第14話 すべての人の心に花を-14
小さく、ただいま、と言って部屋に入り扉を閉めると、奥から、おかえり、と声が聞こえた。そのことに、しのぶは、ドキリとしてしまった。おどおどとしながら引き寄せられるようにキッチンに向かうと、由起子が料理をしていた。
「ただいま」
もう一度、ぽつりとつぶやくように、言ってみた。
「おかえり。遅かったわね」
由起子の答えが返ってくる。しのぶは、嬉しくなって、覗き込むふりをして由起子に近づいた。
「あのね…あゆみさんの家に寄って来たの」
「そう」
「あゆみさん…って、独り暮らし、してるのね」
「そうよ」
「由起子先生が、そうさせたんだって?」
「ん。まぁね」
由起子は手元を見たまま、しのぶの方を向かずに答えた。しのぶは由起子の横顔を見つめながら言った。
「由起子…先生…って、なんか、すごい…」
「そう?でも、ないわよ」
「そんなことない」
「そうでもないわ。今日だって、今まで、しのぶちゃんが帰ってくるか心配だったんだから」
「え?」
「ドキドキして待ってたのよ」
「え…、でも、どうして?」
「だって、あなたが、本当はどう思ってるか、あたしにはわからないから」
「…ん」
「ホントは、こんなとこにいたくない、って思ってるかもしれない。あたしが、親切の押し売りをしてて、迷惑で、不満だらけで、逃げ出したいって思ってるかもしれない。どうして、この人は、自分をここに置いておくんだろう、って疑心暗鬼になって、耐えきれなくなって、どこかへ行っちゃうかもしれない。でしょ?」
「…ん、でも、あたし、行く…とこ、なんて…ない」
「行くところがなくても、家出したんじゃないの?」
「あ…」
「あたしのやってることが、あなたの重荷になってるかもしれない。それは、不安なのよ」
「でも…、だったら、どうして、あたしをここに置いてくれてるの?」
「どうしてかしら?放っておけないの。それだけ。それだけ?…じゃないかも、しれない。お節介なのよね、あたし」
「…でも、でも、でも、あたし、感謝してる。嬉しい。こうやって、帰ってこれるなんて。帰る所があるなんて」
「そうよ、帰る所がある人は、どこにいても自分を見失わないものなの。あたしも、迷ったことがあった。帰る所があるのに、見誤っていた時期もあった。だから、迷っているあなたを見て、放っておけなかった…のかな?」
振り返って由起子は微笑んだ。つうっとしのぶの瞳から涙が溢れた。
「あらあら、どうしたの?」
由起子は料理の手を止めて、すっと伸ばした指先でしのぶの頬を拭った。その指の感触が柔らかに感じられた時、しのぶは堪えきれなくなって由起子に抱きついた。そして、顔を由起子の胸に埋めて咽び泣いた。
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