときに、困惑こそあったが、キサラの「やることは何ら変わらない」という言葉で、レベル上げという名のデスマーチは続行され、今に至る。



 アリッサは装備の最終確認の為に、姿見を見て、どこかにほつれなどはないか確認しつつ、装備のメンテナンスを行っていく。

 アリッサの今回の服装は、冒険者としてのいつもの装備である。道具を収めるショルダーベルト付きの白いシャツの上を腕まくりしてアリッサは度重なる無茶で少し痛んでいる茶色のセミロングの髪を後ろで束ねている。いつも着ているコートは初夏で気温が上がっているため今日は羽織っていない。ただ、その他はいつも通りであり、ベルト部分に武器をセットすることができるネイビーのハーフパンツ、そして両脇腹にある二つマジックバック。

軽く床をつま先で叩くと、膝部分にプロテクターの入ったダークブルーの鉄板入りの膝上ブーツ特有の堅い音が部屋に鳴り響く。街中であるため、武器は腰の後ろのベルトにセットしていないが、即応用に小さな魔術ステッキをショルダーベルトのほとんど成長している形跡のない胸元部分のソケットに入れる。

 そして、軽く体を振りながら一回転して、最終確認をしたのち、アリッサは静かにうなずいた。


 アリッサが準備を終えてギルドハウスの1階にある共有スペースに顔を出すと、キサラが出発するアリッサを待っていた。ちなみに、フローラは疲れているため未だに就寝中である。

 アリッサが朝日のまぶしさに目を細めながら入り口の方を見ると、キサラは疲れたような表情を一切見せず、むしろ少し怒っているように思えた。

 そんなキサラの鴉の翼のように艶のある濡羽色の癖が全くない水を帯びたような髪質は、あれだけのデスマーチをしたのにも関わらず全く変化していない。そんな艶やかな髪は腰まで伸び、もみあげは頭の少し後ろで淡紅色と唐紅色を基調としたモダンな柄のリボンで結んでいるキサラの服装は一切の乱れがなく、その几帳面な性格を表していた。凛とした骨格に、黄色をわずかに帯びた健康的な肌、少しだけ釣り目である瞳は髪と同じように光を反射していないように見えるのに透き通っている彼女は、名前の通りこの国の出身ではない。

だが、多民族国家のリリアルガルドではあまり気にされないどころか、日常風景に溶け込んでいる。

 そんなキサラの服装は、いつも通りの冒険者の格好である。ポーチを備えた腰と腹にかかる二重のベルトの下にはいつもと少し違い灰色の七分袖シャツを着ている。シアンカラーの厚手のダウンコートはアリッサと同上の理由で着ていない。セントラルの制服のスカートと同じような材質であろう紺色のプリッツスカートの下は、太腿の中間まで伸びる黒のハイソックス。そして、僅かに底上げされたひざ下までの紺色のハイカットブーツを履いている。

 少し前に、フローラが勝負服として小袖や袴を勧めたことがあったのだが、その時のキサラの回答は「こっちの方が動きやすいから」と断っている。後々でアリッサが詳しい理由を聞くと、どうやら、汚れや破損の頻度が激しいため、毎日着るには不適切ということらしい。着付け方法などを忘れたわけではないが、式典など以外で着るほどのメリットがなかったようである。

ちなみに、アリッサやキサラが性能を重視するだけであって、フローラのようにファッション性も諦めていない冒険者も存在する。


 キサラは降りてきたアリッサを見るなり、背中を向けて歩き出し始める。アリッサもそれを追って小走りで動き出した。二人は早歩きで会場に向けて歩きながら互いの調子を確かめだした。


