祭り

メンタル弱男

祭り



 『夏祭り』というと、僕は地元の小さな祭りを思い出す。夏休みが始まる七月の終わりに小学校のグラウンドで行われ、主に自治会が主催し地域の人達が集まる、こぢんまりとしたものだ。子供達が何基か神輿を担いで住宅地をまわり、焼けるように強い日差しの中を元気な声で満たしていく。それがこの祭りの始まりの合図だ。


 僕は大学を卒業するまでその街で暮らしていたから、祭りにはとても思い入れがある。見る景色や出会う人達、そしてその時々で変わる自分自身の心を反映したかのような色、雰囲気。思い出の色というのはやはり、心によって作られるのかもしれない。


 ただ一つ、僕が確かに見た奇妙な現象に関しては未だに解決していない。実際に起こったその現象を客観的に説明する事はできるが、それが何を意味していたのか、そしてあの何とも言えない神秘性を上手く言葉にするのはなかなか難しい。書き出しから逃げるような姿勢で実に情けないが、それでもできる限り正確に記していこうと思う。


 ところで、僕はなぜ夏祭りに関する記憶を辿っているのか?なぜ昔の出来事を記述しようと思い立ったのか?


 今はもう地元を離れ大きな街で暮らしている。静けさは無いが、どこもかしこも明るく賑やかで楽しく、森の土の匂いはしないが、美味しそうな焼き鳥や中華やお好みソースの匂いが漂っている。大通りでは何もない普通の日でさえ祭りのような人混みで、最初の頃は頭がふらふらくらくらしたのを覚えている。しかし、実際の祭りの日の大通りは通常とは比べ物にならないほど人で埋め尽くされ、とにかく目がまわった。全く自由に身動きできずに、規制されたルートを流されるままに歩いた。それでも、沢山ある出店は回りきれず、飽きる事がないので本当に楽しい。


 そして今まさにその“都会の祭り”からの帰りだった。電車に揺られて、いつものように家の最寄駅で降り、元気のない電灯が照らす薄暗い路地を歩いていた。だが急にふっと意識が遠のいたと思ったら突然、辺りが暗くなって何も見えなくなった。


 どれくらい時間が経ったのか分からない。ふと気がつくと昔の夏祭りの情景が目の前にあった、、、。


 最初の景色は小学校一年生の頃の夏祭り。この年まではグラウンドの半分だけを使った祭りで規模が一段と小さかった。僕は上の方からその様子を見ている。一年生の僕はどこにいるのかな?と探してみるが、思った通りの場所に座っていたのですぐに見つかった。


 グラウンドのもう半分、いわゆる祭りの外側の端っこで母親と段差に腰掛けて焼きそばを食べていた。じっと見つめている、その目線の先には、暗がりのグラウンドを挟んで、緩やかな上り坂に建つ家々がある。そしてその一番上には煌々とした中型のショッピングモールが毅然とした姿で構えている。この景色が幸せな瞬間として、今の僕に影響し続けているというのは誇らしくもあり、大切にしていかなければならない記憶だ。


 そしてその頃の僕はと言えば、夜七時から始まるアニメの事で頭がいっぱいで、木漏れ日のような祭りの光を眺めながら無邪気に笑っている。焼きそば、アニメ、夜の明かり。素晴らしい組み合わせだと今でも思える。


 そこで僕はふと、この頃から奇妙な現象、先程冒頭で述べたおかしな現象を見始めたという事を思い出した。


 小学校一年生の僕は、焼きそばを食べ終わった頃、グラウンドの真上でひっそりと揺れる光を見たのだった。


 それは花束のような絢爛さは無く、誰も気付かないような所で幸せを祈っているような細々としたものだった。ゆらゆらと浮かんだまま、何を照らすでもなく大人しい。じっと僕の事を見つめているようにも思えた。


 子供ながらに僕は、『見て!宇宙人!』とはしゃいだが、どうやら母親には見えていないようで、『え?なんの事?、、、って焼きそば服にいっぱいこぼしてるで!』と、だらしなく笑う僕に注意をした。


