その少女、無属性につき注意。

干ししいたけ

プロローグ

入学試験


 「————————あなたの所持属性は、ありません」


 思えば、あの日、あの時、この言葉から物語は始まっていたのかもしれない。

 しかしながら、この状況を説明する前に少しだけ時間は遡る。それは一月ほど前、魔術学院への入学試験の日のことだった……。




世の中には現実に勝るフィクションはないという人物がいる。

事実として、通常ではありえないことがいつも起こるものだ。それは、交通事故などの不幸なことだけでなく、ドラマやアニメを覆すようなスポーツの展開なども含まれる。

 だというのであれば、今現実に起こっていることは何なのだろうか。と、少女は首をかしげる。


 今日は少女にとってとても大切な日だ—————


 とはいっても、少女だけでなく、この会場にいる全員にとってなのだろう。というのも、今日という日は、この国で一番大きく、そして少女の知る限り一番有名な学院の入学試験の日だからだ。あらゆる怪物や英雄が闊歩する世の中で、この学園は世界中から才能のある若者たちが、「我こそは」と集まってくる。だが、合格できるのは一握りの人間だけである。

 この学園に入学できるのは、一部の魔術的才能を持つものだけである。モンスターがあらゆる場所に出現するこの世界において、闘う術をもつ職業が有望視されるのは当然の帰結ではあるが、決して武術が発展しなかったわけではない。

 単純に、武術が魔術の一部として取り入れられているにすぎないのである。すべての武術は魔術に通じるとでも言わんばかりに、武術を極めるものは必ずと言っていいほど、魔術を学んでいく。中には例外もいるが、ほとんどの場合がそうである。

 

 もしも、RPGのようなゲームであれば、「スキル」といった特殊な能力を入手する術が存在したのだろう。しかしながら、そんなものはこの世界には存在しない。「スキル」を会得、そして使用するには、それを解き明かす論理的な魔術知識が必須なのである。

例えば、剣で空気の刃を作ろうとする。ゲームならば、簡単な技で済む。だが、スキルがないこの世界では、筋力で、物理的にその速度を出すか、風魔法を剣戟と同時に放つしかない。つまりは、手順の一つに魔術を挟める必要があるのである。

故に、魔術とは、戦闘面において重要な役割を持つ。


 話を戻す。この学園には、周辺諸国から様々な才能あふれる若者がやってくる。だが、受験資格は意外にも緩く、15歳前後であり、値段も銀貨一枚、つまりは1エルドと非常に安い。もしも、魔術学院に入学できなかったとしても、本人の希望しだいで、周辺の通常の学校にて、それなりの勉学とそれなりの魔術知識を学べる。もちろんそちらにはそれなりのお金がかかるのだが……。

 いずれにしても、ここにいる少女もまた、その資格を有し、平凡な田舎から家族に薦められるやって来ただけなのである。

 そして、不幸にも巻き込まれた少女なのである。


 少女は、監督官に促されるまま、ボロボロの布のカバンを背負いながら歩く。最初に案内されたのは一般的な勉学知識と、魔術知識の問題。元学者で、故郷で教師を努めている父親のおかげで多少はこなせたと少女は満足していたが、実際には、この中の学生たちの平均よりも下の成績であることを少女はまだ知らない。それどころか、この後に面接の試験があるというのに、泥だらけの服装でこの場にいること自体で、非常識とレッテルを貼られ、少女はこの場に馴染んでなどいなかった。


 そんな周囲の視線を気づいていながら、少女はどうすることも出来なかった。少女がここの会場についたのはついさっき。それまでは、路銀がなかったが故に長旅を強いられ、そして自身が単独で来られる野山を越えてきた。故に、そのようなことに気を使う余裕がなかった。

 少女は周りからの視線に緊張しながら、目の前にある魔術道具の前に立つ。そして、監督官の指示に従いながら、装置に繋がれた石板に手をかざす。テーブル越しに座る審査官は何やら針のようなものを眺めている。

 重量を計る道具のようなもので審査官が計っているのは、その人物の持っている魔力を行使するキャパシティ、つまりは潜在的魔術才能である。端的に言うならば、その人物が現在持っている魔力の総量を見ているのである。だが、少女が魔道具の石板に手をかざした瞬間に、冷静に記録をとっていた審査官の顔が少しだけ歪んだ。

 その表情を見て、少女は周囲からの視線も相まって、胸の中にある渦巻くような不安が増大していくように思えた。


 そんな第六感を証明するかのように周囲がざわめき出した。自分に向いていた視線がいつの間にか他の方に向いている。それに気づき、少女は喧騒の中心の方に顔をあげる。

そこには3ブロックほど先の会場で、魔術の実技を行っている誰かに集まっている。

 野山を駆け回ったことによる普段使いで鍛え上げた視力で凝視すれば、何とか見える。どうやら受験生の男がなにか魔術式を唱えており、それが反響を呼んでいるらしい。

 ギャラリーの喧騒に耳を澄ませて、きちんと状況を把握してみれば、どうやらその男が魔術の実技試験で、的を破壊したことに対し、不正を疑われているようである。どういった経緯でそうなったのかは不明だが、ギャラリーが口々に言うには、いきなり的の藁人形が砕け散ったため、試験官が認識できずに、再試験で騒がれているようである。


 少女は、その光景を見て一抹の不安を覚えつつ。気が付いたときには試験中にも関わらず、走り出していた。その瞬間に、自身が今まで触れていた石板が地鳴りと共に両断され、魔力計の指針が破裂音と共にへし折れて飛んでいく。

 だが、変化はこれだけではない。

 先ほどの破裂音と地鳴りと同時刻の瞬きの間に、男は誰もが見たこともない魔方陣をかざした手のひらの先に描き始める。それは大きく、そして空中に溶けるように消えていく。


 刹那——————


 音と色が世界から消えた。

 誰もがその現象を目撃し、誰もが認識だけを行う。藁人形が空中に出来た一つの黒点に鈍く拉げる音と共に、土台の石材ごと抉りとられていく。だが、それだけでは収まらず。周囲で同じような試験を行っていた受験生が放った火球のみならず、雷の槍、そして、誰かの私物の剣までもが一瞬のうちに飲み込まれる。もしかしたら、少女から死角の位置にいる誰かもその黒点に飲まれたかもしれない。

 だが、少なくとも、少女の近くに立っていた数人の受験生はその対象からは外れていたことだろう。なぜなら、黒点が周囲のあらゆる物体を喰らい始める直前に動いた少女が、服の襟首をつかみ地面に強制的に伏せられたからだ。

 だが、少女はここで止まることなく、呆然と立ち尽くしている試験官の机を蹴り飛ばし、強引に地面に転倒させる。

 そして次は———————


 少女が、次の対象を探して顔をあげた瞬間だった。黒点が色を取り戻し、吸われ続けていた空気の流れが止まった。それを認識するよりも先に、少女の視界は明滅し、迫りくる何か得体の知れないものに対し、避けることも防ぐことも手遅れになっていた。


 その眩い光が、少女にとって大切な日に見た最後の光景だった—————


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