 「遅いです。このままではオープニングセレモニーに5分遅刻です」

 「5分ぐらい大丈夫だよ。どうせ開始時間も10分遅れるから」

 「そういう問題ではありません。遅れることそのものが大変失礼なことです」

 「キサラさんは相変わらずだなー。まぁ、そういうところもいいんだけどさー」

 「急にどうしたんですか。気持ち悪いです」

 「えへへ……なんでもないよ。じゃあ、キサラさんの言う通り、アップがてらにランニングで行こうか」

 「当然です—————」


 そうして、2人は朝日が昇り始めたリリアルガルドの中心で、石畳の上を軽快に走り出す。誰もいないレンガの街に吹き抜けた初夏の風だけが2人を包み込んでいた。




 ◆◆◆




 そうして、唐突に始まったアリッサの一回戦————

 オープニングセレモニーはそこそこに、試合は順調に進み、ついにアリッサの番にやってくる。人数が多くても、一回の試合時間がそう長くはないためサクサクと進んでいくようである。

 アリッサは腰の武器を確認し、乾いた土の上を進んでいく。暗がりの道を抜けると、そこは大きく開けた円上のドームコロシアム。観客は目の前の自称魔王の試合を見るために集まっているためか、一回戦にしては多い。

 アリッサはそんな観客たちの圧に少しだけ緊張しながらも前を向き、中央の方へと歩いて行った。

 最初ということで審判員の人もアストラルの隣に立っている。

 アストラルは相変わらずで、不調などは見られない。漆黒のような黒い髪は眉下まで伸び、耳にもかかり、襟足は首元まで伸びている。他人を睨むように鋭い深紅の瞳は、見ているものを威圧し、服装は着崩しているのか、わざとらしく襟を立てている。体系は服の下からでもわかる程度には鍛え上げられており、身長もアリッサよりは、頭の半分程度は大きい。

 故に、アリッサは見上げるようにアストラルに睨みつけることなる。

 アストラルは鼻で笑って見せるが、何か喧嘩が起きる前に、審判員が武闘の説明を始める。


 審査員の説明を簡略にすると、勝敗は、「手渡された『シールド』の魔石の効果が切れた方の負け」ということらしい。ただし、この『シールド』の魔石に直接、効果を消すような魔術などは禁止されている。それ以外は試合前に何をしようとOKとなる。つまり、事前の食事に毒を盛ろうが、人質を取ろうが、それは試合の範疇に収まるらしい。もちろん、人質などは試合後に無傷で開放しなければ失格になる。使用武器や使用魔術に制限はなく、相手を故意で殺傷するものでなければ使用が可能となる。

 なお、『シールド』の魔石を意図的に発動させないことも許可されているが、その場合は無発動の状態で外傷を受けたら負けとなる。つまり、自分で『シールド』を使用することも可能であるということである。

 ちなみに、闘技場の周囲には、高度な防護魔術が施されているため、周りの被害は気にしなくても問題ないらしい。


 一通りの説明を終えた、審査員は一礼して外へと避難していく。ちなみに、開始の合図の大きな鐘の音まではもう少しだけ時間がある。故にアリッサは少しだけ笑いながら、アストラルの方へ近づいていった。


 「やぁ、久しぶりだね。サリーは元気?」

 「この期に及んでアイツの心配とはな……。貴様も噂ぐらいは聞いたことがあるだろう。この二週間であいつはこの学院で人気者だ。それだけじゃなく、リリアルガルド全体でマスコット的な存在になった」