『あれ??今の僕にも見えないな、、、』


 たしかに見えていたのだ。あの光は確かこの辺にあったはず、、、。


 探してもやっぱり無い。どこにも無い。大人になったら見えなくなってしまうものなのか。


 少し寂しいな。。。


 物思いに耽っていると、突然目の前の景色が目まぐるしく回り始めた。吸い込まれているのか、どこかへ飛ばされているのか。全く何も分からない。自分が今、上下左右どちらを向いているのかなんて尚更わからない。


 うぅぅ、、気持ち悪い、、、。


『あれ?ここは?』目眩がして揺れている頭をなんとか持ち上げ、目の前に広がる光景を捉えた。


 そこにあるのは、、、。


『また小学校のグラウンドだ。』


 そして同じように、夏祭りの景色を見下ろしていた。だが前と違うのは、祭りがグラウンド全面で行われているという事。そして中央のやぐらが大きくなっている。

 つまりこれは僕が中学生の頃の夏祭りだ。


 先程と比べると自治会のものとは思えない程人が多くなって、会場も大きくなり賑やかになった。中学生の僕は数人の友達と出店を回っている。焼き鳥とたこ焼きを両手に持って笑っている。目の前にはクラスの女子が六人。こちらも楽しそうに喋っている。


 この頃から僕らは、男女でグループが分かれて、お互いの距離感を図りつつ、異性に見られる自分を意識し始める。あまりにも狭いが奥深い世界だったのだなと感心する。


 さて、この祭りでも当時の僕はあの奇妙な光を見た。僕は子供ながらに周りに気を使って、その揺れる光を見た事は内緒にしていたのだった。これは自分にしか見ることのできない光なのだと、自惚れていたのかもしれない。


 しかし、この光、、、。

 今の僕には一向に見えないのだ。


 そしてまた目の前が乱れ、僕はぐるぐると回り始める。何をしているのだろうか?これが頭の中の記憶だったら、現実の世界にいる僕は大丈夫だろうか?と、心配しつつも大人しく景色が変わるのを待つ。


 そしてゆっくりと目を開けると、また同じ祭りの景色。だが、また変化がある。ライブステージができている。夜の始まりに紺色の空の下、アコースティックデュオが緩やかに音楽を奏でる。これは大学生の頃だな。


 僕はもう飽き飽きと、うんざりしていた。何回夏祭りの情景を眺めなければいけないのか?だがそうは言っても、自分がどこにいるのか探してしまう。この頃の僕は、、、


『“ザ地元の祭り”だけど、楽しいでしょ?』

『うん!』


 可愛らしい彼女を連れて歩いている。。。


 あれ???

 奈緒じゃない、、、

 あの女の子は誰だろう???


 全く知らない人だった。僕は大学時代は奈緒と付き合っていた。奈緒はロングヘアで顔は少しシャープで、キリッとした印象がある。

 ただ、今大学生の僕の隣にいるのは、ショートヘアで少し背が低く、顔は少し丸い、優しい印象の人だ。


 これは記憶ではない???


 状況が分からぬまま、僕はじっと二人を見つめていた。すると、僕が夜の空に指をさしてこう言った。


『あの光見える?』

『どれ?』

 女の子が必死に探しても見つからない。


『僕の指の先、宙に浮いて揺れてる光。』

『何も見えないよ?』

『そうか、、、』落ち込むように肩を落として、僕は手を下ろした。しかし、目線はずっと上に向けたままだ。


 さっきの指と言い、この目線と言い、まるで彼の目は、宙に浮いた僕を指しているような気がするのだ。


 今まで、僕が見てきた奇妙な光。

 この正体って、、、。


          ○


 気がつくと、僕は元の世界に戻っていた。


 だが、何かおかしい。


 今まで夏祭りの景色を俯瞰的に上から見ていたせいで、その違和感の正体に気が付かなかった。


 なんでだろう?

 僕は道端に倒れた僕を眺めている。。。


          ○


それから僕は一度も、この異様な世界から抜け出せていない。


          ○


        記憶とは?

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