グリーンスクール - 負けないで
辻澤 あきら
第1話 負けないで-1
負けないで
某月某日――晴天。無風。
少年たちの掛け声がグラウンドの中を充満している。白球が地を這い空に舞う。それを追う白いユニフォームの少年たち。
ファイト!
ドンマイ、ドンマイ!
もうイッチョ!
ナイス!そのチョウシ!
金属バットの響く音の中、少年たちの声が高く舞い上がる。
ブルペンでピッチング練習をするのは、光明寺一郎。堂々としたフォームから、大きく投げ出した。ボールは土煙を上げて、ミットに納まる。
―――おい、イチロー!いい加減にしろ。暴投ばっかりしやがって、お前の球なんて受けてやらねえぞ!
―――ワリィ、ワリィ。つい、力が入っちまってさ。次は見てな、ズバッと、フォークだ!
―――バカ野郎!ストレートもまともに投げれない奴が、どうやってフォークでストライクを取るんだよ。
―――ナニ言ってるんだよ。フォークは、ストライクコースからボールになって空振りさせるんだよ。見てろよ。
ボールはキャッチャーの頭を遙かに越えていった。
―――アレェ、おかしいな。こんなはずじゃなかったのに。もうイッチョウ。
―――おい、イチロー。
振りかぶって投げようとしたイチローの後ろから、監督が声を掛けた。
―――ナンすか、監督。
―――ちょっと来い、話があるんだ。
―――いいですよ、いますぐ言ってもらっても。
―――お前、外野に転向しろ。
いままで呑気にニヤついていた一郎は、驚いて言った。
―――どういうことだよ。
―――お前の地肩の強いのは、良く分かっている。だがな、コントロールは別だ。お前はピッチャーは向いてない。外野でお前の肩の良さを生かしてくれ。
―――いやだ、俺は小学校のときからずっとピッチャーなんだ。これからもずっと!
―――いいか、うちには江川みたいな、いいピッチャーがいるんだ、お前と同じ学年で。お前の出番はないぞ。
―――あいつは左じゃないか。オレは右だ。ちょうどいいじゃないか。左右、ひとりずついて。
監督は少しあきれたように言った。
―――それは、俺が判断することだ。それに、右は小林がいる。
―――あいつは、1年じゃないか!オレより下だぜ。あいつのほうがオレより、上だっていうのか。
―――そうだ。ストライクを確実に取れるピッチャーの方が上だ。それに、すぐにあいつは江川に追いつくかもしれんぞ。
一郎は悔しさで口を結んだまま黙り込んだ。一郎も江川の実力は認めていた。とてもかなわないと思ってはいた。それでも、江川が打たれたときは自分にチャンスが回ってくると信じていた。しかし、監督は小林を買っていた。小林は1年下だったが、小気味のいい球を投げていた。先輩の目で見れば頼もしい存在だった。いま、監督の言葉を直々に聞かされたいま、小林は一郎の目にも大きな存在に思えてきた。
―――いいな、イチロー。お前の良さは、外野で生きてくる。足も速いし、バッティングも悪くない。俺はお前に期待している。
一郎は黙ったまま俯いていた。キャッチャーをしていた東が近づいてきて、言った。
―――監督の言うとおりだ。イチロー、お前はピッチャーに向いてないよ。
一郎はぐっと言いたいことを堪えたまま、グラウンドから出ていった。東の止める声は、少年たちの掛け声の中に溶け込んでいって、空に舞った。
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