成人
せっか
成人
それが「虐待」であると気付くのに、十八年とちょっとかかった。
それから成人するのにさらに二年。
計二十年もかけて出来上がったのが、大人にも子供にもなりきれない『成人』という中途半端な仕掛品だった。
ただの数字であっても、二十というのはつよい。親の経済的な脅しさえも理論上は効力がなくなるのだ。腕力が逆転した十六のあの時を上回るほどの革命だ。まあもちろん言葉の暴力は永遠だけれど、「大人」になったことで一気に冷静になれた。むしろ冷めすぎてこわいくらい。
他人の話を聞きながらぼーっと別の考え事をする経験は誰にでもあるだろう。ちょうどあの感覚で、お外に出すにはだいぶアレな戯言を聞き流しながら時々思うのだ、「そういえばなんでこの人を殺さなかったんだろう」と。
実際やれる瞬間はいくつもあった。同様にやられる瞬間もたくさんあったはずで、でも現状お互いに生きている、言葉にすればたったそれだけの理由かもしれないが、やっぱり疑問には思う。恨みとか怒りといった熱を孕んだ思考ではなくて、ただただ冷めきった単純な疑問、といった感じの気持ち。
しばらくすると我に返って、さすがに物騒だからこの考えはやめようかとなる。それから最速で自室に逃げ帰り、「なんでわざわざ産んだんだろう」という疑問に成形し直してから考えるのだ。
まあ自分のことではないので結局考えてもわからない。わからないので「なんで産んだんですか」と聞いたことがある。子供はいつか大人になるのに、親のものにはならないのに、それが分かっていてなぜ産んだのか、いつかは最愛の我が子が恋人に盗られたりすることもあるでしょうに、と。得られた答えは「意味わかんない」だけだった。とりあえず暫定的に図星ということにしておこう。
どうやら不思議なことに、我が子のことを愛してはいるらしい。聞けば聞くほど、この人は自身が我が子を深く愛していると信じて疑っていない、ということがわかる。それがどうしたら数日絶食させたりしようと思うのかは甚だ疑問だけれども、少なくとも愛を受ける器のほうではなく、注ぎ口のほうに重大な欠陥があることにはそろそろ気付き始めた。
成人するまでは、どうして自分は身体と命を親から収奪してまで生きているのか、と考えていたが、「大人」というものになると、どうしてこの人は子供を産んだのか、という考え方に変わった。
大人は正しいので、何かへんなことがあったら子どもがまちがってるせいだ、と厳しく刷り込まれていた洗脳が、大人になって解けたゆえの変化だろうか。
この洗脳は非常に危険だ。虐待に「虐待」という名前を付ける能力を奪われることに等しいのだから。
成人して、心の余裕ができ、おかげで虐待やらハラスメントやらにも耐性ができ、さていざ自由だ、となって改めて自由過ぎることに気づく。そう、何をすればよいかもわからなくなるほど自由過ぎるのだ。望むなら、縁を切って姓を変えることも、ここではない遠方の地で自活することもできるのだ。学校帰りにどこか寄り道できる程度の自由とは比べ物にならない。
しかし、自由過ぎるがゆえに動けないのだ。もう手の中にある劇物のような自由を行使できるほど若くはないし、まだその自由を行使しても自分で取り返しをつけられるほど成熟してもいない。なにせ、人たらしな少年の眩しい笑顔を、処世術の一言で片づけたいお年頃だ。喜びも怒りも特になく、ただただすべてが面倒。本当に面倒だ。
生きるのも面倒だが、今から死ぬのもまた面倒だ。死ぬなら二十になる前に、と何度も思ったが、のうのうと生きてる間に気づけば死にそびれている。自殺することを強さと言いたくはないが、私は自分で自分を殺せないほどに弱いのだ。第一、死んだところでなぜ産んだのかの答えにはならない。それに、今の自分の体は死ぬには重すぎる。そんな言い訳ばかり並べて自分の弱さを隠そうとする弱さは認めようと思う。私は弱い。弱くていいから生きたい。でも生きる場所はここじゃない。
駆け落ちなんてのは幻想だ。未成年のときならできたかもしれないけれど、成人した自分にはもうできないだろう。飲みの席ではヒモになりたいとしきりに言っていた男が、恋人が出来たと同時に真面目に働きだすのと同じだ。もう体が重すぎる。
結局のところ、成人した人間に実質的に許されているのは、現実的に地道に生きる自由と、自分の死を夢見る自由、あとは家具量販店のシングルベッドを一番仲のいい人と見回る自由くらいだろうか。
成人 せっか @Sekka_A-0666
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