 「へぇ……考えたじゃん。そうなってしまえば、複数の目から手が出しづらくなるってこと?」

 「まぁ、そういうことだ。少しは頭が回るようだな」

 「褒めてもなにもでないよ。それよりも、聞きたかったんだけどさ……」


 アリッサはへらへらと笑っていた顔を引き締めて、再びアストラルを睨みつける。


 「どうして私をサリーの護衛から外したの?」

 「決まっている。貴様が弱いからだ。勝手に死なれては寝覚めが悪い」

 「『すべてはオレが護る』っていう感じかぁ、やっぱり傲慢だね」

 「何が言いたい?」

 「なーんでもないですよ。たださぁ、ちょーと腹が立ったって話」

 「だからどうした? 貴様いくら努力しようと、地力が違うというものだ」

 「へー……。じゃあさ、私がこの勝負に勝ったら、あの子の護衛も含めて全部、私に任せてもらえない?」

 「貴様にあの子はやらん————」

 「父親かなんかかかよ。まぁいいけどさ……。で、こっちが負けた場合だけど……」

 「二度とあの子に近づくな……」

 「それはあの子にとっていいこと?」


 アリッサの言葉にアストラルが若干たじろいだ。どうやら、本当に親バカになっているらしい。


 「こっちが負けた条件だけど、まぁ、できうる限りのあなたの願いを叶えるでどう?」

 「ふん。それで構わん。おっと、そろそろ時間のようだな。互いに距離をとるぞ」


 そう言って踵を返して、アリッサに背中を向けてアストラルは話を早々に歩き出した。その瞬間に、アリッサは右手のグローブの調子を確かめてから、腰にある武器を引き抜いた。それはショートソードのようなサイズの白銀の武器。左右非対称で歪にうねったその刀身とグリップ部分は繋がっているのか、全てが銀色に輝いている。本来、唾があるべき部分には深紅の魔石が埋め込まれており、その下には銘が刻まれている。アリッサの持ち物ではないが、ララドス工房にて渡された一品であることは間違いない。


 アリッサは、それを引き抜くと同時に、逆手に構えたまま、無防備なアストラルの背中に叩きつけるように剣を振るう。もちろん、まだ試合開始の合図はなっていない。だが、事前説明の通り、フライングアタックも第三者に当たらなければOKなので、これもルールの範疇である。


 しかしながら、そんな不意打ちもアストラルは振り向かずに、片手だけをこちらに向けて剣を受け止める。どちらも『シールド』の魔術の使用はまだしていない。それなのにも関わらず、アストラルの方の手のひらには傷一つついていない。

 アリッサは、それを確認するよりも早く。逆手で振り回していた剣に左手を添えて、横一線で振り回すように、振りぬいた。大地を踏みしめ、僅かに抉れるような地面と共に、その衝撃はアストラルの方へと流れていき、彼の体を僅か数センチだけ宙に浮かせる。

 例えレベルが高くて攻撃に対して皮膚が強靭になろうとも、体重までは変わらない。故に、力の移動だけは伝わっていく。つまり、踏ん張っていないような状態でそれを受ければ、吹き飛ばすことはできるということである。


 アリッサは受け止めたアストラルの手が負けて肘から折れ曲がると思ったのだが、想像以上に受け止めた力が強く、そのままの体勢でアストラルが宙に浮いたことに驚く。だが、考えるよりも先に、アッパーカット気味に振りぬいた剣がアストラルの体をアリッサの前方数メートル先へと吹き飛ばした。

 アストラルは、吹き飛ばされてなお、余裕の笑みを崩さずに、宙返りを決めながら華麗に着地し、土煙の中で不敵に笑って見せる。

 アリッサはそれを確認して持っていた剣を一度地面へと突き立てる。ここでようやく試合開始を告げる鐘の音が会場に鳴り響いた。だが、会場全てがアリッサの不意打ちに驚き、それを聞いているようには見えない。


 「ほぉ……不意打ち程度でこのオレが倒せるとでも思ったか?」

 「思ってないよ。それと、早く『シールド』の魔術を使いなよ。じゃないと、一撃だけで終わっちゃうからさ」

 「甘く見られたものだな。貴様の攻撃ではこのオレに傷一つ付けることなどできはしないというのに……」

 「ハンデはいいけどさ……。それで、負けても恨みっこなしだからね」

 「構わん。その程度は些末なことだからな」

 「あっそ……。じゃあ、負けて後悔でもしてろ」


 そういいながら、アリッサは、魔石の『シールド』魔術を発動し、ふてくされながらも地面を抉るほど蹴り上げて、再びアストラルに接敵する。だが、アストラルも今度は素手ではなく、腰の直剣を抜き放ち、これを迎撃する。見たところ、普通の鉄の剣のように見えるが、アリッサの振り回したショートソードとぶつかっても刃こぼれしていないことから、それなりの一品であることは即座にわかる。


