第35話 すべての人の心に花を-35
「しのぶちゃん…」
「……、あたし、……もう、どうでも…いいと、思った…んだ。だから、家を…出た……。もう、死んでも…いい…と、思った。もう…生きていけない…んだって、思ったんだ……」
「…しのぶちゃん」
「……帰れない」
「…そう」
「…帰れない…」
「うん。そう、帰れない」
「…帰れない?」
「うん」
「…帰らなくても、いいの?」
「あなたが、帰りたくないなら」
「…でも……、でも」
「でも?」
「…帰らなきゃ」
「どうして?」
「帰って、ケリつけなきゃ……」
「…しのぶちゃん」
「あたし、帰る」
「……いいの?」
「帰る。先生、ついてきて。あたし、全部、ケリつける。家を出る。絶縁する。お母さんとも、縁を切る。独りで生きていく。だから、先生、手伝って。…お願い」
「…しのぶちゃん」
「あたし、決めた。そうする。そうしたい。あたしが、……生きていくには、それしかないの。お願い」
「ん。わかったわ。協力する」
「ありがとう」
ようやくしのぶの顔に生気が戻った。
*
立ち止まったまま、しのぶは、次の行動に移ることができなかった。前にあるのは、自分の家。なのに、その一歩が踏み出せなかった。
由起子と朝夢見は、ただ、しのぶの行動を静観していた。次の行動をしのぶが切り出すまで、じっと、見守っていた。
暫しの時間の後、しのぶは、ようやく由起子の視線に気づいた。由起子は、目を合わせると、にこりと、微笑んだ。しのぶは、それを見て、静かに頷いた。
「大丈夫?」
「…うん。大丈夫」
「今日はやめとく?」
「んん、行くわ。行く、行かせて」
しのぶのその言葉を聞いて、由起子は頷いた。
「じゃあ、行くわよ」
由起子はチャイムに手を差し伸べた。
しばらくして、中が騒がしくなると、ガタガタと扉が開いた。そして、靖江が現れた。靖江は、相変わらず、胡散臭そうな顔で由起子を見たが、横にしのぶがいるのを見つけると、急に表情を変えた。
「しのぶ!」
靖江は驚きを隠せないまま、硬直したように、しのぶを見つめたまま止まってしまった。しのぶは、やや俯き加減に、靖江を見ていた。だが、いまにも、逃げ出しそうだと、朝夢見には見えた。
「しのぶ、どこ行ってたの。やっと、帰ってきてくれたのね」
靖江が手を差し伸べると、しのぶは身を引いてかわそうとした。そんな仕草に、靖江は、手を引き戻した。由起子は、じっと、そんな二人のやり取りを見ていた。
「しのぶ…、よかった、本当に、よかった…、帰ってきてくれて…」
靖江は、涙を零しながら、そう呟いた。しかし、しのぶの足は、後ずさりしていた。
「今日は、しのぶさんが、お話があるということで、あたしが、付き添いで来ました」
「話?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます