幕間Ⅴ 

 貴族の停泊地での爆発事件から2週間が経過した。その間に、『華の同盟』の一同は、武闘大会前の休講期間を利用して、様々なクエストを受けていた。それも、シルバーランクのクエストに限らず、ゴールドランクに昇格してからは、さらに過酷なクエストばかりを中心に……

 推奨レベルがプラス20程度のものを複数受注し、日帰りでの帰還を繰り返す。時には、なにか理由がいるからなどということで『銅貨一枚の依頼』ですらも受けた。

 そうして、この2週間で達成した依頼の数は約40件。アリッサが死にかけた回数81回、キサラが死にかけた回数36回、フローラが死にかけた回数27回と、地獄のような強化合宿が敢行された。


 それもこれも、アリッサが持ち込んだ、『自分より高レベルのモンスターを狩る方が効率いい』などという世迷言を、早くレベルを上げたいキサラが真に受け、安全マージンを無視した依頼をこなそうとしたところをフローラの説得で、多少抑えられたという過去があったからである。ちなみに安全マージンとは、機械などが壊れないように限界よりも少し余裕を持ったリミットを作るような安全性のゆとりのことである。この場合は、クエストにおいての帰還率という安全性に付随する。

 冒険者組合の推奨レベルには+10ほどの安全マージンが含まれているため、アリッサたちはその推奨レベルが少しだけ上回る推奨レベル+20のクエストを受注し続けた。


 ちなみに、そんなことをすれば、装備修理費や消耗品の出費というランニングコストが格段に跳ね上がるため、アリッサたちが儲かったと言われればそうではなく、むしろそれだけのクエストを受けたのにも関わらずマイナスの収支に転落していた。

 2週間というデスマーチが終わるころには、あれだけモンスターを恐れていたフローラが、平然と杖で撲殺をしたり、冷静を装っていたキサラが、小言をつぶやきながら相手の急所をせめて無心でモンスターを殺し続けたり、と多少精神的にヤバいところまで追い詰められた。唯一、ケロッとしていたのは諸悪の根源である『アリッサ』という異常者だけであった。


 当時のことを振り返ると、フローラとキサラは『二度とやらない』と豪語したという……


 そんなこんなで、クエストをこなし続けるうちに、キサラが狼のペットをテイムしたり、アリッサとキサラがゴールドランクに昇格したり、遅れてフローラがシルバーランクを通り越してゴールドになったり、ダベルズ山脈の依頼が枯渇したり、互いに武器を新調したり、と様々なことが起こった。

 結果、リリアルガルドの首都であるベネルクの冒険者組合の間では、『華の同盟の三人の目が死んでいる』『誰かに脅されている』『また借金を作った』などという噂が流れて、同じ冒険者や組合員から、何度も心配されたりもしたが、現在は下火になっていた。



 だが、その地獄の成果もあり、レベルはそれぞれ、

 アリッサ(LV42→LV64) キサラ(LV44→LV65) フローラ(LV35→LV58)

という驚異の成長を遂げていた。この数値は、リリアルガルド魔術学院の卒業生の平均より少し下にまで到達し、政府軍などに入れば、隊のエースとして扱われるほどの数値となった。



 そうして、デスマーチを終え、魔術学院の武闘大会が翌日に迫った日の夕方のことである。この日は、泥のように眠っているフローラとキサラをギルドハウスに置いて、アリッサはララドス武器商店を訪れていた。

 目的は数週間前に試作を依頼した新しい武器のための技術である。あれから、連絡を受けるたびに訪れ、工房長であるララドス……通称『おやっさん』と何度も意見をぶつけ合った。時に喧嘩し、時に和解し、そして今日、ようやく、その基礎技術の確立が成功したという連絡を受けて、ここにやって来たというわけである。


 アリッサは冒険から帰還した血反吐と泥にまみれたボロボロの衣装のまま、カウンターにいる店員に挨拶をするが、店員も見慣れているため軽く挨拶を交わすだけでスルーしてしまう。もちろん、部外者であるアリッサがカウンターの中に入って、その奥の工房に脚を運んでも、いつもの光景と認識されて挨拶を返されるだけである。


 そうして、馴染んでしまったアリッサは、ララドスが待つ奥の個人ラボへと足を運ぶ。個人ラボの耐火性の扉を開けると、ごちゃごちゃした荷物の中で、満足そうに笑ってるララドスがどっしりとした態度で腰かけていた。無精ひげを生やした色黒の肌、少し小さめの身長に筋肉質な肉体は彼がドアーフであることを裏付けている。