 二人だけの空間に幾度となく剣戟の衝撃波が走り抜ける。アリッサが何度も武器をぶつけているのに対し、アストラルは、その場から一歩たりとも動かずにそれをいなしていく。以前と変わらず、その圧倒的なレベル差は埋まっていない。だからと言って、アリッサは以前のアリッサではない。


 一度、距離を取りつつ、借り物の剣を自分の腕のように回しながら、抑えていた魔力を剣に込め始める。すると、唾があるべき部分に収められた深紅の魔石が輝きだす。その瞬間に、魔石の魔方陣が起動し、アリッサの持っていた白銀の剣は、持ち手を含むすべての部分が真っ赤に染まっていった。そして、刀身の部分はまるで熱でも帯びているかのように周囲の水気を吹き飛ばし、白い煙を漂わせ、蜃気楼のように空間を歪ませ始める。だが、持ち手の部分は黒くなるだけで熱は帯びていないように見えた。


 「ほぉ……魔剣の類か? 珍妙なものを持ち出したな」

 「魔剣? 何言ってるの、これはおやっさん特製の試作武器だよ。何を勘違いしているのか知らないけど、ここはあなたが生きていたっていう時代と違うんだから、そんなもの私がここに持ってこれるわけないじゃん」

 「ならば、それは贋作の類だな」

 「試してみればいいさ」


 再びの疾駆。体勢を低くした状態から、順手で構えた灼熱の剣を袈裟に振り上げる。だが、アストラルはあくびでもするかのようにそれを自らの剣で防いでしまう。だが、それを見越してアリッサは、空いている左手を腰の後ろに回し、ピッケル型の魔術杖を引き抜いて正面に構える。はじめはただの牽制のためのショット。がら空きになった胴体に命中こそするが、彼の衣服ですら貫けていない。


 嘲笑うように不敵な笑みを浮かべるアストラルに対し、アリッサは振りあがった灼熱剣を今度は勢いよく振り下ろす。だが、当然これはアストラルの持つ剣で防がれてしまう。ほんの数秒の鍔迫り合いが続き、その灼熱が徐々にアストラルの持つ剣の方へと移っていく。


 アストラルが明らかに嫌そうに顔をしかめた瞬間にアリッサは再び、左手のピッケル型の杖を構えて、零距離で魔術を発動する。だが、今度は『ショット』ではない。ゲノミルピードの表皮ですら弾き飛ばした強化魔術『ブラスト』である。


 「———————ッ!!」


 その高密度な魔力を感知したのか、アストラルが体を不自然に捻って、ブラストを避けてみせる。だが、ブラストが走り抜けた痕を刻みつけるように、彼の着ていた制服の腹部部分は焼き焦げて複数の穴ができていた。

 直後に闘技場の壁に展開された防護魔術がブラストとの衝突で軋むような激しい重低音を鳴り響かせ、その音と同時にアストラルは逃げるように、アリッサから2歩3歩とステップを踏みながら距離を取る。

 そして、焼き焦げた自分の服装を見て、お腹を抱えて笑いだす。


 「くくくくくはあっはははははははああああああああ!! そうか、そういうことか。お前にいくら『看破』の魔術をかけようとレジストされる理由。お前にいくら直接魔術を打ち込もうとレジストされるそのわけを—————!!」

 「何がいいたい?」

 「いやなに、こんな化け物が現代にいようとは思わなかったということだ」

 「化け物なんて心外だなぁ。私はただ、あなたに認めさせたいだけだし……」

 「化け物は化け物だ。だが、お前の言う通り、このままではオレの負けだ。だから、ハンデを止めてやろう」


 そう言いながら、アストラルは『シールド』の魔術を発動させる。それと同時に、抑えていたであろう魔力の奔流を周囲一帯にまき散らしていく。まるで他者を威圧するようなその高密度な魔力の波に、観客席にいたものでも、気分が悪くなり退出するものがいた。だが、アリッサはアストラルを、自身の薄桃色の瞳で見つめたまま動じていない。


