第21話 すべての人の心に花を-21
ぶらぶらと放課後の校内をしのぶは独り歩いた。和美とまゆみは、もう帰った。朝夢見も、バイトがあるから、と帰って行った。
「バイト?」
「うん、今日も」
「そっかぁ、バイトしてたんだね…」
「まぁね」
「ね、何のバイト?」
「誰にも言わないでね。クラブの皿洗い」
「クラブ?そんなとこ、中学生がバイトできるの?」
「ダメに決まってるじゃない。でもね、皿洗いだけっていうことで、特別にOK」
「それも、由起子先生?」
「そう。由起子先生の昔の知り合いがマスターなんだけどね。いい人だよ」
「そんなの、許されるの?」
「まぁ、あたしは見てくれがこんなだから、高校生に見えなくもないし。そういうところだと、知り合いに会うこともないでしょ。中学生は立入禁止だから。それに、あたし、ファントム・レディだし」
「へ?」
「まぁ、あたしは、特例」
「見に行ってもいい?」
「だぁめ。言ったでしょ、うちのクラブは、中学生立入禁止」
「あゆみさん、中学生じゃない」
「あたしは、例外なの」
「ずるいなぁ~」
「文句言わない。じゃあ、また明日」
一人取り残されてしまうと、校内を歩き回るしかなかった。由起子のマンションに帰っても、一人でいるのは、もう淋しい。せめて、由起子が帰る時間まで待っていようと、見物がてら校内を歩き回ることにした。
活気のあるクラブ活動を見ていると、何だか自分が淋しくなってくる。人気のないところを求めるように歩いても、放課後の小さな校内はどこも賑やかだった。ぶらぶらしながら、野球部のグラウンドに出ると、いつものように掛け声が聞こえる。しのぶは誘われるように、その声の方に歩いた。
グラウンドでは、少年たちが白球を追って飛び交っている。しのぶは惹きつけられるように近づいて、金網越しに、少年たちに見入った。名前も知らない少年たちが、泥だらけ埃だらけになって、地面を駆け回る。掛け声が飛び交う。そんな光景に、いつしか、しのぶは引き込まれていった。
はっとすると、イチローが打席に立った。あいつ、と思う間もなく、イチローの真剣な表情に、しのぶは驚いた。その姿はただひたすらボールを追っている球児そのものだった。
しのぶは、掴んでいたネットから、手を引いた。
引いた手を静かに握りながら、自分が、ここにいてはいけない、そんな気分に襲われた。
イチローは一心にバットを振っている。
金属音が鳴り響き、掛け声が空を舞う。
しのぶは、ゆっくりと身を翻し、ただ、逃げ出したくて、その場を後にした。
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