 そんな彼の目の前のテーブル上には完成したであろう鉄の球体が存在する。


 「お、来たか、嬢ちゃん! 見ろよこれ! マナの流出量はコンマゼロ6つまで抑えられたぜ。やっぱり最後の決め手は、オレの発案した潜熱機関術式だな」

 「んー、どうでしょう。それは、私が提唱した熱交換術式がなければ、ただの目玉焼き機になってたじゃないですかねー」

 「おっとそうだったか、まぁ、細かいことは忘れちまった……。何はともあれ、とりあえずの形にはなったな」

 「2週間ですか……意外と早かったですね……」

 「まぁ、それなりの好条件がそろっていたからな……。だが、こいつはまだ基礎段階だ。ここから、さらにいろんな試験を行っていくから、正式な完成としては半年後ってところだ……」

 「半年……長いなぁ……。試作機として武器は作れない?」

 「どうだろうな……。簡単な構造のものならまだしも、これを機械的に組み込むようなものを作るにはそれなりの期間がかかるぞ……」


 これを聞いて、アリッサは少しだけ悩む。期間をどのように縮めるのかということではなく、できそうな簡単なものについての設計を頭に思い浮かべだす。そして、十数秒後にララドスに目配せをする。

 すると、ララドスは何かを察して、様々なものが乱雑に置かれたテーブルの一部を開けて、そこに紙とペンを叩きつけるように置いた。


 「ありがとうございます。えーっと……こういう感じの棒状のものなら作れません?」

 「ふーむ……中が空洞になっているのか……この程度なら可能だな。用途は?」

 「武器です。なので、通常の白兵武器と同じように強化魔術は組み込んでおきたい」

 「その程度ならお安い御用だ。素材はこっちで見繕っても構わないか?」

 「えぇ、構いませんよ。納期はどれぐらいになりそう?」

 「なんのテストもしなけりゃ、明日にでも可能だが、嬢ちゃんの注入魔力に耐えられるとか、雑な扱いに耐えられるかどうかとか、素材を厳選するなら一週間ってところだな」

 「痛いところを突かれたかな……。じゃあ、その納期で構わない」


 アリッサが会釈すると、ララドスは、アリッサが会話中に書き上げた製図を手に取って、工房内の明かりに透かすよう眺め出す。


 「しっかし、こいつは何の武器だ? 見たところ棍棒みてぇだが……」

 「概ねその判断で間違いはないかな。まぁ、使い方も棍棒みたいに扱う予定だし……」

 「だからこそわからねぇ……どうして中が空洞なんだ?」

 「まぁ、空洞じゃない方がいいんだけど……。私としても、できれば吸収材を入れたいところだけど、アレだと耐熱温度がダメなんですよね」

 「あぁ、熱交換するぐらい熱くなるからな……。嬢ちゃんの話を聞く限り、必要なのは耐熱性の発泡剤ってところか?」

 「まぁ、そうなるよね……。セラミックファイバー系のものがあればいいんだけど、流石にないですよね」

 「そのセラミックファイバーなるものはわからねぇが、要は、炉の内面で使うような綿状もしくは発泡固形材だな。そいつをどうするんだ?」

 「うーんと。風呂のスポンジよりも少し硬質で、連続気泡構造体を持つものが望ましいかな。それを中に隙間なくぎっしりと敷き詰める感じで……」

 「こっちが嬢ちゃんに尋ねているのは、どうしてそうするのかってことだ」

 「反発性を上げるため……かな。この武器は、武器自体の質量で押しつぶすんじゃなくて、相手の武器とかをはじき返すための構造だから」

 「なるほどなぁ……。だとしたら重心はどの位置にすればいいんだ?」

 「中間あたりかな。この持ち手の部分から少し先、半分よりも3センチほど手前が私の希望です」

 「あいわかった。中に敷き詰めるやつに関しちゃ心当たりがある。この辺りのモンスターじゃねぇから取り寄せにはなるが、そいつのものを使えれば、できそうだな」

 「納期は?」

 「変わらねぇよ。なめんじゃねぇ」

 「さすが、おやっさん!」


 アリッサとララドスは互いに軽く手を叩いてハイタッチをして、約束を取り付ける。完全に馴染みすぎて、このままアリッサがこの工房に就職するのではないかと噂や、実は愛人なのではないかという噂も流れたが、そんなことはないため、アリッサは今の関係を続けていくことだろう。

 何はともあれ、アリッサの武器作成はようやく初期研究段階を超え、試作開発段階へと進んでいった。なお、武闘大会は翌日のため、新しい武器は当然のことながら間に合わないのであった……。

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