 「貴様の魔術は確かに、このオレをほんのわずかに傷つけることだろう。これでようやく勝負になるというものだ」

 「なーんだ。まだハンデを自分に課してるじゃん。じゃあ、私ももう少しギアをあげようか」


 アリッサはピッケル型の魔術杖を腰に差し直し、マジックバックからもう一つの武器を取り出す。それは、バトンのような小ささの魔術杖。握るようにグリップが太いわりに、40センチほどの長さしかないその魔術杖には小さなボタンのようなものがつけられており、先端には灰色の太いグリップと同じぐらいの青い魔石が取り付けられている。

 これも試作品であり、魔力弾を効率よく飛ばすために作られた通称ガンロッドの銃身を限界まで切り詰めて構造を単純なものに作り替えたものである。

 アリッサはそんな中途半端な武器を左手で躍らせながら、構え、右手に持つ灼熱剣と共にアストラルに向かって再び疾駆する。


 レベルの上がっているアリッサの体は、コンマ数秒も経たずに、アストラルに肉薄し、横薙ぎに振るわれた灼熱剣とアストラルの剣が激しい火花を散らす。その瞬間に、再び、バトンのようなガンロッドの先端の魔石が輝きだし、先ほどと同じように『ブラスト』を発動させる。

 アストラルは、片手で発動させた魔術の防護壁でこれを防ごうと試みた。防護壁とブラストは激しくぶつかりながら、零距離で肉薄しているアリッサとアストラルの体に爆風を届かせるが、互いに全く吹き飛ばされている気配はない。

 『ブラスト』一発に対し、防護魔術はその壁を激しく損壊させながらも防ぎきる。だが、次に振るわれた灼熱剣の突きには耐えきれずに、ガラスが砕け散るように瓦解。結果、アストラルは軽くステップを踏みながら身を捻って回避することなる。


 だが、これでアリッサは終わらない—————



 ゴブリンロード討伐の時に無意識ながら発動させた魔術的連携。それは、アリッサの持つ左手のガンロッドでの再びの『ブラスト』の発動を意味する。2週間という期間で身についた相手の動きに合わせた数百にも及ぶありとあらゆるパターンの組み合わせにより成り立つ、白兵攻撃と『ブラスト』の連携技。

 決まった型ではないその演武のようなアリッサのその動きを、『華の同盟』の仲間であるフローラはこう呼んでいた。


 【ブラストチェインリボルバー】————————


 高レベルのモンスターとの戦闘の最中で、死に物狂いで身に着けたその技は、アリッサに僅かな勝機をもたらす。


 薙ぎ払うように振うガンロッドから放たれた2発目のブラストを、アストラルは再び魔術障壁で防ごうと魔術を展開させる。だが、威力調節をできるのは当然のことながら『ブラスト』も同じであるため、先ほどよりも威力を上げた魔力弾に、障壁はぶつかると同時に一瞬でガラスのように砕け散る。

 アストラルは驚きつつも、過剰気味魔力を帯びさせた自身の拳でこれを無理矢理逸らした。直後に地面を抉りとる衝撃が起こり、砂ぼこりを舞い上げる。アリッサは、体勢の崩れたアストラルを見逃さず、灼熱剣を縦に振り下ろす。

 アストラルはこれを自らの剣の腹で受け止め、衝撃で少しだけ後ろによろめく。だが、その反動を利用して反時計回りに回転するようにアリッサの腹部を切り裂こうと剣を振るった。

 しかし、冷静な態度を崩さないまま、アリッサはその振るわれた剣の刀身に向けて逆手に構え直したガンロッドを向けてブラスト発動し、僅かな猶予を作りだす。その間にしゃがみ込んで回避するが、今度は膝蹴りが放たれたため、アリッサは右手の剣の柄頭を鈍器のように扱いその膝蹴りを真正面から叩きつける。


 あまりの衝撃で、アリッサの持っている灼熱剣のグリップ部分が不自然に折れ曲がったが、アストラルの体の方もはじき返された衝撃で足の踏ん張りがきかなくなった。発動させていた『シールド』削り取られるような音を立てたため、アストラルは即座に魔術を再発動し、アリッサの視界から掻き消えた。



 アリッサが周囲を見渡せば、十数メートルほどの距離を開けてアストラルが悠然と立っていた。どうやら、瞬間移動の類の魔術を使用したらしい。それを確認してアリッサは無言のまま灼熱剣とガンロッドの剣先を地面に向けて、そちらの方へとゆっくりと振り向く。


 ほんのわずかな間の攻防。そのあまりの出来事に、観客席はフライングアタックの時から驚愕が抜け切れていないように思える。


 「無茶苦茶だな、貴様は……。昔、幾度も剣を交えた勇者の方がまだまともな武器の扱いをしていたぞ」

 「だからどうしたの? 綺麗な攻撃とか、流れるような連撃とか、今ここで関係ある? 何連撃しようが、いくら綺麗な動きをしようと、相手にダメージを与えられなきゃそれはただのゴミクズでしょ」

 「面白いほど現実主義だな」

 「理想やロマンばかりを追い求めてたら、自らより強いやつを相手にしたときに死ぬだけだし、当たり前なことだと思うけど?」

 「そうか? 美しさとは時に重要だと思うのだがな。そうしなければ、誰もが納得する考えには至らぬであろう」

 「クソくらえだね。第一、誰もが同じであるなんてありえないし、誰しもが同じ美的感覚を持つわけじゃない」

 「なら貴様は、戦いに何を追い求めている。闘争か? それとも悦楽か?」

 「それ、考える必要ある?」


 アリッサは自らが反射的に走ってしまった言葉を少しだけ考え直し、今とは全く違う解を導く。そして呟くように、相手を鼻で笑いながら不敵な笑みを崩さないまま言葉を続けた。


 「なるほど……。—————あなたが魔王だったんなんて、それは確かに勇者に負けるわけだ」

 「何が言いたい。第一、あの戦いは戦争を終結させるために—————」

 「そうじゃなくてさ……。勇者の存在だけで、人族の側が盛り返した理由。あなた……部下には大変慕われて、民衆からは崇拝されていたんだろうね。馬鹿馬鹿しい……」

 「それ以上は、わが国の民の愚弄に値する。死にたいのか?」

 「いやごめんね。きっと、崇拝してたから、あなたのその考えに乗っ取った戦い方で敗北の連続だったんだなって思ったからさ」

 「当時を知らぬくせにべらべらと妄想を——————」

 「たしかに知らないよ。でもこれだけはわかる……。あなたは戦闘や戦術に関してはド素人もいいところ……。だってそうだよねぇ! それだけの能力が生まれながらにあって! その能力だけで知恵を絞ることすらしてこなかったんだから!」

 「戯言だな。だというのであれば、このオレが貴様より魔術の知識がないことになるではないか。そんな世迷言に耳を傾ける程、暇ではない。いやはや、興ざめだな。少しは骨があるやつと思ったのだが……」

 「そりゃどうも……。あぁ、でも、おかげで勝てる道筋が見えたから感謝はしてるよ」

 「そうか、ならば、その言葉もろともに、ここで朽ち果てるがいい」


 アストラルのまとっていた魔力が明らかに変色する。それは先ほどまでの闘いを楽しんでいるようなものではない。明確にアリッサを殺さんとする気配である。空気を震わすような圧倒的な重圧が襲い掛かり、自らの死の連想をさせる。だが、そんな環境に身を置き続けたアリッサにとってみれば、むしろ口元が緩んでしまうほど慣れ親しんだものであった。


 そんなアリッサの異常な反応に、誰もが息を飲んだ。アリッサはそんな観客たちの視線が目に入らないほど、気分が高ぶっていたが、意外にも頭の中は冷静であり、常に相手の動きに気を配り続けていた。



 だからこそ、次の瞬間に起こった出来事がわからなかった———————



 アリッサはアストラルが何らかの魔術を発動させたところまでは視認できた。だが、瞬きすらしていないその直後に、全身の毛が逆立つような嫌な汗が背中を伝った。

 アリッサはそれを察知した瞬間、考えるよりも先に、運任せで右に大きく飛びのいた。それはアリッサの予測よりも遥かに早く、先ほど自分がいた位置を喰らい尽くす。

 そこにいたのは黒い靄のような口だけの怪物。それはカチカチと大きな歯を鳴らして、アリッサを食べられなかったことを悔いているように見えた。アリッサはアストラルがどこに消えたのかと周囲を即座に見渡すが、闘技場内のどこにも見えない。


 ならば目の前の怪物がアストラルの変身した姿なのかと思い、灼熱剣で一閃し、蜘蛛の子を散らすように切り裂くが、怪物が奇怪な悲鳴を上げて消え去るのみであり、特に何も起きない。


 だからこそ、アリッサは静かに瞳を閉じた————



 真っ暗闇の中で聞こえるのは自分の心臓の音と、観客の叫ぶような声。できるだけそれらのノイズを除去して空気が動く音、そして土を踏みしめるような音、自分以外の心臓の音に耳を澄ませる。


 直後に何かが飛んできたが、アリッサはそれをサイドステップで何度も地面を踏みながら踊るように動いて回避し続ける。目をつぶっているため、何かが自分の元いた位置の地面を突き刺すような音しか聞こえてこない。だが、見えていないだけであり、アリッサ自身の『虫の知らせ』という危機回避能力と、幼いころから大自然の中で培った獲物を追いかける五感、そして、2週間という短い期間で鍛え上げたモンスターとの知恵比べ、それらすべてが合わさり、視界に頼らずに達人染みた回避を可能にする。


 降り注ぐ土の槍を踊るように回避し終えたアリッサは右手の剣を構え直し、何もないところに疾駆する。そして、誰もいない空間に向けてバトンのような短いガンロットを向けて『ブラスト』を発動する。

 『ブラスト』が壁に当たって爆ぜる音と共に、薄桃色の目を見開き、誰もいない空間に灼熱剣を振るうと、金属が衝突するような甲高い音が鳴り響く。灼熱剣の熱が相手への武器へと伝わるように何もない空間に灯りがともされ始めた同時に、相手の光学迷彩が解除される。

 アストラルは、先ほどまでとは打って変わって、こちらを冷ややかな目で蔑んでいる。アリッサはそれを見て息を吐くように笑って見せた。


 「みーつけた!」

 「見破った程度で喜ぶとは……それでオレに勝てるとでも思っているのか?」


 アリッサの眼前で展開されたのは水色の魔方陣。アリッサがそれを認識するよりも早く、濁流のように濁った水が、闘技場内の全ての空間を埋め尽くしていく。恐らくアリッサを狙ったものであったのだろうが、アリッサは直撃に対して身をよじることで回避し、観客を保護するための防護魔術の結界を蹴り飛ばしながら上へと退避することで難を逃れる。

 続くような、隕石に似た巨大な燃え盛る岩石を、そのまま観客を護るはずの結界の壁を走り抜けてかいくぐる。そして、その勢いのまま、アストラルを切り裂こうと両手で灼熱剣を振り下ろしながら落下する。



 その瞬間、アリッサは研ぎ澄ましていた自分の五感に違和感を覚える。体の不調ではなく、周囲全体の状況の変化。


 どうして、アストラルがいつの間にか狙った位置から移動し、さらに次の魔術を発動させるために、緑色の魔方陣を生み出しているのか——————


 どうして、濁流で覆い隠された闘技場の地面に、『カディクルベイ』の発動兆候である赤黒い線が走っているのか——————


 どうして、濁流の渦を巻くような動きが何かに押しのけられたように不自然になっているのか——————


 どうして、最後に避けた燃え盛る隕石の破片が、最初に避けたものよりも速く、濁流の中に沈んでいるのか——————



 戦闘の最中で頭を動かし続けなければわからなかったのかもしれない。だが、考えがまとまるよりも早く、相手の魔術は発動している。

 故にアリッサは右手の灼熱剣にありったけの魔力を込め、意図的に暴走させる。その瞬間に深紅に輝いていた刀身はひび割れ、隙間から魔力の光が漏れ出していく。アリッサはそれを考えるよりも早く濁流に向けて頬り投げ、即座に腕を交差させる。そして、魔石に頼らず、自ら『シールド』の魔術を展開させ、ショック姿勢をとった。


 濁流の中に投げ込まれた灼熱剣は濁流の水を一瞬のうちに揮発させ、水面下の水を弾き飛ばすように大きく爆ぜた。

 その衝撃は闘技場全体を大きく揺らし、空中にいたアリッサを容赦なく壁へと叩きつける。だが、それと同時に発動した闇の魔術で、地面から発生した赤黒い槍に食われることは回避した。濁流はその赤黒い槍に全て飲み込まれ、乾いた元の地面だけが残される。


 アリッサはそれを確認するよりも早く、叩きつけられた壁を勢いよく蹴り飛ばして、転がるようにその渇いた地面にヘッドスライディングをした。土煙が舞い上がったが、それを切り裂くような空気の刃が先ほどまでアリッサがいた位置に叩きつけられた。その事実をアリッサは頭を屈めた状態から、確認し、肩で息をしながら全身に力を入れてもう一度立ち上がる。


 予想以上の範疇を超える大技の連続。それを全て無詠唱で行う目の前の魔王の化け物じみた魔術技量。それらを見てなお、アリッサは諦めてなどいなかった。

 常に頭を回転させ続け、ありとあらゆる状況に気を配り続け、全力全開の戦闘を続ける。そんなアリッサはようやく状況の理解が思考に追い付いて考えが全てまとまった。そのあまりの絶望的な状況に対して、アリッサは感情を抑えきれなくなり、こちらを睨みつけているアストラルを笑い飛ばすこととなる。



 「ハハハハハっ!! そういうことか! 確かにそれはチート並みの魔術だわ!」

 「気が付いたか。オレのこの魔術が何であるのか……」

 「時間停止とか、魔術で出来るなんて思わなかった。いや瞬間移動もそうだけどさ……どうやってその魔術式を構築しているのか、私にさっぱりわからないんだよねぇ」

 「その程度の知識量で、先ほどの啖呵をきるとは、やはり道化師の類か」

 「さっきまではそうだったのかも……。でも、おかげで色々わかった。やっぱり魔王さまはバカでかい魔力を振り回しているだけだってことも——————」

 「それはお前も同じだろうに」

 「そうだね。消費魔力量とか、その他のことを考えなければ、魔力を込めてイメージするだけで魔術は発動する。でも、どうして魔方陣が必要なのか、どうして詠唱が必要なのか、そして、どうして失敗するのか……その答えはあなたが一番よくわかってたんだね」

 「愚問だな。オレを誰だと思っている。その程度の些末なこと知らないわけがないだろう」

 「ほんっとその通りだね。イメージの強化だけじゃなくて、現象の安定化、現象の発生に伴う魔力の補填……それが魔術なんだね」

 「それを今更理解したところでどうする? 新しい魔術でも生み出すか? 無駄だ。即興で組み立てられるほど、甘くはない。小規模ならまだしも、豆粒1つほどのイメージの狂いは貴様の体を容易に食い破る。オレのような地力を持ち合わせているのならまだしも、凡庸なお前では無理だ」


 アリッサはそんな蔑むようなアストラルの言葉を聞いて、少しだけ微笑んだ。


 「そうかもね。でも、凡庸だからこそわかることもある。人並みに努力して、当たり前の知識を埋め込んできたからこそ、わかることもあるんだよ」

 「何をしても無駄だ。貴様が瞬きすらできない時間が停止した直後、お前は死に至る」



 直後、アリッサを含む闘技場すべての人間が停止した——————




 光すらも差し込まないそんな空間で、アストラルはたった一人、魔術を発動させる。それはアリッサの体を焼き焦がしながら刺し貫く雷槍。それを地面にしゃがみ込むアリッサの眼前で停止させる。

 アリッサのレジストが強すぎるせいで、時間停止中に直接的な攻撃こそ行えないが、時間停止解除後に回避不可能なまでに接近させた攻撃ならば行える。



 そして、時は動き出した——————

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